第九話
「んー、準備万端って感じか」
俺は目の前の光景を再度認識する。 大橋の奥、言わば工場側には多数の人間が配置されている。 俺が立っている方は当然街側で、先ほど戦闘をした所為なのか、後ろからは人の気配を感じない。
そして、居るのは人間だけではない。 法使いの技術力の賜物である最新兵器が数多く配備されていた。 戦車、榴弾砲、ロケット砲、などなど。 歩兵もどうやら最新装備に上位の法使いって感じか。 上空にも戦闘ヘリが飛んでおり、俺が来るということにこれだけの準備をしてくれたのなら、不満もあまりないかもしれない。 だが、生憎遊んでいる時間はないんだ。 俺には急いでやらないといけないことがあるからさ。
思い、目を瞑る。 次に短く息を吐き、俺は再び目を開けた。
「異端者、矢斬戌亥だな!! 大人しく投降しろ!!」
そんな在り来たりなセリフが聞こえてくる。 拡声器か何かを通しての声は、怒号にも聞こえた。 昔はよく、俺も親に怒られたものだ。 本当にどーでもいいことで、怒られていたっけ。 あれも懐かしいなぁ、なんてことを思う。
「うるせえな、殺すぞ」
無表情、無感情で俺は言う。 自分でも冷たい声だったと思う。 だが、そもそも俺に暖かい声は出せないだろう。 だからきっと、それはいつも通りの声だった。
「ひっ……」
しかし、どうしてか、先頭に立っていた歩兵の一人が、軽機関銃を俺へと向ける。 恐れたか、怯えたか、恐怖したか、錯乱したか。 ならばそれは、俺に対する敵意だ。 敵意には敵意を持って返そう。
……嘘だな。 相手が法使いであれば、今の俺が返すのは敵意でしかないか。
「く、来るなッ!!」
一人が銃を放ち、それに続いて周りに居る複数の人間も俺に向け銃を放つ。 それを見て、指揮官らしき男が大声で怒鳴りつけた。
「早まるなッ!! あいつにそんなものが通用すると思っているのか!?」
その警告は正解だ。 そして、冷静な判断だ。 部下たちはその男の声を聞き、俺に銃を放つのを止める。 有能な指揮官だな、悪くない。
しかし、放たれた弾丸は止まることはない。 僅か数秒の間に数百発の弾は放たれ、暗い視界を明るく照らして俺の元へと一直線に飛んで来る。 俺はそれをただただ見つめた。
「良かったな、この程度で済んで」
俺の言葉と同時、全ての弾丸は空中で止まる。 写真を切り抜いたかのように、弾丸は宙で固定された。 あまり、まともな攻撃にはなりそうにないな。
「おい法使いたち、お前らにとっての法ってのはなんだ? お前らが俺たち異法使いを恨む理由、殺す理由、迫害する理由を教えてくれよ」
「……総員、攻撃に備えろッ!!」
俺の声は聞こえていたはずなのに、それを無視し、指揮官の男は部下に指示を出す。 悲しいな、質問に答えてくれないなんて。 あっはは、涙が出そうだ。
なんてね、違う違う。 答えなかったのではなく、答えられなかったのだから。 俺のこの疑問はきっと、誰にも答えられないのだ。 法使い、異法使い、魔術使い、そのどれでも、答えることができる問題じゃあない。 敢えて言うならば、成り行きという言葉になってしまうだろう。 人が人を殺すのは簡単だ、そんな簡単なことに理由を求める方がきっとどうかしてるんだよ。 だから異常なのは俺の方、そして成り行きでしかない。
そうだ、成り行き。 そういう流れで、そういう感覚で、そうしているだけなのだから。 だからそれはもう、解決できるレベルを超えている。 故に俺が示す答えは破壊でしかない。 壊し、殺す。 俺が持つことのできたこの異法で、徹底的に殺し尽くす。
「ロクは、本当は優しい奴なんだぜ。 あいつは俺が知る中じゃ一番に優しいんだ。 これを言うときっとあいつは怒るだろうけどさ……異法使いとして生まれるべきじゃなかった。 普通に生まれて、普通に愛されて、普通の人生を歩んで。 そういうのが、あいつには一番必要なものだった」
