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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第十一話

「はい、買ってきたよ」


「おーサンキュー! やっぱ若い子がいると良いね、頼りになるよ」


 何かがおかしい気がする。 どうして僕がパシリになっているんだろう、ポチさんはどうして先ほどから神社の縁側に座り込んでいるだけなんだろう。 さっきは意外な部分もあるなぁとか思ったけど、こうして人が全く居ない場所にいるのを見ると勘違いしていたのは僕の方だった。


 ポチさん曰く「人が多いところを眺めるのが好き」とのこと。 やっぱり変わり者だよ。


 で、あろうことか僕をお使い係にして先ほどから焼きそば、たこ焼き、飲み物を買いに行かせる始末。 来なきゃ良かった……。


「おいおいロク、そんな怒るなって。 良い? この世にタダって言う言葉はないんだよ。 何かを得るなら対価を払えってこと。 今回で言うと俺がお金出してるんだから、その分ロクが働くのは当たり前でしょ?」


「ご高説どうも。 ポチさんじゃなかったら殺してるよ」


「……よっし、それじゃあそろそろ交代する? なんか食べたい物とかあったら俺買って来るよ」


 ポチさんは僕の言葉を聞いて、慌てて言う。 その姿はなんだか面白く、僕はまた笑った。 ポチさんと一緒に動くようになってから随分と笑うようになったけど、きっとポチさんはそんなこと意識さえしていないだろう。 そう思っておく。


「じゃあ、焼き鳥。 あとわたあめ」


「オッケー、すぐ戻ってくる」


 言うと、ポチさんはお面を頭の横へとずらし、僕の頭を一度撫でる。 僕のことを頭を撫でとけば良いとでも思ってなければ良いんだけど。


 それから十分程度待った後、ポチさんが戻ってくる。 僕が所望した焼き鳥とわたあめを持って歩いてい来る姿は、お祭りを楽しんでいるその辺りに居る人たちとなんら変わりない。


 ……当然だ。 僕たちは、人間なんだから。 いくら異端だったとしても、人間なんだから。


「ただいま。 ほら、買ってきたぞ」


 ポチさんは言い、僕の隣に腰かける。 他愛もないことだったけど、隣に誰かが居るというのは安心できた。 ずっと一人だったから、異法使いになってから。


「ありがと。 ポチさんって意外と優しいよね」


「俺が? そりゃ面白い冗談だよロク。 少なくとも俺みたいに小悪党には似合わない言葉だね」


 言いながら、ポチさんはまた犬の面を付ける。 そのまま縁側に両手を付き、夜空を眺め始めた。 僕も釣られて空を見ると、小さな星が数個あるだけの夜空が広がっていた。 いつもとなんら変わらない、静かな夜空。


「ロク、法使いについてどう思う?」


「法使いについて?」


 唐突に、ポチさんは言う。 質問の意図が汲み取れずに戸惑うも、僕はとりあえずそのまま思ったことを口にした。


「理不尽な人たち」


「あはは、確かにな。 ロクがそう思うのは無理もない、お前は散々な目に遭ってるしな。 誰もお前の言葉を否定はできないし、もしする奴が居れば俺が殺してやる。 ロク、俺から一つ提案良いか?」


 ポチさんは続け様に言うと、縁側に足を上げてしゃがみ込む。 そして無機質な犬の顔を僕へと向けて、言い放った。


「今日、ここには大勢の法使いが集まってる。 まぁざっと数えて百人以上は。 だから、今から俺とお前で全員殺そうと思うんだ。 どうかな?」


 あっけらかんと、ポチさんはそう言った。 僕は言われ、言葉に詰まる。 いきなりのその発言に心底困惑したし、どのように返せば良いのかが分からなくなってしまった。 そして、その反応が分かっていたかのようにポチさんは口を開く。


「悩んだな、ロク。 だったらお前は俺と違うよ。 俺はもしも必要だったら、迷わずに殺すタイプだからさ」


「……ちょっと待ってよポチさん。 それは、必要だっていう前提があるからじゃないの? 今のポチさんの言い方だと、ただの気分のように聞こえたんだけど」


「いいや、違うね。 もしも俺がロクの立場だったら、その発言を肯定してたさ。 だってそう言ったってことは「祭りに来ている法使いを殺す」ことが必要だったってことだろ? ただの気分転換だったとしても、そいつにとって必要だったことなんだ」


 滅茶苦茶な人だと思った。 けれど、不思議と説得力はある気も……しなくもない。 僕にはちょっと難しいけど、ポチさんはそういう人なんだと感じられる。 目的の為には手段を厭わない、そしてその目的とは常に異法使いの為のもの、そういうことだ。


「お前は優しいよ、ロク。 だからお前には異端者は似合わない」


「でも、ポチさん」


 また一人になってしまうのか。 そういう考えから、僕は咄嗟に言葉を紡ごうとした。 しかし、なんて言えば良いのかが分からない。 なんて言えば異端者に居られるのか、どう僕の考え方を変えれば居られるのか、それを必死に考える。


 が、ポチさんはそんな僕に構わず言う。


「だからロク、俺からの頼みだ。 お前にはとても合う場所じゃないかもしれないけど、俺の仲間になってくれ。 俺にはお前が必要だ、ただのワガママなんだけどな」


 ポチさんは言い、僕にお面を手渡した。 狐のお面、あまり可愛いとは言えないし僕の趣味じゃないものだった。 でも、とても嬉しかった。


 僕は、ポチさんのその気持ちを受け取り、そしてお面も受け取った。




「どうしようかなぁ? 返して欲しい? ならもっとちゃんと頼めよ? お願いしますって、なぁ?」


 ヘルメスはお面をゆらゆらと揺らしながら言う。 それを受けた僕は悩む間もなく口を開く。 そのお面と僕のプライド、そんなの比べる価値もなかった。 僕が異端者に居るための物、何より大切な人から貰った何より大切な物。


