第十五話
「敵影なしっと。 や、そっちも無事のようだね」
城内へ侵入してすぐのところに兄上たちは居た。 既に一戦交えた後なのか、服装が少々乱れている。 が、傷一つないのはさすがと言うべきか。 兄上も神田大佐も、法使いの中でも屈指の実力者なだけはある。
「そちらもご無事のようで。 凪心加大佐」
兄上の言葉に返事をしたのはラムさんだ。 以前は同じ部隊だったということもあり、そのやり取りは自然に見える。
「んな挨拶はどーでも良いから早くしてくれや。 こちとら多忙なんでね、さっさと片付けてぇんだわ」
「はっ、どうせ帰って寝るだけのぐうたら男が何を言うかと思えば。 一度、優雅な時間を過ごすという経験をした方がよろしくてよ?」
「一々うるせえなクソビッチ、ブッコロスぞ」
そして、喧嘩を始めるのは猩々大佐と神田大佐だ。 もうなんだか慣れてきてしまったが……この二人が喧嘩を本気ですれば、こちらにも被害が出そうなので是非ともやめて頂きたい。 特に神田大佐の法は本格的にマズイ。
「よし、それじゃあチーム分けしようか? こいつとだけは絶対嫌だって人いる? みんな」
空気を無視し発言したのは兄上である。 更に空気が悪くなってきた……心底心配だ、この先のことが。 ただでさえ曲者が多い執行機関内でもずば抜けて捻くれている兄上に、唯我独尊の神田大佐。 頭痛がしてきそうだ。
「俺はこのクソビッチだな」
「あら、気が合いますわね。 わたくしもこのチンピラと同じチームは御免被りたいですわ」
「それじゃあ二人は別々ね。 正楠くんとラムくんは?」
私とラムさんにも聞くのか、それ。 そんなことを思うも、口に出したのは咄嗟に出てきた言葉であった。
「兄上以外であれば誰でも」
「……あはは、それなら私とは別々ってことで」
兄上は頭を掻きながら言う。 まさか自分が言われるとは思っていなかったのか、そう思われること自体既に不服だが……まぁこの場で言っても仕方ないことだろう。
「私はどなたとでも構いません。 その方に合わせますので」
「さっすがラムくん。 それじゃあ――――――――」
というわけで、私たちは二つの班に分かれることとなる。 エリザが城内のどこに居るかが不明な分、取り逃すことがないようにだ。
「クソガキの子守かよ、ツイてねぇなぁ」
「それは申し訳ありません、神田大佐」
私と神田さんの班、そして残りの班という感じで分かれてしまった。 兄上が言うには、実力から均等に割り振ったとのことだが……それだけ、神田大佐は強力な存在だということか。 恐らく、私がもう片方に行ったとしても神田大佐一人に分がある可能性すらある。
「まーいい、凪正楠、テメェは中々おもしれぇからな。 精々足を引っ張らねえように頑張れや」
下手をすれば、私はただ見ているだけで終わってしまう可能性だってある。 それは極力避けたいことだ、法使いとして何の役にも立たないというのは、気が引けてしまうから。
「ところで凪正楠、見取り図はどうなってる?」
「はい、対象であるエリザは最奥にある王座に居るかと思われます。 ですが、そこへ辿り着くための道が見取り図とは違いますね。 恐らく、魔術の類かと」
「おうご苦労。 本来だったら一直線だったか? つうかそれをされてるってこたぁ、やっぱり事前に漏れてんじゃねーか」
煙草に火を点け、神田大佐は言う。 城内の形を変えるほどの魔術ともなれば、私たちの侵入を察知してからでは間に合わないだろう。 となれば、神田大佐が言うように事前にどこからか漏れていた……と考えるのが自然だ。 もっとも、問題は「どこから」ということになるが。
「止めとけ、考えるだけ無駄だ。 早い話、別に作戦がバレてよーとバレてなかろーと、エリザっつうガキを殺せば終いだろ? んな難しく考える必要なんてねーよ」
確かに、神田大佐の言うことはもっともである。 だが、それをするにはそれなりの力を持っている者にしかできないことであり……少しだけ遺憾であるが、神田大佐は実力を持っている人間だ。
であれば、神田大佐の指示に従うのがもっとも良い。
「んじゃぼちぼち行くとするか。 気ぃ抜くんじゃねえぞ、相手は腐っても魔術使いの王サマだからよ」
「はい」
そして、私と神田大佐は共に進んで行く。 兄上たちは東側を担当しており、私たちは西側だ。 魔術使いたちには既に悟られているはずだが……不思議なことに、追っ手もなければ待ち伏せもない。 兄上たちの方も無線連絡を取る限り、ただの一度も戦闘はなかったとのことだ。
