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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第十二話

「……矢斬、良いか? 何を言われても「あまり覚えていません」と言うんだぞ? 分かったか?」


「分かってる分かってる。 もうそれ何度目だって」


 授業が全て終わり、さぁ今日も家に帰って休もうと思ったところで呼び止められた。 これは初めてではなく、あの事件が終わってからは毎日のことだ。


 簡潔明瞭に言ってしまえば、事情聴取というやつだろう。 毎日毎日良くもまぁそんな聞くことがあるなと思いつつ俺は受けているのだが、どうやらそれは、この真面目の塊である凪正楠(せいな)様も同じようで。 見るからに不満そうな顔と態度、ちょっと怖いんですよね。


 事情聴取自体は学校内では行われず、俺たちが暮らすD地区の支部で行われる。 事件に大きく関わった生徒として、それを受けているのは俺と凪、そして小牧さんの三人。 三年の赤城(あかぎ)風夜(ふうや)間宮(まみや)由香奈(ゆかな)という人も対象ではあるらしいが、前者は精神的ダメージが大きいため、後者は身体的ダメージが大きいため、特例で免除されているということ。


 それらが特例ということは、要するに俺や凪、小牧さんにはそれを受ける義務があるということらしい。 詳しくは知らないが、凪によるとそんなところ。 初日は当然無視して帰ろうとしたのだけど、無視をすると自宅まで押しかけてくると忠告を凪から受け、俺は可哀想に渋々応じている。


「でもさ、俺が思うに起こったこととか素直に話した方が良いんじゃないの? 凪はそうしてるだろ?」


「私の場合は、だ。 矢斬、分かりやすく簡単に言うぞ。 お前、疑われている」


 ……疑われている? えっと、何が。 この場合での疑われているって、ちょっと待て待て、それは一体どういうアレかね。 驚きから思考が止まったよ。 で、今やっと動いた。


「まさか、俺があいつら……異端者の一員じゃないかって?」


「ああ、そういうことだ。 天狗を相手にし、無傷。 私や幸ヶ谷さんは負傷しているのに、その二人よりも明らかに弱いお前だけが無傷なんだ。 普通に考えたら、それはあり得ない」


「あり得ないって、あはは。 俺は眼に法を使って逃げ惑っていただけなのに、酷い話だなぁ。 それに天狗って異法力はAだけど、異法ランクは六位でしょ? 凪が戦ったツツナってのは異法力Sのランクは二位、小牧さんが戦った刀手は異法力Aのランクは四位、更に五位までいたんでしょ? そういう違いなだけかと思うけど。 加えて相性は良かったしね、俺」


「言いたいことは分かるが、この時点で陽気なお前が心底羨ましいよ……。 良いか、何があっても覚えてないと言うんだぞ? 気を失って、倒れていて、起きたら全て終わっていた。 そうするのが一番無難な答えになる」


「そうした方が良いならそうさせてもらうけどさーあ、凪。 万が一、もしもの話だけど、俺が本当に異端者の一員だったらどうする? はは」


「くっ……はは、あっはっは! 矢斬、さすがにその冗談は私でも面白く思うぞ。 異端者は眼で分析でもするのか? ふっ……ふふふ」


「あのさぁ、最初に冗談言ったのは俺だけど、俺の法をちょっと馬鹿にしすぎじゃないですかねぇ、凪さぁーん」


 口元を抑えて尚、凪は笑う。 普段は男勝りな癖に、たまーにこういう女子っぽい面があるから困ったもんだよ。


「すまんすまん、はは。 面白かったんでな、悪かったよ」


 凪は言いながら、涙を指で拭い取る。 まったくどんだけツボに入ったんだ。 というか、基本的に失礼な奴だこと。 まぁ俺が言うのもあれだけど、確かに凪の言う通り、異端者の奴らには俺の法なんてまったく必要ないだろうな。 眼の強化って、つくづく役に立ちそうにない法だし。 だって、あいつらにはそんなことをせずとも強大な力があるんだからね。