家族からもらえる幸せも、友人たちからもらえる幸せも、本来だったら受け取れたはずの愛情を全て、あいつは失った。 異法使いというだけで、法使いとは少し違うというだけで……同じ、人間なのに。 それがどれだけ歪めたか、それがどれだけ苦しめたか、俺にはそんな苦悩の一部しか感じ取ることはできない。
この世界は本当に、腐っているよ。 最悪なほどに最悪だ。
「俺が退けつってんだ、退けよ法使い」
俺は宙に止まった弾丸に手をかざす。 するとそれは向きを変え、放たれた。 普通に撃たれるよりも数倍の威力、速度を持って。 あいつらが掲げているバリケードでは、防げないほどの威力を乗せた。 多少は生き残るだろうが、最初に攻撃に出たのが失敗だったな。
……ああ、いやちげぇか。 俺の前に立ちはだかったのが失敗だったよ。
だが、放たれた弾丸は全て消失する。 目の前にいる多数の法使いに命中する寸前、まるで別の空間に吸い込まれたかのように消え去った。
「音堂大佐ッ!!」
視界に、二人の人間が現れる。 リン姉妹よりかは少し上か? 高校生くらいの、俺よりも少し下くらいの女二人。 顔立ちが似ており、双子に見える。
「や。 初めまして」
……この歳で大佐か? 軍服と、呼ばれた名から間違いはないだろうが、大佐ということなら実力は相当なものかもしれない。 となれば、俺の攻撃を消し去ったのはこいつらということか。
「迷子か? ここは危ないから帰ったほうがいい」
「ううん、違う。 それよりも危ないのは君の方だよ」
俺の言葉に返したのは、緑色の髪をした女だ。 手には死神の鎌のような武器を持っている。 そして、そいつが俺に向ける眼からは生気をあまり感じない。
「俺が? それって、どういう――――――――あ?」
言葉の途中で、俺の右肩が吹き飛んだ。 一瞬にして消え去り、体の感覚が消失する。 まるで切り取られたというよりかは消された、切断ではなく消失だ。
「はっ、油断大敵だぞ」
「……法か?」
俺の真横、右側に一瞬で移動したのは、赤い髪をした女。 見下ろす俺のことを見上げ、既に左拳は引かれている。 こいつも同様に軍服を着ており、緑と同じ大佐だな。 口調こそ強いものだが、やはり死んだような眼をしているな。 それにこの戦い方、歳のわりにやけに戦闘慣れをしている。
「これで倒れんじゃねーぞ!!」
「……っお前ら、軍校出身か?」
俺の脇腹に拳は命中し、数メートルほど体が吹き飛ばされる。 右腕を消してからの攻撃、ガードできないようにってことか。
「……知ってるんだ? うん、そうだよ」
やっぱりか。 軍事戦闘訓練教育校、通称で軍校。 法使いならば一定の身体能力、法を持っていれば入ることができる学校だ。 戦闘目的のみでの教育をし、立派な法使いを誕生させるという目的を掲げてはいるが、その内容は戦闘人形の育成にある。 刷り込み、洗脳とも呼べる教育方法、そして一定の実力を持たなければ一生出ることはできない。 そういった裏の面もあり、教育中の事故死も多々ある学校。 無論、そこを卒業できれば実力は折り紙つきというもの。
「……ま、どーだって良いんだけどね。 君らの努力は、俺の強さの千分の一にも満たないんだぜ」
俺は笑って言う。 少しは楽しみが出てきたようだ。
「そうかもね。 君は強いよ、異法使いのポチ。 強すぎるくらい」
緑髪の女は言う。 そして俺に向け、両手で四角を作り、そこから覗き込む。
「任務完了、帰るよ赤葉」
「はーやだ! 却下。 戦いたい」
……どことなく、リン姉に似ていてやり辛いな。 戦闘が好きなんだろうか? 顔立ちこそリン姉よりも生きている感じはしないが、それに少し落ち着いている感じか。 ただ、頑固なところは似ているのかもしれない。
「それなら相手をしても良いよ。 けれど、俺は少し急いでいるんだ」
言って、意識を右腕に向ける。 消し飛ばされたのをまず治すところから。 一瞬で消し去ったのが一体どういう仕組みなのか、それも気になるところだね。
