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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第四話

「失礼します」


 私は言い、第五会議室の中へと入る。 広く、清潔に保たれた部屋には芳香剤の香りが満ちていた。 しかし、そこには未だに誰もいない。 時間はもう九時半だが……少し早く来すぎてしまっただろうか。


 誰もいない部屋の片隅にある椅子へ腰掛け、私は今日のために用意した資料を見返す。 エリザとその側近たちの戦力、魔術使いが棲まうZ地区のデータ、今回参加するメンバーの戦力。 やはり、こちらの戦力的には申し分はない。


 そんなことをしながらひたすら待つ。 十分、二十分、三十分……一時間。 時計が丁度、十時半を指したとき、会議室の扉はようやく開かれた。


 室内へ来たのは、二人。 男女の組み合わせで、耳と瞼にピアスを付け、黒い髪を垂らしている猫目の男。 神田宗大佐だ。 そしてもう一人はセミロングの茶髪、ワンポイントのヘアピンを付けた女。 こちらは、猩々彩佳大佐。


「わりーな遅れた。 んあ? んだよこれ、ガキしかいねえじゃん」


「止めなさい神田大佐。 子供とは言っても、この年で少佐まで上り詰めた子でしてよ」


 さすがに、物凄い威圧感だ。 ただそこに居るというだけで、こうも息が苦しくなる。 これが、本部の大佐級か。 兄上以外の大佐とこうして近い距離で話すのはあまりないが……それでも、この二人が大佐の中でも別格というのは伝わってくる。


「凪正楠と申します。 宜しくお願いします、神田大佐、猩々大佐」


「律儀だねぇ、へへへ。 まテキトーにやってこうぜ」


 神田大佐は言い、椅子に腰掛け、テーブルの上へ足を置き、リラックスした体勢を取る。 自由奔放というか……この職務態度はどうなのだろうか。 軍服どころか今日の神田大佐は私服でもあり、少々良くないイメージを抱いてしまう。


「よろしく、正楠ちゃん。 噂は聞いてましてよ、猩々の者として、同じ任務に取り組めるのは光栄ですわ」


 丁寧に挨拶をし、私に握手を求めたのは猩々大佐だ。 この人の家系は俗に言う高家で、その歴史はとても長い。 その第三子として生まれてきたのが猩々彩佳大佐である。 その実力は折り紙付きで、こと魔術使いに対しては専門知識も多く持ち、エキスパートだ。


「勿体ないお言葉です。 こちらこそ、宜しくお願いします」


 私は言い、猩々大佐の手を握る。 その光景を見て、口を開くのは神田大佐だ。


「仲良しだねぇ君ら。 今回ので誰か死ぬかもしれねーのにさ、ははっ」


 ニタニタと笑いながら言う神田大佐。 ここまで来れば、例の噂もどうやら本当らしいな……。 この人は、機関本部でも問題行動の多い人物として認知されているのだ。 参加予定の任務、その集合時間に来ないこと。 街中で揉めた一般人に対する過度な暴行。 数えたら切りがなく、この人は機関の仕事というよりも戦闘そのものを楽しんでいるタイプだ。 その所為で実力は大佐の中でも屈指ではあるが、昇進はできないと言われている。 もっとも、本人には恐らく昇進する気などないのだろうが。


「口を慎みなさい、神田大佐。 あくまでも目標は全員の生存あってこそ、最優先するべきはわたくしたちの命です。 それを軽んじる発言は控えて頂きたくてよ」


「口うるせえ女だな。 なんならテメェから殺してやろうか? クソビッチ」


 神田大佐は言い、テーブルの上に乗せていた足を振り下ろす。 その動作でテーブルは容易く割れ、神田大佐はその勢いで立ち上がった。


「口を慎めと、先ほど申し上げたばかりでしてよ。 言葉で言っても分からないのなら、体で教えてあげるしかないかしら」


「ちょ……あの、喧嘩は」


 この人たちは……本当に大丈夫だろうか。 私が今まで携わってきた任務は、少なくとも結束力は確かにあった。 だが、悪い言い方だが将官級となると、奇人変人は多い。 それが重なってくると、こうも早々に内部で揉めるものなのか。 まだ出会ってから五分と経っていないというのに。


「失礼、遅れました。 少々急用がありまして……何をしているんですか、あなた方」


 直後、部屋に入ってきたのは金髪ロングの女性。 眼鏡を掛け、軍服ではなくスーツに身を包んだ人だ。 この人は……十二法直下の部隊に属する人物、ラム・ライロット。


「あぁん? おーライロットさんよ、このクソビッチがちょーっと生意気な口を叩くんですよ。 んで、そういうわけで教育しといてやろうと思ってね」


「誰がクソビッチですって? まったくその低俗なファッションは理解できませんねぇ。 このクソピアス」


 お互いに、今にも殴り合いを始めかねない勢いだ。 私はそれを必死に止めようとしているのだが……大佐同士の殴り合いに巻き込まれれば、タダでは済まないだろう。


「静粛にお願い致します。 神田宗大佐、並びに猩々彩佳大佐、これ以上執行機関本部内で騒動を起こすのならば、十二部隊部隊長、ラム・ライロットが介入致します」


 静かな声で、そう告げる。 すると、神田大佐も猩々大佐も睨み合いをするものの、ゆっくりとだが引いていった。 大佐よりも上に位置する部隊、そこのエースとなれば、その言葉も随分重みがあるな。


