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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第七話

「……」


 空を見上げる。 あれから数日経ち、期限と定めた一週間が段々と迫ってきていた。 俺はまた随分無茶なことを言ったと、自分自身でも理解はしている。 けど、そうしなければならなかったんだ。 言い訳じみたことを言っても、結果としては俺が「自分の不手際を仲間に押し付けた」とひと言で表せちゃうんだけどね。 イライラをぶつけたって言っても良い。


 今日は普段よりも一層寒く、気温は例年よりも数度低そうだ。 空は綺麗に晴れ渡っているのに、随分寒い。


「憂鬱だねぇ」


 言い、空を見る。 変わらず、そこには綺麗な秋空が広がっていた。 空が高い、とでも言えばお洒落な感じにもなるのだろうが、今の俺……いつもの俺なら、それに対する感想は憂鬱というひと言でしかない。


 しかし、いつもと違うこと。 本来だったら俺がたった今漏らした言葉は誰も拾うことなく消えているはずなのだが、今日に限ってはそうならない。 珍しいことに、今日の俺には話し相手がいるのだ。 お友達ってわけじゃあない、どちらかと言えば俺が苦手とする相手だね。


「そうか。 君は法使いでも異法使いでも変わらないね、矢斬くん」


「そこは驚くところですか? 人間なんて一緒ですよ。 たかが法使いと異法使いを行ったり来たりしても、変わらない。 頭があるし、目も二つだし、鼻も口も一個だけで手足がある。 ほら、一緒だ」


「たかが、か。 大多数の人間はそうはならないんだよ。 この世の殆どの人は、法使いと異法使いの違いを明確に見れている」


 俺の隣に座り、俺と同じように空を見上げて言うのは、()()()()だ。 本来ならば敵である彼と、俺は今話をしている。 殺すべき、倒すべき相手と親友のように。


「見失っているの間違いじゃないですかね。 能力にだってそこまで差異はない、たとえば俺が持ってる一点に対する重力場の操作だって、法使いの鹿名って奴が持ってる重力の強化と一緒ですよ。 やり方が違うだけで、もたらす結果は一緒だ。 その結果を見失っているのがあんたら法使いってことですよ」


 言いながら、俺は戦馬さんに顔を向ける。 戦馬さんはいつもは腰に下げている刀を抱えるようにして、遠い場所を見ていた。


「そういう話ではない。 違うのは種別だ、種類だ。 それが違えば、結果が一緒だとしても別種なんだ。 人間と同じほ乳類でも、君は全部一緒だと言うのかい?」


「大別すればそういうことになりますね。 ま、この話はするだけ無駄かな……ひとつのことを信じきっている人に、別のことを信じさせるのは容易じゃないですし。 それは俺もあなたも一緒のことです」


「そうかもしれない」


 さて、前置きは済んだだろうか。 俺は今日ここに呼び出されただけで、その目的を未だに知らない。 あいつらが知ったら「不用心だ」とでも言いそうだが、それは用心しなければいけないときにしか当てはまらない。 今回のこれは、用心に値することではないと思っている。


「それで、用件は? 俺と世間話をしに来たわけじゃないですよね。 死ぬ覚悟で」


 俺の言葉に少しだけ笑い、戦馬さんは答える。


「死ぬ覚悟なんてしてないよ。 君がもし私に剣を向ければ、私も相手になるけどね。 今日は、君に忠告をしようと思ったんだ」


「忠告?」


 戦馬さんは変わらず遠くを見つめ、口を開く。 この人は得体の知れない部分も多いが、一人の指導者だ。 その指導者としての言葉はしっかりと聞いておいたほうが良いかも。


「人は生き方によってどんなものにでもなれる。 英雄にも、化け物にも、脇役にも。 だが、大多数の人間はその事実に気付かない。 自分の在り方はこうだ、生き方はこうだと決め、それに従順になっている。 君もそんな内の一人だということだよ」


 どんなものにでも、か。 それはそうだと俺は思う。 努力で決められるわけではない、それは本人の意思によるものだ。 本人がどう生きようと思い、どう進もうと思うかということ。 そして、戦馬さんが指摘したことは的を射ている。


