第十六話
魔術とは発生を引き起こすもの。 詠唱から始まり、存在しない場所に現象を発生させる能力のことを総称して『魔術』と言われている。 対する私の法は現象の強化だ。 現象あってこその強化と、その根本たる現象を引き起こす魔術……一般的に見れば、全ての現象の根源は魔術にあるという言い分も分からなくもない。 それもそうだ、法使いも異法使いも魔術使いもそれぞれの想いを持ち、それぞれの在り方を主張しているのだから当然だ。 そう考えてみると、人間としての根本たる部分は差して変わらないのではとも思えてしまう。
「魔術執行」
が、そうは言ってもその段階は既に超えた。 今目の前に居る人物は、敵なのだ。
ジェロームが唱えると、私の足元から数本の槍が発生した。 私はそれを回避するも、その槍は瞬時に別の槍へと変わり私に飛ばされる。
「遅いな」
私はそれを軽く避け、後方へと一回転をしながら着地する。 これがジェロームの得意とする魔術、錬金術だ。 引き起こした現象から更なる現象を引き起こす、攻撃の再利用、防御の再利用、利便性に長ける魔術と言えるな。
あのエリザもこの系統の魔術を使用していたのは記憶に新しい。 防御に使用した氷壁での攻撃、展開速度こそエリザが圧倒的ではあるが、その正確さに関してはジェロームの方が一歩先に出ている。
甘くは見ていなかったが……この正確無比な一発一発の攻撃は正直厄介だ。
「しかし防御のみでは時間がありませんよ。 やがて私たちの勝ちは確約される」
「どうだかな。 私を甘く見るなよ、魔術使い。 法執行ッ!」
身体に対する強化、左足を対象とし一点へと集約させる。 その力を利用し、ジェロームとの距離を一気に詰める。
「さて、甘く見ているのはどちらでしょうか」
が、その道を遮るように三本の槍が出現した。 私はそこで軌道を変え、回り込む。 右方からの攻撃を仕掛けるべく、右へと跳躍した。
ジェロームはその私の姿を捉え、槍を再度三本出現させることにより飛ばす。 体の位置的に全てを回避するのは不可能、私が進行方向を更に変えるのは間に合わないな。 で、あれば。
「法執行」
あいつほどではないが、私もこれを練習していた。 そしてやってみて初めて分かったことだが、中々扱いが難しい力だ。
私の法は『眼』を強化する。 動体視力、観察力の強化――――――――私の親友の持つ力。
槍の速度が急激に落ちる。 世界の速度が低下する。 さすがに矢斬のように物質の構成までは見抜けないが……それでも、ここまで落とせれば強力な力だ。 異法使いの状態ならばまだしも、法使いの矢斬は身体能力が悪かったから最大限使い切れてはいなかったがな。
速度の強化とはまるで違う形での使い方。 強化する部分により、正反対の結果をも叩き出せるのが法だ。 私は三本の槍の間を縫うようにし、全ての攻撃を回避する。 そして、時間は元へと戻る。
「ッ!」
地を蹴り、今度こそジェロームとの間合いを詰めた。 虚を突かれたのか、ジェロームは反応こそしたものの魔術の行使までは至らない。
「あれを避けるとは、さすがは手練れの法使いですね」
「私で手練れか、笑わせる」
眼前まで踊り出し、私は刀で一閃する。 しかし寸でのところでジェロームは右腕を上げ、刀による攻撃を防いだ。
……防刃服か? まさか単なるそれだけで防げるとは思えない、事前に魔術で用意をしていたのか。
「用意周到。 私たちのような魔術使いは姑息なことが得意ですので」
「ああ、そのようだ。 だが、予想していなかったわけじゃない」
私は止められた刀から手を離す。 そして、自由になった右手を引き、ジェロームのガードを掻い潜って拳を叩き込む。
「なっ――――――――ぐっ!?」
「臨機応変に。 一辺倒な貴様らに私は負けない」
「っ……魔術……執行!」
ジェロームの槍は私とジェロームの間に立ち塞がるように出現した。 追撃を防ぐための一手か、ここで反撃をしてこない辺り、状況判断能力は極めて高いな。 攻撃は即ち隙を生む、戦い慣れているタイプだ。
「……暴力的な女性は好かれませんよ? 男性の顔を殴るなど」