怪訝に思いつつも、私と神田大佐は進んで行く。 やがて辿り着いたのは大きな広間であった。
「よう、初めましてだな」
立っていたのは、三人組だ。 事前に得ていた情報と一致する姿、ギル、ジェローム、クラレディの三人組だ。 魔術使いにおける幹部級の人物が三人か。
たった今声を放ったのは、背が高く体格の良い男だ。 確かこいつがギルという名前の人物だったな。
「貴様とはそうだな。 貴様らの慕う魔女とは会ったことはあるが」
「はっ、そうかよ。 お嬢は強かったろ? ガキ」
「いいや、大したことはなかった」
私は強がり、言う。 それを聞いたギルは頬をぴくりと動かし、私と神田大佐を睨みつけた。
「分かってねぇなぁガキ共が、テメェらはお嬢の強さをなんも分かっちゃいねぇ」
「おいおいちょっと待てや、お前今俺に向けてガキっつったか? あ? 教育が必要のようだなぁオイ」
ギルの言葉遣いが気に入らなかったのか、神田大佐は笑って言う。 口元こそ笑っているが、その表情からは容易に怒りが見て取れた。
……私からすれば、共に大概な言葉遣いだと思うが。 まぁ言ったら私の身が危ない気もするので黙っておくか。
「凪正楠、お前は残り物の二人を殺れ。 俺はあのクソ男を教育して殺す。 無理だったら今言え」
「承知しました。 二人の相手は私がします」
「はっ、良い返事だ」
私は言い、腰に下げた刀を抜く。 ルーエではなく、ごく普通の刀だ。 これからエリザとの戦いが控えている以上、回路の酷使はできない。 だが手を抜くわけでもない。 曲りなりにも、今目の前に居るのは魔術使いの幹部たち……エリザの側近とも言われる魔術使いたちだ。
「話が早くて助かるぜ。 ジェローム、クラレディ、お前らはあの女相手だ。 俺はあっちのガキを殺る」
「……どうしてギルが指揮っているのか疑問だが、それが最善か。 クラレディ、私と共に女の相手だ。 いつも通りで」
そうしてジェロームとクラレディはギルから離れていく。 私はそれを見つつ、同様に距離を取った。
魔術使い、ギル。 奴が行使する魔術は雷系統の魔術だ。 自らの筋肉組織に電気を通すことによる身体能力向上も可能とすると聞いている。 が、今私が相手にしているのは別の二人。
魔術使いジェローム、及びクラレディ。 前者は錬金術に長け、後者は重力操作に長ける魔術使い。 前者はともかくとして、クラレディの魔術は詠唱こそ長いものの強力だ。 一度詠唱を終えてしまえば、魔術回路が続く限り連続行使を可能と聞いている。 であれば、先に叩くべきはクラレディの方だな。
「さて、法使いのお嬢さん。 この場所まで踏み込んできた勇敢な心は賞賛しましょう」
ジェロームは綿手袋をしながら言う。 先ほどまで出していた穏やかな雰囲気は一気に消え失せ、殺意に溢れるのが分かる。
「ですが、エリザ様への謁見は本来格式ある者にしかできないのです。 お引き取り願っても宜しいでしょうか?」
「断る。 穏やかに会うつもりも生憎ないのでな」
「困りましたね。 それなら無理矢理に引き取って頂くしかありませんか」
とんでもない殺気を出しながらよく言う。 気を抜けば殺されかねない殺気だ。 異端者の奴らとも違う種類の殺気……奴らのが殺し慣れた奴らの殺気だとすれば、ジェロームのものは研ぎ澄まされたそれだ。 確実な殺意を持ってのもの、油断はやはりできない。
「クラレディ、始めなさい。 それまでは私が守りましょう」
「りょーかい」
クラレディは後ろへ飛び、それまでの道を阻むのはジェロームだ。 やはり魔術使い側の作戦としては、ジェロームがクラレディを守る形と持ってきた。 これは予想していたがな。
「クラレディの詠唱が終わるまでは十分です。 それまでに私を倒せなければ、あなたの負けですよ、凪正楠さん」
「十分もあれば問題ないさ。 精々負けたときの言い訳でも考えるべきだな、その十分で」
「ふふ、強気な女性だ。 ですが負けた場合でも生かせてくれるというのはお優しいことで」
……私の嫌いなタイプだ。 言葉の揚げ足を取ってくるところとか、あいつを思い出して腹が立つ。
「痛い目に遭わせてやる。 覚悟しろ、魔術使い」
刀を構え、視線と意識を集中させる。 同時、ジェロームも動き出した。




