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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第三話

 次の日の朝、私は自宅で目を覚ます。 今日からはエリザ捕獲任務の打ち合わせか……一度だけ目にし、相対はしているが、あの魔術使いの強さは常識から外れている。 異端中の異端を矢斬だとすれば、規格外の規模を持ったのがエリザということか。


「……朝は、どうするか」


 打ち合わせは、朝の十時。 今現在の時刻は朝の六時。 どうにも、学生時代の規則正しい生活が抜けない所為で、不規則な本部の仕事は辛いものがある。 それにもまた、慣れなければいけないことだが。 睡眠時間が酷く短い時が多くなったのは困りものだ。 女という立場上ある程度の身なりも必要ではあるし、結構辛い。


 しかし今は異法使い、魔術使いとの全面抗争が勃発している。 それも比較的静かに、戦いは行われているのだ。 開戦してからの大規模な戦闘は一度だけ。 どうやら十二法が動き、異法地区への攻撃だったらしいが、その際に異端者の一人を拘束したというのは本当だろうか。 まぁ、私は参加していないということもあり、情報があまり回ってこないが。


 思考をそんな風に回転させながら、私は冷蔵庫を開ける。 しかし、中に入っていたのは水のペットボトルが数本だけで、どうやら食べられそうな物はなく、ため息をひとつ吐く。


 家に帰ってきたこと自体、随分久し振りか。 そういえば、元々あまり買い貯めする性格でもなかったな。


「仕方ない」


 近くにある喫茶店にでも行って、そこで何か食べることにしよう。 幸いにも、朝早くからやっているところがあったしな。


 私はそう決断し、手短に準備を済ませる。 持っていく物も着替えも、適当で良いか。 仕事ではない分、楽で良いな。 まぁ私はこれでも、普段は持たなくて良い法武器を扱っているおかげで手ぶらということも多いのだが。


 私の声に反応し、私の手元に出現する法武器。 ルーエは使い勝手も良い武器だ。 しかし無闇やたらに振り回すものでもない。


「……ん」


 丁度家から出ようとしたそのとき、デニムのポケットに入れておいた携帯が鳴り響く。 あまり機械に詳しくない私は、私用も仕事も同じ携帯だ。 恥ずかしい話、今では昔よりも余程鳴ることが多い。


 また仕事か。 そう思い、私はポケットから携帯を取り出す。 そして画面も見ぬまま、通話ボタンを押して耳に当てた。


「こちら凪正楠少佐」


『あっ! 凪さん? ごめんなさい、朝早くに。 私です』


 その声には、聞き覚えがある。 かつて、良く行動を共にしていた……親友だ。


「幸ヶ谷さん……?」


『お久し振りです、凪さん。 今から時間ってありますか?』


 矢斬との別れがあってから、幸ケ谷さんと接する機会は殆どなかった。 私はすぐに機関へと移ったこともあったし、幸ケ谷さんも本格的に、戦馬さんのところで剣技を学ぶことにしたらしく、別々の道と言って良いかは分からないが、会う事自体、久し振りのものだ。


「ええ、勿論。 十時までなら大丈夫だ」


『ありがとうございます。 では、家の前でお待ちしてますね』


 そこで通話が途切れた。 家の前で待つ……というのは、そのままの意味として受け取って良いのだろうか? そんなことを思いながら、私は玄関扉を開け放つ。 すると、すぐ目の前にその人は居た。


「久し振り、凪さん」


「……久し振り」


 久しく会っていなかった親友は、変わらずそこに立っていたのだった。 私は不意を突かれた一撃により、思わず笑ってしまったよ。




 それから、私と幸ヶ谷さんは予定通り、喫茶店へと向かう。 どうやら幸ヶ谷さんも朝食はまだだったようで、都合としては丁度良かった。


 店内は空いており、私たちは向かい合う二人がけの席へと腰を掛ける。 私は焼鮭定食を頼み、幸ケ谷さんはサンドイッチセットを頼む。 それが来るまでの間、口を開いたのは幸ヶ谷さんの方からだった。


「随分と逞しくなりましたね、凪さん」


「逞しく……」


 言われ、私は自身の腕を見る。 筋肉を付けすぎて太ったようにでも見えただろうか?


「あ、いえ。 違います違います、雰囲気というか……顔付きが。 凪さんは今も昔もスタイル抜群ですよ」


「はは、それは色々あったから……か。 ここ数年、大きなことが多すぎた。 今では私も執行機関本部の少佐だよ」


 苦笑まじりに言うと、幸ヶ谷さんは微笑むように笑う。 そして、言った。


「史上最年少での少佐。 執行機関の花。 戦場の女神。 色々な肩書きがありますしね」


「ちょ……止めてくれ。 恥ずかしいんだ、そういうアレは」


 私が言うと、幸ヶ谷さんは口元を押さえて上品に笑う。 からかわれているのか、これは。


「冗談です。 それより凪さん、数多さんのこと……残念です」


 唐突に、幸ヶ谷さんはその話を切り出した。 大体分かっていたんだ、この話をするのだということは。 最初の冗談はきっと、幸ヶ谷さんなりの気遣いだろう。 そして私も、この話はするつもりだった。


「仕方のないことだ。 この仕事は、いつだって死ぬ可能性がある」


 今となっては、特に。 昔ならば楽に稼げる仕事として志望する者も多くいたが、今では異端者、魔術使いとの戦争が勃発している。 死ぬ可能性というものは、格段に高いのだ。 しかし、不思議なことに戦争前よりも今の方が、機関に志願する者は多い。 機関として、それは大変有難いことである。


