第十一話
何はともあれ、あの事件からもう既に一ヶ月以上の月日が流れている。 学校はようやく再開し、怪我を負っていた凪も小牧さんもさすがというべきか傷は癒え、前となんら変わらないほどになっていた。 ただ、学園内の空気は果てしなく重い。 修繕が終わらぬところもあり、崩れた壁や穴が空いた床はところどころにあった。 何も知らない人が見れば、異法使いの使用する施設だと思っても無理はないほど、傷跡だらけだ。
そして、居なくなった生徒と教師たち。 六十八名の人間が殺され、消えた。 たった九人による襲撃は、学園並び法執行機関に小さくない確かな傷跡を残したのだ。 友を失った生徒は嘆き悲しみ、怒りに震える者も居る。 それと同様に、異法使いという存在に怯える者も。 この事件が切っ掛けで、多くの法使いが想い、決意を抱いたのは言うまでもないこと。
しかし追い討ちをかけるように、世間では未だに殺人事件が発生している。 恐らくはその殆どが異端者たちの仕業で、それを皆分かっているのだろう。 夜間は外出を控えろとのお達しもあり、同時に通達されたのは、出来る限り集団での行動を取るようにとのことだった。
更に、噂によれば法執行機関D地区支部に本部から人員が割かれたようだ。 どうやら、凪の兄が今、この街に来ているらしい。
それとは別に、これは最早都市伝説みたいなものだが、ネット上ではこんな話が時折上がってきている。
現象を起こす奴らを見かけた。
一番多い反応は「お前何言ってるの?」みたいなもの。 だが、中には知る者だって存在する。 そういう知る者はこう言うのだ。
「魔術使いに気を付けろ」
「何か言ったか? 矢斬」
「いいや、なんでもない。 しかしさ、凪。 なんか嫌な予感がする空模様だね、今日は」
「……またそう言うことを言うな。 怒るぞ」
「もう怒ってんじゃん。 あはは、冗談だよ」
さて、世界は面白い方へとどんどん傾いていっている。 法使いに、異法使いに、魔術使い。 三者はそれぞれ別の世界の住人で、それぞれがそれぞれ思うところがあるもので、それぞれがそれぞれ別の力を持っている。 そんな三者が混じったら、一体どうなってしまうんだろう。
楽しみだ、本当に本当に本当に楽しみだ。 ああ、良い良い。 今この瞬間、今この時間に生きていることに感謝しよう。 俺は俺で楽しんでおくとするからさ。
「へえ、それなら小牧さんの刀は無事に返ってきたんですか。 良かったですね」
「ええ、まぁ。 と言いましても、使用するには制限をかけられてしまいましたけど」
宣言通りにたっぷりと凪に可愛がられた俺は、昼休みに小牧さんの教室へと向かった。 俺と凪は一年のAクラス。 小牧さんは一年のCクラスという風になっている。 そのクラス自体に順位とかはなく、ただ単に振り分けられているだけのクラスだ。 だから俺のような凡人と凪のような天才が同じクラスという、なんとも酷いことになっているわけで。
それについては先生方に異論を申し立てたい気分だが、どうせ言っても返ってくる言葉は「嫌ならば努力しろ」という言葉だと予想が付く。 だから俺はそんな格差社会を受け入れている。 受け入れた上で努力はしない、どうせ無駄だしね。 俺は努力がどれほど無意味なものなのか、よく理解しているよ。
そして、そんな束の間の休憩時間、俺は癒やしを求めて小牧さんのところへやって来たというわけだ。 凪はどうにも男勝りな性格だから、癒やしを求めるならこの人だろう。 ということで小牧さんを昼食へと誘い、今は二人して校庭脇にあるベンチで昼食中。 穏やかで、清楚なお嬢様といったらまず浮かんでくるのが小牧さん。 肩ほどの黒髪に、前髪はヘアピンで留めているのがポイントだったりするんだよね。
「制限? それって法によってですか?」
「はい、そうです。 私が本能的に必要だということを感じたときのみ、能力が使えるという制限ですね」
「そりゃまた厄介な制限ですねぇ。 てか、法武器じゃないのに制限ってのが不思議ですよ、俺」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 私の武器、法武器なんですよ」
……そりゃすごい。 正直驚き、俺は購買で買ったパンを食べる手を止めた。
