光
ペンを握ったまま動かない右手。
一文字も書かれていない二つ折りのメッセージカード。
この淡いピンク色のカードにどうやって書けばいいのだろう。
何を書きたいのかはわかりきっているのに。
机の端には頑張って包んだ小さな箱。
あまり派手なのも恥ずかしいし先輩も身構えてしまいそうだから、と白の下地にうっすらとレース柄が入った包装紙を選んだのに、遠目から見るとちょっと地味でもう少し可愛いのにすれば良かったかな、とも思う。リボンを桜色のものにしたのは女の子として見てもらいたい私のささやかな自己主張だ。
なかなか上手く包めなくて、念のためにと何枚か買っておいて予備を全て使い切ってしまった。いつかこの事を先輩に笑って話せるようになるのだろうか。
中には昼間に作ったチョコレート。
何回も練習した渾身の出来のトリュフだ。あまり甘いものを食べているところを見かけたことがないから、ラムレーズンとオレンジピールを使った少しビターな味にしてある。
先輩は気に入ってくれるだろうか。
いつも何を作っても「美味しい」と一言しかいってくれないから少しだけ不安になる。
それが嘘じゃないことくらいわかるけれど。
乙女心は複雑なのだ。
先輩は私のチョコを待っていてくれるのだろうか。
今日会ったときには「今度渡しますから」なんていってしまったけれど、ちゃんと私は先輩に渡せるのだろうか。
少し胸が苦しい。
努めて客観的に考えてもそんなに悪い関係ではないはずだ。
でもどちらかというと異性として、というよりかは妹として見られていると思う。
それは私が先輩の『友人の妹』だから仕方がないことなのだろう。
間に兄さんが入った関係を少し恨めしく思う。
兄さんは私の気持ちに気づいているのか「お前、もう告白しちまえよ」と発破をかけてくるけれど、それはずっと前から決めていた。次のバレンタインに告白すると。
明日に迫ったその決戦の日を思うと、胸が苦しい。
でもそれは告白がうまくいくかどうかの緊張ではなく、このままでは告白が出来ないからだろう。
このまま告白しても甘えにしかならない。
先輩は同情こそしてはくれても、それはけして愛情ではないはずだ。
何より私自身こんな状況ではこの感情を優先することが出来ない。
私は胸を張ってこの想いを伝えたい。
先輩のおかげで毎日がこんなに楽しい。
先輩が私に光を与えてくれたから、引っ込み思案だった私に友達が出来た、苦手だった料理も上達した。
ああ、そうか伝えたい言葉なんか決まっている。
私はその言葉をカードに書いて、街に出る。
『先輩、大好きです』