「凪さん、私は……最初、謝ろうと思ったんです。 あの日、私は数時間前までアースガルドに居ました。 そこで異端者とは交戦をして、矢斬くんが居るということも知っていました」


 幸ヶ谷さんは私から目を逸らすことなく言う。 強い意思を感じ、私は何も言わずにその言葉に耳を傾けた。


「私が残っていれば、数多さんを助けられたかもしれない。 そう思い、凪さんに謝ろうと思いました。 ですが、それは違うんです」


「違う?」


「はい。 私がもしも居たとしても、結果は変わらなかったと思います。 それほどまでに、私と矢斬くんでは実力が違いすぎる。 だから私は自分自身の実力不足を恥じているんです」


 ……強いな、この人は。 物事に対し、深い考えを持っている。 安易に結論を出さず、しっかりと状況を判別できている。 こういう人は、指揮する側に置けば相当な実力を発揮するだろうな。


「私もだよ。 私もまだまだ、実力不足だ。 私が幸ヶ谷さんの立ち位置だったとしても、結果は変わらない。 私では到底、矢斬には及ばないよ」


「……ふふ、あの矢斬くんにですか。 なんだか、変な感じですね」


「そうだな、あの矢斬にだ。 幸ヶ谷さん、口が裂けてもあいつの前では言わないでくれよ? 私が言っていたことは。 あいつの前では、強がっておかなければな」


「ええ、分かりました」


 それから運ばれてきた料理を食べ、私と幸ヶ谷さんは喫茶店を後にする。 なんだかんだ言いつつも、雑談を交えながらの食事は久し振りのものだった。 基本的には一人での食事を好む私だが、こういう食事もまた、久し振りか。 高校に通っていた頃は、毎日のように矢斬にタカられていたからな。


 ああ、そうだ。 あのときのツケもあいつには返してもらわなければならない。 だから、変なところで死なれても困るんだ。 いつか絶対、あいつは私が引き戻してやる。 あいつの罪は、私の罪だ。 近くに居て全く気付くことができなかった私の罪でもあるのだ。 もしも償うときが来たのなら、私も一緒に償わなければなるまい。


「あ、そうだ。 凪さん、まだ時間は大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。 ここからなら、直通道路を使えば三十分ほどで行けるところだからな」


「それでしたら、少し運動でもしませんか?」


 幸ヶ谷さんは言い、微笑みかける。 その言葉の意味はすぐに理解することができた。


「もちろん。 望むところだ」


 私も笑い、拳を向ける。 最近少し、体の鈍りを感じてきたところだ。 それにでかい任務もこれからある。 タイミングとしては、是非もない。




「……いってぇえええ! チクショウが! やっぱつえーわテメェ」


「当たり前だ。 私は執行機関本部、凪正楠少佐だぞ」


 目の前で、幸ヶ谷さん……と言って良いのか? 幸ヶ谷さんは、刀を手にして座り込んでいる。 もちろん、鞘には納めた状態でだ。 あれから私と幸ヶ谷さんは、戦馬さんの道場へと行き、二人での練習試合をしていた。 さすがに戦馬さんのお気に入りというだけあり、中々に鋭い太刀筋を持っている。 法を使わないでの打ち合いだったが……結構危ない場面もあったな。


「あーあ、やっぱ駄目だなぁ。 なーんか最近、コイツが重く感じちまうんだ。 どうにも振り切りが甘い気もしてるっつう」


「そうなのか? 良い太刀筋だと思うのだが……確かに、一撃一撃は軽い気もしたな」


「だろ? なんか良く分からねーけど、今日は特に酷えな。 俺の腕も鈍ってきてんのかね」


「ふふ、私相手で手を抜いていた、という感じか? まぁ、友人だから仕方のない部分もあるかもしれないか」


「んー、どうだか。 ま、良い運動にはなったぜ。 ありがとよ、凪」


「またいつでも受けて立とう。 が、今日からしばらくは受けることはできないな」


 私は言い、道場の壁際へと移動する。 用意してあったスポーツドリンクを一口含み、タオルで掻いた汗を拭う。


「忙しいのか? 最近は」


「ああ。 特に、今日からは魔術使いのトップを捕獲する打ち合わせだ。 これが最後の練習試合になるかもしれん」


 その言葉を聞くと、幸ヶ谷さんは立ち上がる。 そして、刀の先を私へと向けてきた。


「腑抜けたことを言ってんじゃねえぞ、少佐様。 実はよ、俺も今日から師匠と一緒に法地区の護衛だ。 どうやら十二法も何人か来るらしい。 嫌な予感がすんだよ」


「法地区の護衛……? それは、私は初耳だな」


「極秘っつう仕事だ。 けど俺は何があっても死なねえ。 無論、私の方もな。 だからテメェも死ぬな、俺が超えるべき目標に先立たれたら、参っちまうからよ」


「……ふっ、そうだな。 私らしくもなかったか。 それでは、二人とも暇ができたら、また試合をしよう」


 私は言い、幸ヶ谷さんに向けて拳を向ける。 それを見た幸ヶ谷さんは笑い、拳を打ち合わせる。


「っし。 時間としちゃ丁度良いくらいか。 俺は折角だし、もーちょいこのまま遊んどくわ。 私の方も察するだろ」


「程々にな。 また会おう」


「おう!」


 そして、私は戦馬さんの道場を後にした。 これから先、また打ち合える日は来るだろう。 その約束は、果たさなければならない。 矢斬がもしも横に居たら、あいつはこう言うか。 それは死亡フラグっていうんだよ、凪。 なんてな。


 だったら私はこう返す。 そんなものなどで、私の道を阻めるものか、と。

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