「生憎、私は生涯独り身なんでな、問題はない。 私が好むのはこの世に一人しか居ないんだよ」
「それが私であれば光栄ですが、残念ながら魔術使いと法使いでは厳しい話だ。 魔術使いである自分を呪いたい気分ですよ」
「その必要はないさ。 私が気になっている奴は、貴様なぞよりも余程強い」
私は笑う。 そうだ、あいつほど強い奴を私は知らない。 そして、これほどまでに気になった奴もだ。 だからこそ、私はあいつを倒さねばならない。 正面から戦い、あいつの罪を途絶えさせなければならない。 一緒に背負わなければならない罪は沢山あるんだ。 最後にはまた、冗談を言い合えるようになれば私はそれで良い。
「それは残念です。 しかし、それはつまり私が勝てば可能性はあるということですかね? まぁその場合、私の想いは実らぬわけですが」
「はっ、それは私が死ぬからという意味か?」
「いいえ、やはりこの世にエリザ様より強く、美しい女性は存在しないと認識するからです」
「このロリコンが」
私は言うと、刀を再度構える。 ジェロームの攻撃パターンは読みにくくあるものの、その種類は決して豊富ではない。 槍の精製と応用、そして既に読み切った。
「一回だな」
「……何を?」
私の言葉に、ジェロームは顔をしかめる。 その疑問に満ちた思考を氷解させるため、私は続ける。
「一度の精製に対し、行える錬金の回数だ。 生み出した槍から新たに槍を作り出すのは一度切り、過剰な追撃ができないのもその所為だろう」
「これはこれは……中々良い眼を持っているようですね」
それはどうだか。 眼の良さで言えば、私は私よりも余程良い奴を知っているよ。
「ですが、私は生憎性格が悪いのです。 エリザ様にも時折注意はされているのですが……人の性格は結局治らないものでして」
「雑談か? それとも時間稼ぎか?」
それに付き合っている暇はない。 既に経過した時間は五分を過ぎたところだ。 早めの任務遂行を望む私にとって、それはただの与太話でしかない。
「いいえ、その必要がなくなった、というお話ですよ」
直後、私の体が言うことを聞かなくなる。 まるで地面に縫い付けられたかのように、それは……上からの圧力。
「……ッ! まさか」
「ご推察の通りです。 あなたは真っ直ぐだ、真っ直ぐあり、そして純粋だ。 しかし凪正楠さん、魔術使いの言葉を真正面から鵜呑みにするなど……些か注意不足としか言いようがない」
これは、間違いない。 この一点に置ける重力場を作り出す魔術……クラレディの魔術か。
単純な話だ。 クラレディが魔術を行使するのに要する時間を騙ったというだけの話。 十分は必要としない、ただの五分で行使できるというわけか。 ……いや、正確な時間は読み切れないな。 そう思わせるのもまた、ただの虚実かもしれない。
「おっまたせぇ。 動かないでねぇ動けないと思うけど」
そんな呑気な声が聞こえてくる。 発動条件は五分だとしても、戦闘中にそこまで長い詠唱を完成させるのは容易なことではない。 それを可能とさせるための多人数行動というわけだ。 そして、一度完成した詠唱は術者が途絶えさせない限り連続で行使される……だったか。
「あぐっ!?」
更なる負荷が私の体にかかる。 最早立っていることはできず、私は地面に膝をついた。 目の前でそんな私を見下ろすのはジェロームだ。
「さて、こちらはこれにて決着ですが……あちらは中々手間取っているようで」
ジェロームが顔を向けた先に居るのは、神田大佐とギル。 あの神田大佐相手に未だ粘っているということは、あの魔術使いも厄介な存在なのかもしれない。
「こちらも早々に終わらせて加勢するとしましょうか。 クラレディ、最大出力で」
「……いや、うん、まぁ。 わたしさぁこれでもジェロさんが言うこと大体分かってるんだよ? そーいう風に言うんだろうなぁって思ってるわけなんだよねぇ」
「……どういう意味ですか?」
「えっとぉ……もう最大出力だったり?」
「なっ……!?」
クラレディの言葉を聞き、ジェロームは慌てて顔を私へと向ける。 その驚愕に満ちた顔を見て、私は笑った。
――――――――生憎、私もあまり良い性格はしていないんだ。