が、異変が起きた。 意識を向けても、異法を使っても、腕が元に戻らない。 まるで当たり前かのように、俺の腕は消えたままだ。 俺の異法でも治せない力……? どんな法を使ったんだ、こいつ。
「ほら翠葉、こんなもんだって。 勝てる勝てる」
「……良い予感はあまりしないけど」
「心配性なんだよ、翠葉は」
会話をしながら、二人は横並びになる。 俺の腕を消し飛ばしたのは、赤髪の方の法だろう。 緑髪の方も何かしらはあるはずだが、不明だな。 それに、さっきのセリフを考えればこいつらの仕事は既に終わっているというわけだ。 こいつらがいなくなれば、後ろにいる法使いは恐らく死ぬことになるはずなのに。 目的がどうやら違うのかな、この二人は。
「行くぞ、ポチ。 テメェの体を全部消してやる」
「あは、それは困るな」
言って、俺は左腕の時計を見る。 さっきのが右で良かったよ、こいつらと遊ぶ時間を過ぎても困るし。
ほら……残念だ。 もう五分が経っている。
「悪いけど、タイムアップだ。 退いてくれ」
「は!? 嫌なこった、というかテメェ、ワガママすぎるだろ」
否定はしない。 無理矢理に押し進めているのだから、そういうことだろう。 すっげえ極端に言ってしまえば、だけど。
「なら仕方ねぇ。 これでも俺と殺り合うっていうなら好きにしろ。 異法執行」
言って、俺は目を瞑る。 記憶を辿り、腕を消された時点を思い浮かべる。 赤髪……赤葉がしたことは、俺の腕に触れたということだけだ。 その瞬間、なんらかの法を執行され、俺の腕が消失した。
――――――――ならば、その時その瞬間を修正しよう。
「……おいおい、マジかよ」
「だから言ったでしょ、嫌な予感がするって」
俺の右腕は元に戻る。 異法によって、過去に起きた出来事を捻じ曲げた。 過去が変われば現在は変わる。 俺の異法はそんなことも可能とさせる。
「本来だったらコンマ数秒の時差を生み出す異法。 でも、この人が使えばこれだけ強大な異法になる。 時空間操作の異法は厄介だよ」
「……ふうん。 お前、理解したのか」
俺は翠葉と呼ばれる女を見る。 こいつ、たった今俺がしたことだけで、俺の異法の本質まで見抜いてきやがったな。 一体どんな洞察力をしているんだ? それとも、法か?
「君も同じでしょ。 赤葉の法、バレたし」
「は、マジ?」
「二回見れば、そりゃな。 お前のはただ見えなくしただけだろ? だからといってどーだって良いけど。 んで、それより早く退けよ。 時間切れだぞ」
右手に力を入れ、二人に視線を向ける。 赤葉の法は、光の屈折を強化するというものだ。 ただの誤認を事実とまで認識できるほどの強化。 腕の感覚がなくなったのは間違いなく、たとえその事実に気付いたとしても、理解はできないだろう。 よって、そんなことに意味はない。 別に右腕一本なくなったところでロクを助けるためならばどうだって良いし。
「……今度こそ帰るよ。 殺される」
「分かったよ。 こりゃ確かに無理」
言い、二人は俺の前から姿を消す。 そして、そのことに衝撃を受けたのは他でもない、後ろに控えていた法使いたちだ。
大佐である二人の助力で、俺から助かるとでも思ったのか。 それが一瞬で消え去り、顔は絶望に満ちている。
「な、なぜ……音堂大佐は、私たちを助けに来たのではないのか!?」
「俺に聞くなよ。 捨てられたんじゃないのか?」
「そんな、馬鹿な。 当初の作戦では我々は――――――――」
言葉は途切れ、頭は地面へと落ちる。 男はそれから声を放つことなく、俺の手は赤く染まる。
「さぁ、殺し尽くしてやる」
俺の前に立つということ。 俺の目的を妨害するということ。 それがどういう意味を持つか、身を持って知れば良い。 まぁ、知ったときには既にお前らは死んでいるんだろうけど。
こうして、橋の上での戦いは幕を閉じた。