「別に良いけどさーあ、それよりも一体いつ終わるのかね、この事情聴取は」


 目の前にある光景を見て、俺は言う。 丁度校舎を出たところから校門が見え、そこには黒塗りの車が止まっていた。 毎回毎回、この大層なお出迎えは結構目立つから嫌なんだよね。 ただでさえ、凹凸コンビってことで噂されている俺と凪なのに。 誰が凹だよ、誰が。


「……凪?」


 いつもだったら俺の言葉に凪は何かを言うのに、今この瞬間それがなくなった。 それを不審に思った俺は、横に居る凪に顔を向ける。 すると、凪は校舎の屋上を見上げていた。 その顔は、どこか神妙にも見える。


「おーい、どうかした? なんか居たのか?」


「ん、いや……そんな気がしただけだ。 疲れているのかもしれない」


「ふうん。 まぁさすがにこの前の一件で警備も半端なく強化されてるし、異端者も来ないと思うけど」


「ああ、私もそう思っている。 だから不思議なのだ」


 凪の奴、何かが居たというのは確定事項として考えてんのかよ。 相変わらず、自分自身に一切の疑いがないな。 そういうのは素直に凄いと思うし、ちょっとだけ尊敬する部分だ。 俺なんて、常に常に疑いまくってるしね。 今日の夜飯は鍋にしようと考えて、その直後に「いやどうせ俺は面倒になって即席麺で済ませるかも」と疑うほどだったり。


「まぁその居たっての前提で考えると、何が居たのかは見当付くけどな」


「……冗談か? それとも本気か?」


「なんだその疑いの目。 本気だよ、本気。 んじゃあ、矢斬戌亥(いぬい)様のご明察を披露してやろう! 聞く?」


「やっぱり良い。 それよりほら、随分待ちくたびれているようだぞ」


「なんだよ、折角教えてやろうと思ったのに」


 が、凪の言う通り校門で待ち構えている……お出迎えしに来てくれている機関の人は、俺と凪のことをジっと見つめていた。 ああヤダヤダ、なんでこんなことになってるんだか。


 てか、凪の奴……本当に先に歩いて行きやがった。 俺の予想、案外当たってると思うんだけどな。 まぁもう良いや、勝手に頭の中で披露しておこう。


 まず、前提として「誰かが屋上に居た」というのは確定事項として考える。 正直俺は半信半疑だけど、凪がそう感じているのならそうなのだろうし。 気配を察知するのには鋭い凪さんだ。 この前の天狗の出現は、察知できていたとしても判断が遅れたようだが。


 で、問題はその誰かは誰かということになる。 考えられるのは三択。


 ひとつめ、法使い。


 これが真っ先に浮かぶ可能性だろう。 なんと言っても、その屋上は法使いの通う学校、法執行第一学園の校舎なのだから。 中から入って、なんなく屋上まで辿り着けるのはこの学園の人間ということ。 一番難易度は低く、そして一番簡単な答え。 けど違う。


 あの事件以降、屋上への立ち入りは禁じられている。 そして扉には常に見張りが三人居て、どうやってもその目を掻い潜って行くのは不可能。 外からよじ登るにしても、掴む場所がないから無理。 法を使って行ったとしても、校舎の周りには木などがないため、目立ちすぎる。 立入禁止の屋上にそこまでして行く理由なんてのもない。 見つかったら最悪退学処分だし。 というわけでこれはなしになっちゃうわけ。


 次、ふたつめ、異法使い。


 これもまぁないだろう。 異端者が再びの襲撃をしてくるとは考えられない。 犯人は現場に戻るとかいうが、今回のこれに関してはただの出頭になっちまうし。 また雁首揃えての襲撃だとしても、以前に執行機関から割かれた人員の数倍にも及ぶ人員が即座に包囲できるようになっているらしいし。 戦力的には前回の数十倍と考えた方が良さそうで、そう考えればあり得ないだろう。 それは異端者以外の異法使いも一緒で、異法使いにとっては、第一学園襲撃事件は暗闇に灯ったひとつの光だ。 その光を見失わないように、普通だったら注視する。 それか、光の元へと歩いて行く。 この場合の光はこの学園ではなく、異端者だ。 というわけでこれもなし。