「お願いします、返してください」


「うっふ、だぁめ」


 言って、ヘルメスは僕のお面を床に落とす。 そして、足を振り上げた。 その瞬間はとてもゆっくり、まるで走馬灯のように物事は巡って行く。 ヘルメスは口角を吊り上げて笑った。


 止まることなく、足は振り下ろされる。 僕の宝物は他愛もなく――――――――砕け散った。


 嫌な音と共に、お面が割れる。 何度も何度も足は振り下ろされ、お面はすぐに形をなくした。 粉々になり、僕の宝物は消え去った。


「……」


 駄目だった。 僕は、何一つできやしない。 涙は溢れ、零れ落ちる。 ただただ純粋に悲しくて、つらくて、泣いた。 声を出し、状況も忘れ泣いた。 その度、ヘルメスは大声で笑っていた。


 僕が人として初めて貰った宝物。 ポチさんがくれた宝物。 僕が僕でいられる宝物。 ソレがなくなった、僕がなくなった。 僕が僕でなくなって、異法使いの僕が。


 思い出は、沢山詰まってた。 ポチさんは僕を必要だと言いながらお面をくれて、僕はそれを大切にするといって、ポチさんはそうしてくれと僕にいった。 約束だった。 でも、守れなかった。


 僕の異法で直せるかな、直るかな? ああ、だめだ。 ぼくの異法はなくすだけで、直せるものはなにもない。 ひとつもない、なにひとつも。


 ボクはそうだ、異法使いだ。 人間じゃなかった。 だから、ぼくには無理なんだ。


「もう、どうでもいいや」


 笑う。 笑う笑う笑う。 ぼくにはなにもなくなった。 だからもう、なくなるものはひとつもない。 だったら良いよね、許してくれるよね、大丈夫だよね? ポチさん、怒って良いかな?


「あーあ、壊れちゃったよ。 飽きてきたし、そろそろ殺しちゃおうかな」


 ヘルメスは言う。 殺す、殺す?


 僕の顔にナイフが突き立てられた。 痛い、血が溢れる、僕の胸にナイフが突き立てられた。 息が苦しい、口から大量に血が溢れる。 僕の腕にナイフが突き立てられた。 じんじんとした痛みが頭に響く、腕に響く。 僕の太殺にナイフが突き立てられた。 鈍い痛みと不快な感触、足の感覚がなくなった。


 僕は、死ぬのかな。 ここでこうして、ポチさんとの約束も守りたい物も何一つ手放して、死ぬのかな。 僕にはもう何もない、皆結局は僕を恐れて逃げていく。 お母さんも、お父さんも、友達も。 生まれてきたのが間違いだと言われた。 生きていることが間違いだと言われた。 存在が間違いだと言われた。


 だったら、そうだ。


 ――――――――最後まで間違いを貫き通してやろう。


 頭の奥、脳髄の奥底で何かが外れるオトが聞こえた。 小気味良くそれは響き渡り、愉快な気持ちにボクをさせる。 だから僕は笑った。 同時、意識は深く沈んだ。


 次に僕の体から黒い影が噴き出した。 僕の身体が包まれ、覆われる。 足の先から手の先、頭、顔、その全てが覆われる。 ああ、きもちい。 もう悩むことなんてない、迷うことなんてない。 ただただ殺してただただいたぶってただただ狂ってただただ身を委ねれば良い。


「薬が……おい貴様等早く薬を打てッ!!」


 ヘルメスは一歩後ずさる。 ボクは腕に刺さっていた針を抜いた。 先から液体が零れ落ちる。 この薬がどうやら異法を止めているようだ。 でも、関係なかったね。 残念だったね。


「おい、聞いているのか!?」


 振り向く。 でも、そこには誰もいないよ。 今、消しちゃった。 跡形もなく、何一つ残さず、消えちゃった。 影に触れて消えちゃった。


「……逃げないで、お願いします?」


 逃げないでって言おうとした。 言った。 逃げるんだったら鬼ごっこをしよう! かくれんぼでも良いよ、遊ぶのは大好き。 だからあーそーぼー。


 でも。 ボクの想いは異法に飲まれて、消えたみたいだ。 何もかも消す、何もかも無に返す。 全部全部、なかったことにいなかったことに存在しなかったことに。 うんうん、ボクと一緒だ、仲間だね。 友達だね。 一緒に幸せになろうよ。 気持ち良いよ。


「ふ、ふふふ! あっはっはっはっは! うっふっふっふっふっふっふ!!」


 ヘルメスはおかしくなってしまったのか、狂ったように笑う。 ボクはそんなヘルメスに近づいていく。 割れたガラスの破片が視界に入る。 ボクはボクの姿を見た。


 まっくらだった。 身体の全てがまっくらで、覆う影は蠢いている。 顔も、手も、足も、全部がぜんぶまっくらだった。 まるで影がヒトの姿をしているかのようになんにもない。 ボクの影、ボクのこと、ボクの友達だね。


 ああ、たのしい。 おかしくなっちゃいそう。 それでどうするの? 鬼ごっこ? かくれんぼ? 缶蹴り? だるまさんが転んだでも良いよ! ボクはなんでも嬉しいから、なんでも受け入れちゃうからさぁ! それじゃあ。


 ――――――――イタダキマス。


 あは。 ボクに食べられた。 ご馳走様でした。

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