法武器といえば、構造上とても複雑にできており、それは内部に法使い同様の回路を宿す武器だ。 その回路は活性化させなければなんの役にも立たないが、活性化できるほどの力があれば莫大な能力を付与できる。 回路の同期、そして法使いが執行する能力の強化、そのパターンは多岐にわたり、そういうコアなものが好きな俺ですら全てを把握しているわけではない。 にしても、法武器はひとつあれば一軒の豪邸ができると言われているほど高価な物なのだが……。
「あの小牧さん、今度夕食奢ってください」
「ふふ、そういう素直なところは結構好きですよ、矢斬くん。 けど、私とデートなんてしたら彼女に怒られますよ?」
「……ああ、あいつね。 あいつはまぁ、そういうのじゃないんで問題ないですよ。 なんていうか、気付いたら一緒に居るってだけなんで」
そうだ、気付けば一緒に居た。 凪と俺は真反対と言っても良いくらいに正反対で、それは法使いとしての力だけならず、性格も。 エリート努力家法使い的思考の凪と、落ちこぼれ無努力家特殊的思考の俺。 うーん、部が悪いのは俺の方か。
何事にも適当で、面白ければそれで良いとも考えている俺。
何事にも真剣で、荒波が立たなければ良いと考えている凪。
うん、やっぱこうして考えてみても、一緒に居るのが俺でも不思議だ。 というか、自分で言うのもあれだけど、良くあいつは俺みたいな性格の奴と一緒に居るよなぁ。 この世の不思議は奥が深い。 不思議だらけだよ、この世の中は。
「凪さんはきっと、矢斬くんに頑張って欲しいんですよ。 矢斬くんってほら、実は強かったりしそうですし」
「俺が? 冗談キツイですよさすがに。 俺なんて、法使いとしては下から数えた方がよっぽど早い。 反対に凪は、上から数えた方が早いんです。 凪と会って、話すようになって、良く分かりましたよ」
「分かった?」
「ええ、そうです。 この世の九割は理不尽で出来ているって。 それまでは精々五割くらいかなぁとか思ってたんですけど、ああいう才能のある奴を身近で見て、それで分かりました」
そう、理不尽だ。 これは凪だけの問題ではなく、今のこの世界の在り方としてのこと。 同じ人間なのに、同じ言葉を話す者同士なのに、法使いは異法使いと魔術使いを敵視している。 反対に、異法使いも魔術使いもだ。 だが、異法使いと魔術使いが法使いを敵視しているのには、法使いからの差別があったから。
なのに、法使いはそんな過去は忘れている。 過去、ではないか。 現在進行形、今この瞬間もどこかでその差別は起きているんだ。 これを理不尽と言わずになんというか。
俺は法使いとして、回路が弱い。 その回路を使って執行できる法はただひとつで、眼の強化のみ。 一般的な法使いならば基本として執行できる「身体能力の強化」ですら、俺は満足に使えない。 優秀であればあるほど、使用することができる法は多くなる。 しかし、俺が使える法はたったひとつだけ。 それすらも強力な法とはとても言えない。 これを理不尽と言わずなんと言えば良いのだろう? まぁでも、そんな理不尽すら、どうだっていいことだけど。
「矢斬くんは、考え方が少々特殊ですからね。 私や凪さん、多くの法使いたちが「常識」と思っていることを「常識」と思わない。 だからこそ、現状には不満を抱いているんですかね」
「不満……とはちょっと違いますよ。 だって、小牧さん。 俺、この前の一学襲撃事件、ちょっと嬉しかったんですから。 いつか動くんじゃないかなーなんて考えてましたけど、ついに来たかって感じで」
「……矢斬くん?」
俺の発言に、小牧さんは怪訝な顔をする。 おっと、失言かなこれ。
「あーっと……すいません、さすがに不謹慎すぎましたかね。 というわけで俺は失礼します、午後の授業は座学なので準備しないと」
「矢斬くん、くれぐれも、今の言葉は私の前以外では言わないように。 下手をしたら、拘束されるかもしれませんよ」
「肝に銘じておきます。 それじゃ」
危ない危ない。 ついつい本心、本音が漏れてしまった。 いやぁ、頭の中で思う分には良いが、いざ話しだすと言いすぎてしまう。 本当に、ちょっと気を付けた方が良さそうだ。 あくまでも俺は部外者で、この話の中心にいるのは法使い、異法使い、魔術使いの三者でしかない。 傍観者としては、出すぎた真似は気を付けよう。