 最後、みっつめ、魔術使い。


 これだろうな、答えは。 襲撃事件の詳細は分からずとも、あったという事実は魔術使いが暮らすZ地区にも行っているだろう。 隔離されたZ地区ではあるが、別に年がら年中監視されているわけでもない。 それに魔術使いの力ならば、ばれずに他地区へ移動するのも容易いはず。 そして、魔術使いが動く理由も充分ある。


 考えられるのは、異端者との会合。 或いは、どちら側に付くか見定めに来た。 その二つがもっとも有力かな。 で、次点でただの観察ってところか。 法使いは魔術使いにとっても憎き相手で、この勢いに乗じて攻撃を開始することもあり得なくはない。 ただ、全体の戦力で考えると圧倒的なのはやはり法使いだ。 魔術使いたちも容易には動けない現状ということ。 だからこその、見定めだ。


「あいつらが法使いに付いたら、異法使い側は一気にピンチだなぁ……さてさて、どうなるか」


 うん、良い感じにドミノが倒れている。 一番最初のドミノは既に倒され、次のドミノも倒れるところだ。 もう、これはゴールに着くまで終わらない。 大きなドミノがあったとしても、それすら倒れてしまう勢いで動いている。


 面白いのは、俺が思い描くように進まなかったとき。 例えば、今回魔術使いがここまでやって来たことに、前述した理由がかすりもしていない場合だ。 そうなったら、事態は更にややこしく、複雑怪奇に面白くなってくる。 そうだと俺としては楽しめそうだが、微妙なところだね。


「すいません、ちょっと足痛めてて。 歩くの疲れるんですよねぇ」


 と、ようやく校門から出た俺は、そこで待っていた人にそうでっち上げの理由を告げる。 すると、その男は何も言わずに車のドアを開けた。 凪はすぐに乗り込み、俺もそれに習って車に乗り込む。


「足を痛めているわりには元気そうだね、矢斬戌亥くん」


 ……おおっと、これは予想外だ。 驚いた。 この軍服、それに教科書なんかではたまに見かける顔、超有名人のお偉いさん。


「……兄上!? どうして、ここに」


「やぁ、久し振り」


 助手席の男は、振り返りながら言う。 目は細く、頬には大きな切り傷があった。 威圧感は……物凄いな。 ただでさえ狭い車内が、半分ほどの大きさにも感じるほどのものだ。 ここまでの人に、俺は今まで会ったことがない。


「凪正楠くん、私は確かに君の兄だけど、今は仕事中だ。 私のことは凪少佐と呼んでくれ」


 法執行機関、本部。 そこに属するためには地獄のような鍛錬があり、そしてそれを乗り越え、更に才のある者しか入ることができない。 支部と本部ではその中身は全く違い、悪い言い方をすれば飼い犬と飼い主と言ったところだろうか?


 更に。 本部には明確な階級がある。 一番下、所謂雑兵は特務兵と呼ばれ、それらをまとめるのが少尉だ。 その少尉をまとめる存在が中尉となり、大尉、少佐、中佐、大佐、と並んでいく。 加え、更に上。 十二法と呼ばれる十二人の部隊が存在する。 その十二法すらまとめる人物、その頂点に居る者こそが法者と呼ばれる法使いのトップだ。 要するにピラミッド上になっており、その中での少佐となると……素直に言おう。 化け物だね。


「いやぁ、はは、これはこれは少佐殿が直々にお目にかかれるとは。 初めまして……おい凪、この人って冗談とか通じんの?」


「……通じない」


 ああ、俺が一番苦手なタイプ。 今日は疲れそうだから、やっぱり帰ったら即席麺だな、こりゃ。

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