 ――――――――俺もまた、縛られているだけに過ぎない。


「アドバイスありがとうございます。 ですが戦馬さん、俺はこれからも変わらない」


「そう言うと思ったよ、矢斬くん。 昔から君は、私のアドバイスを受け止めたことはなかったからね」


「あはは、耳が痛いな。 けど、今の俺はあなたより強い」


 俺が言うと、戦馬さんはようやく俺の方へと顔を向けた。 そして、その場で立ち上がる。


「まさに最強だね。 君の異法には欠点がない、弱点が存在しない」


「ええ、その通り。 さすがの観察眼、気付いていましたか」


 いち早く気付くのは機関の誰かだとは思っていたが、どうやらダークホースが存在したようだ。 甘く見ていたのかもね、少し。


「その上で、私は逃げも隠れもするつもりはない。 私が積み上げてきたものを君にぶつけるために」


「……どうしてそこまで? あなたにとって、俺は関わるべき存在ではないはず。 あなたの弊害になるようなことはしていないでしょう?」


「それは愚問だよ、矢斬くん。 私は一人の法使い以前に、一人の人間だ。 そして、一人の指導者だ。 道を踏み違えている者を導くのが、私の役目なんだ」


 戦馬さんは言い、振り返る。 そして歩き始めた。


 ここでこの人を殺せば、ルイザの異法は元に戻る。 殺せなかったとしても、刀さえ破壊してしまえば元通りだ。 しかし、俺はそれをしない。


 どうして、と言われればこう答える。 つまらないから、気が向かないからと。 最善手は目の前にあるというのに、俺は敢えてそれを選ぼうとしなかった。


 この人は、俺とは別種の人間だ。 対極にあるような人だ。 努力だけで力を付け、努力だけで上り詰めた。 その賜物である剣技は、俺の仲間である異法使い数人を相手にしても、遅れを取らないほどである。


 だから俺は、この人を正面から叩き潰す。 しっかりと向こうが戦う気のあるときに、向かい合って。


「戦馬さん、次に会ったときは敵同士だ。 迷わず斬りに来てくれよ、俺のことを」


 背中に向けて言うと、戦馬さんは右手を挙げて返事をする。 俺はそれを見て、振り返った。


 ……ひょっとしたら戦馬さんも、俺のこういう性格を見抜いて無防備にも会いにきたのかな。 やっぱり苦手だ、あの人は。


「ん」


 そんな出会いと別れが終わり、歩き始めてから数分が経った頃だった。 ポケットの中で、俺の携帯が振動する。 連絡なんてものは今となってはあいつらくらいしかしてこない。 ということは。


「俺だ」


「ポチさん、特定完了」


「了解。 すぐ行くから待っててくれ」


 さて、予定通りだ。 無茶なことでも言われた通りに仕事をこなしてくれる。 頼りになる仲間を持ったよ、俺は。 あとは予想がうまく行けば、また数日後には会うことになるだろう。 他でもない、戦馬さんと。


 そのときになったら教えてあげよう。 努力というものが如何に無駄で、愚かな行為なのかをさ。


 にしても……どうやら、動きとしては別のとこでもそこそこあるようだ。 俺の回路がそれを感じ取っている。 どこか遠くで、膨大な力が放たれているのを。 法使いも法使いで、まだまだ隠し玉はあるってことかな。 まぁそれがどんなものだろうと、ねじ伏せていくだけ。


 こっちの問題が片付くまでは、関係ないことはなるべく道筋から排除しておこう。 今回で言えば、用事があるのはロクを連れ去った法使いだけだ。 もっと言えば、連れて行かれた場所、監禁されている場所で待ち構えている法使いたちだけだ。 そいつらを殺し、ロクを救出する。 それが俺の目的となるわけで。


「ああ、楽しくないな」


 日が沈みかけている空を見上げ、俺は呟く。 どんな状況でも俺は楽しめるんだと思っていたが、どうやらそんなことはないようだ。 こんなに気分が暗くなったのも初めてのことだし、なんとも言えないイライラが募ったのも今回が初めてだ。 それが自分自身でも意外で、プラス思考で考えれば新たな発見だということになる。 が、どうやらそんな簡単に思うことはできなくて。


 ……段々、良くない方向になっているのかもしれないね。 他でもない、俺自身が。

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