KAI
中学に入学してから一週間経っても誰にも話しかけることができなかった。そんな私に一番最初に声をかけてきたのが有希だった。
「何の音楽聴いてるの?」
「え、えっと・・・“カイ”っていう人の、“青い海”って曲・・・」
いきなり話しかけられて驚いていた私の声は、どこか上ずった感じになってしまった。初対面の人は苦手だ。しかし彼女は気を悪くする様子もなく、
「カイのファンなの!?実は私もカイ好きなんだー。名前教えてくれる?私、坂上有希!」
「・・・中本薫」
「中本さんか〜。気が合いそうだね。これから一年間よろしく!!」
言いながら有希は手を差し出してきた。いつもはハイテンションな人が苦手な私だが、この時は何故か嫌な気がしなかった。私は、差し出された有希の手を握り返した。
「こちらこそ、よろしく」
緊張しながらも、なんとかニコリと笑みを作ることができた。
―――そんなぎごちなさも、三ヵ月も経てばなくなっているわけで。
「薫、おはよ!カイの新曲聴いた!?」
有希は登校してくるなり、鞄も置かずに私の席へやって来て、前の席に座った。その頃の私達は、お互いにクラスの中で一番仲の良い友達になっていた。
「聴いた聴いた!サビの部分かっこよかった!!」
「あー、あそこねー。いいよねー。着うた入れよっかなぁ」
いつもこんな会話で私の学校生活は始まる。有希との会話は、90%がカイのことだ。それ程までに私達はこのヴィジュアル系アイドルのファンだった。歌も良いが、何より見た目がかっこいい。綺麗な茶髪、鋭い瞳、白い肌、細い腕。人によって好き嫌いは別れるだろうが、私達にとっては最高のアイドルだった。
「そうそう。私、カイの新しい画像手に入れたんだー。見て見て♪」
言いながら、有希は携帯の画面を見せてきた。と、その時に偶然だが、至近距離で有希と目が合った。
「うわっ!!」
驚いて飛び退くと、有希は目を丸くした。
「えっ、どうしたの?」
「あ、い、いや・・・。いきなり顔近づけないでよ」
「ああ、ごめん。でも、そんなに驚かなくても」
有希は不思議そうにこちらを見つめている。心臓の鼓動が速くなる。
「薫、大丈夫?顔赤いよ?」
「だ、大丈夫・・・」
私は気持ちを落ち着かせようと、椅子に座り直した。やっぱり、この頃の私は変だ。有希の近くにいるだけで、こんなにドキドキする。有希のことを考えるだけで、こんなに切なくなる。女同士なのに、これじゃまるで―――・・・
「ねえ、有希。好きな人いる?」
「えー?いないよー。女子校だし。ま、強いて言うならカイかなっ」
有希が冗談ぽく笑ったので、私も笑い返しておいた。
夕日が照らす帰り道、私は歩きながら、少し前を行く有希の背中を見つめていた。有希はカイの新曲を着うたにすると言って、携帯をいじっている。
「私も家に携帯あるから、カイの着うた入れようかな」
そう言うと、有希はこっちを向いて、「そうしなよ」と笑いかけてきた。そしてまた、画面に目を落とす。夕日に照らされるその背中が、やけに小さく見えた。
カイはズルい。私を夢中にさせたくせに私を不幸にする。私から有希を奪っていく。私は有希が好き。今日一日考えてやっと気付いた。カイも好きだけど、有希の方がもっと好き。ほんとは今すぐ抱きしめたいのに。
「着うた、入った?」
今度は有希は、振り向かずに答えた。
「まだー。今ダウンロード中」
こっちなんて見向きもしない。私の方が近くにいるのに。
カイ。
私と有希を出会わせてくれた人。
私と有希の、憧れの人。
そして、私に幸福と不幸をくれる人。
大好き。だけど、大嫌い。
カイ、どうか、私から有希を奪わないでください。
なんか恥ずかしい・・・。
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