二人でぶち壊すことにした
乙女ゲーなるものにはイベントがつきものだ。私ことライバルキャラである苑宮波音はその乙女ゲーそのものをぶち壊してやろうとしたんだけど、残念ながらとあるイベントが発生してしまったので回避の為に身代わりとなったらまさかの私イベントになりかけたという。普通に考えたら状況そのものが特殊だから仕方ないけど。
そして本来イベントをこなすはずだった主人公こと澤尻桃香は今、私の目の前でガチガチに固まっている。理由はまぁ、私のせいなんですが。
「私に何か訊ねたい事があるのでは?」
そう、イベントを横取りする代わりに私はこの主人公に記憶があると打ち明ける事にしたっていうね。どうしたって庇い方不自然だったし、それに。
彼女もまた記憶持ちなのは、わかっていたから。
「あの。その、苑宮さんも、知ってます、よね」
「この世界が乙女ゲームだって事かしら?」
「そうです。そして私がその記憶を持ってるのも」
「知ってるわ。私もそうだし、桃香さんがこの間廊下で生徒会長イベント発生させちゃったって半泣きだったのも」
「ああああれ見てたんですか!?」
「おかげで気付けたのよ。貴女も記憶を持っていて、なおかつそれを悪用しないと。だから、私は大切な幼馴染みの恋を応援しようと思えましたの」
そう言ったらしょんぼりと俯いてしまう桃香さん。そう言えばその幼馴染である攻略キャラの鳥海夏樹をすでにフっているんだっけ。
「ねえ、桃香さん。よければどうして夏樹では駄目だったのか教えて頂けませんか? 私から見ても悪くない男性だったと思うのですが」
「そう、ですね。良い人でした。惹かれそうになった事もあります、でも。私、静かに普通に暮らしたい。贅沢も責任も華やかさもいらないから、普通に大学に行って就職して結婚して子供を産みたい。だから」
「次期鳥海グループの社長になる夏樹では、普通を望めない。そして望みを捨ててまで一緒にいたいとは思えなかった、だから、かしら?」
「……ええ」
なるほど、つまり何がなんでもこの人がいいと思える相手ではなかったと。夏樹、もう少し惚れさせてから告白するべきだったよ。
「それに、鳥海君じゃなくても断ってたと思います」
「どうして?」
「私、好きな人がいるんです」
……おっと。それは考えてなかった。そりゃ無理だわ。
うーん、でも、攻略キャラの中に夏樹以上の男子、いたっけ?
完全無欠の生徒会長に天然で不思議系な先輩、頼れるお兄ちゃん系の先輩と突っかかって来る俺様ツンデレ系の同級生、夏樹はクール系の同級生だったっけ。それから熱血スポーツ馬鹿な後輩もいたよね。隠しキャラで一時赴任の先生と留学生もいたっけ。今いないから関係ないけど。
うん、近づきたくない。全力で逃げたい。じゃなくて。
「どなた、と聞いてもいいのかしら?」
「はい。あの、苑宮さんのクラスにいる熊谷秀明君です」
ああ、うん、びっくりした。さらりと出てきた名前が攻略対照じゃないのにもだけど、というか登場してきたモブキャラですらないけど、知ってる人だったから。
というか、同じクラスの隣の席の、ごく普通の……いや、前髪で目を隠すような内気で、でも成績もスポーツもそこそこ上位なんだから普通じゃないかもしれないけど、私にとっては特に気にかけた事も話した事もない男の子。
「どういうきっかけで?」
「私、小さい頃にこの辺りで暮らしていて。ある日迷子になった事があるんです」
うん、そのエピソードはゲームでも見た。だからこの学校に来たとか、一人が苦手だとか。
その設定が本当に起きていたとは……回避しようとしてなきゃ起きちゃうものかな、イベントって。
「凄く心細くて泣きそうな私を見つけて、一緒にいてくれて。その後引っ越すまで一番仲良くしてくれたのが、秀明君なんです。ずっとずっと忘れられなくて、ここに転校しようって決めたのももしかしたら会えるかなって思って。本当は、地元の高校でもよかったんですけど」
「もしかして初恋を追いかけて? 面倒な事になるのに?」
「転校して来るまで、自分が乙女ゲームのヒロイン役って気付かなかったんです……」
……仕方がない、といえば仕方ないよね。
名前もわりと普通だし、あんまり主人公の顔が出るゲームじゃなかったし。
それに、記憶が生まれた時からある訳じゃないのも私自身がよくわかってるしね。
「だからここに転校した事、凄い後悔してました。だっているのわかってるのに、みんなが盛大に邪魔するから、私秀明君と挨拶さえ出来てないんですよ」
「鉄壁ガードって感じですものね。で、これからどうなさるおつもり?」
「苑宮さんを見習って、色々動いてみようと思います」
そう言った桃香さんの目はとても綺麗で凛としていて。
「私、やっぱり秀明君が好きです。告白されてやっとわかりました。ヒロインだとしても、他の人は選べない。だから、苑宮さんのようにゲームの展開を変えてみようと思います」
だから、と桃香さんは俯いて。
「その、鳥海君の過去イベントを色々壊したのは、苑宮さんですよね?」
「まあ、そうですわね」
「だったら、その……」
もじもじと俯いて、何が言いたいのかはわかってるけど、そして協力する気満々だけどさ。
どうせなら可愛い女の子にお願いされてみたいなって思うあたり私変態っぽい。
「その、私の恋が上手くいくように協力して下さい!!」
「いいですわ」
「あっさり!?」
あれ、そんなにビックリするようなこと?
「だって、この世界にいるのは私達ですもの。ゲーム通りに生きる必要なんてありませんわ。この世界の物語は、私達の手で作るべきものです」
「苑宮さん、かっこいい……!!」
「ぶっちゃけると腹立たしかっただけです」
「え」
本当はこの世界がゲームと酷似してると理解した時、物凄く腹が立った。その時にはもう、夏樹はゲームのキャラじゃなくて私の大事な幼馴染で。
そんな彼が傷つけられるのを黙ってみているしかないなんて、そんなの嫌で。
「私は自分が幸せになりたいんですよ。それだけですわ」
「それは、その、鳥海君が?」
「ちょっと違います、わね。大切なのは確かだし、幸せになっても欲しいけど、恋じゃありませんから」
幸せになって欲しい、笑っていて欲しい。でもその隣にいるのが自分じゃなくちゃ嫌だと思わないから、多分この気持ちは恋じゃない。
「だから少し桃香さんが羨ましい。私も、恋をしてみたい」
「……だったら、全部壊して、しましょうよ。私も苑宮さんも、恋をする権利あるんでしょう? ゲームの世界を、変える事が出来るんでしょう」
「そうですわね。私一人では限界もあったけど、二人でならきっともっと上手くいくはずですわね」
この世界、とことん楽しんで生きてやろう。そう決めて、一緒に戦う人もいてくれるなら。
未来はきっと、変えられる。
「桃香さん、二人でこの世界なんかぶち壊してやりましょう!!」
「ええ!!」
――これが私達二人のはじまりで、ゲームが完全に壊れたはじまりで。この先の未来は、私達の手で作るんだ。だからまずは手始めに。
「攻略対象を引き離す為に、私と恋人という設定にしちゃいましょうか? もちろん、熊谷君には私から協力してほしいと申し出ておきますから、最初から巻き込んでしまう形にして」
「苑宮さん、最初からぶっ飛ばしますね!?」
だってどうせなら、とことん楽しんだ者勝ちでしょ?
この先の未来がどうなるかはわからないけど、うん。
ゲームのようには、させないから。
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