「申し訳ありません、凪正楠少佐。 それと、止めようとして頂きありがとうございます」


 言いながら、彼女は私に頭を下げる。 私はその行動を見て、すっかり萎縮してしまった。 恐れ多い、という言葉が適切だろうか。


「い、いえ! そんな、私は……こちらこそ、ありがとうございます。 ええと……ラム、隊長?」


「ラムで構いません。 私よりも年下の方というのは珍しいもので、仲良くしましょう」


 ラム……さんは言い、笑顔を向ける。 雰囲気は鋭いが、優しそうな人だという感じを受ける。 礼儀正しく、まさに理想の法使いだ。


「は、はい! 宜しくお願いします」


「ふふ、それに今回の任務では、隊長は別に居ますしね……あれ、そういえば、心加さんは?」


「……それが、まだ」


 私は言い、苦笑いをする。 まったく、あの人は昔からそうなのだ。 時間にとてもルーズで、どれだけ大事なことだろうと平気で遅刻をする。 私が昔、凪家の者として正式に名を継いでいくことを決めた日……受名式の日にも、あの人は遅刻をしてくれたしな。


 それから待つこと一時間。 重苦しい空気の中、悪びれることもなく兄上が現れたのだった。




「ごめんごめん、いやぁ日付を勘違いしてたね。 家で寝てたよ」


 頭を掻きながら、大佐を表す勲章を付け、室内にようやく入ってきた兄上。 口ではそう言うものの、悪びれる様子なく笑っている。


「一時間半。 私たちが無駄に過ごした時間です、心加さん。 この無駄にした時間を取り戻せるようお願いします」


「厳しいなぁラムくん。 昔となんも変わってないね」


 ……ラムさんも三十分ほど遅刻していたのは黙っていた方が良いのか、この場合。 むしろ変な発言をして、敵視されても馬鹿らしい話か。 それに私は兄上が嫌いだ、兄上が責められるのを見ているのは、苦ではない。


 しかし、昔と変わっていない……とは、一体なんのことだろうか? 知り合いだったりするのか? 二人は。


「昔、凪大佐がまだ少佐だった頃、部下だったのがラム・ライロットさんなのですよ。 凪大佐の部隊でもエースのような存在で。 わたくしの耳にも、噂は良く入りましたわ」


 私が疑問に思ったことを感じ取ったのか、猩々大佐が耳打ちするように言う。 私は小さな声で「なるほど」と言い、二人のことを見た。


「お互い様です、凪大佐。 あなたも私も変わってはいません、簡単に変われるものでもないでしょうに」


「御説ごもっとも。 それじゃあみんな、打ち合わせに入ろうか?」


 軽い冗談を言い合える仲……か。 その光景を見て、私は今の私を思い返す。


 ……私には、そのような関係と言える部下は、一人も居ない。 私は一人で戦うように命じられた。 部隊を持たず、一人での部隊。 同僚は居れど、部下はいない。 そこには信頼関係の文字なんて、存在しないのだ。


 だが、それも仕方のないこと。 私の能力、強さに付いていける者がいないというだけだ。 それ自体はきっと、喜ぶべきことなのだろうが。


「正楠ちゃん、別のこと考えてない? 大丈夫? これから大事な話し合いだよ、他のことに気を取られないようにね」


「黙れ、私は凪正楠少佐だ。 妙な呼び方をするのは止めて頂きたい、凪心加大佐」


「んー、それじゃあ正楠少佐」


 兄上が言い直したのを見て、私は短く舌打ちをする。 それは確かに聞こえていたはずなのだが、兄上は気にもしない。 同時、後ろから神田大佐が小さく、恐らくは笑みを混じえながら「おーこわ」と言っていたが、私はそれを気にはしなかった。 兄妹そっくりの対応とは……思いたくないが。


「ま、私が来るまでの間にちょっと揉めた様子だけど。 そのくらいの仲の良さがいいかな。 変に仲が良すぎても、誰か死んじゃったときのショックが大きいしね。 むしろ死んでくれと思うくらいがいっか」


「……凪大佐、それは少し言い過ぎじゃないのかしら。 わたくしは猩々家の者として、任務にはそれなりの責を持っていましてよ」


「話は最後まで。 猩々大佐、神田大佐、正楠少佐、ラム・ライロット部隊長。 君たちは今日この日から私、凪心加の部隊、及びその部隊員となる。 期間限定ではあるけどね? それがどういう意味を持つか」


 空気が変わる。 兄上は私たち一人一人に視線を向け、そして数秒を置き、続けた。


「凪心加の名の下に、君たちの命は私が預かろう。 私の部隊として動くならば、この私が命の保証をする。 君たちは絶対に、死なせはしない。 例え私の命に替えたとしても」


 威圧とも違う。 圧迫感……ともまた違う。 ただそこに立ち、ただ言葉を発しただけだ。 しかし、これは……敬服、か?


 かつて、私は兄上に言われたことがある。 私がまだ小さい頃、兄上は既に機関に所属し、部隊を持っていた。 風の噂で私は「凪心加の部隊は強い」という話を聞き、まだ兄上が私に構っていたときに尋ねたことがあるのだ。 どうして兄上の部隊は強いの? と。


 それに対し、兄上は答えた。


 少佐、中佐、大佐、隊長……人の上に立つ者の肩書きは、惹かれるものがある。 だからこそ自分がその立場になったとき、部下を惹きつけるような者にならなければならない。 本当の強さというものは、そこに居るだけで心が踊るような人のことを言うんだ。 居るだけで心強い、居るだけで指揮が上がる、居るだけで楽な気持ちになる。 大事なのは肩書きではなく、人として強いか否か。 私の部隊は、私に守る義務があるんだよ。 だから強く在らねばならない、圧倒的な存在としてそこに立たなければならないんだ。 正楠、お前はまず、人としての芯を見つけることだ。 そして、その芯を大切にしなさい。


 そう答えたのだ、兄上は。 それは理想論なのかもしれないし、私には果てしない夢なのかもしれない。 だが、人としての正しさは、兄上が持つ正しさは……私の、目標なのだ。

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