第8話『そのまま支えていて下さい。これが私の答えです』
幸太郎さんと出会ってから数年が経った。
改めて明るい場所で話をした時に、幸太郎さんが学校で有名な不良さんであると気づき、向こうも何故か私の事を知っていた。
でもまぁ、同じ学校の人ならより接しやすいと私たちは急速に距離を近づけていった。
とは言っても、幸太郎さんはお母さんを襲った相手を見つける為。私は里菜ちゃんがおかしくなった原因を見つける為。
私がお友達に頼んで、おかしな事件が起きた場所を洗い出して、幸太郎さんが過去を視て、何か情報を探る。
そう。言うなれば私たちはビジネスパートナーであったのだ。
空き教室でビジネスパートナーと向かい合って勉強をしていた私は右手を握り締め、想像の未来に思いを馳せた。
「将来は探偵とか良いかも知れませんね」
「おい。現実逃避するな。期末試験はすぐそこに迫っているぞ」
「あーうー。思い出させないで下さい。私は素敵な未来を想像して楽しんでいるんです」
「はいはい。ここでいい成績出せないと大学は絶望的なんだから、少しは頑張れ」
「あー。言ってませんでしたっけ。私、大学には行きませんよ?」
「は? いや、確かに朝陽の頭じゃ大学は厳しいかもしれんが、名前書くだけで入れる大学もあるにはあるぞ」
「いや。勉強なんて私が本気を出せばいつでもパパっと好成績出せますから。本気を出してないだけですよ。これでも昔は天才朝陽ちゃんと呼ばれたものです」
「じゃあ今回の期末は本気を出せ。赤点一つも出すんじゃねぇぞ」
「……ちょっとハードルがいきなり高すぎませんか?」
「天才はどこにいった」
「神童も時が過ぎれば凡人と言いますからね」
「凡人通り過ぎて、最下層に居るんだが」
「煩いですね! 幸太郎さんだって私とそれほど変わらない成績でしょう!?」
「残念だが。俺は既に合格通知を貰っているんだなぁ」
幸太郎さんはニヤニヤと笑いながら懐から一通の封筒を取り出した。
そこには田舎育ちの私でも知っている様な有名国立大学の合格通知があった。
あり得ない。
そもそも受験はまだまだ先だし、推薦だってそうだ。
そもそも私たちはまだ二年生なのに、どうして来年の受験が既に合格しているんだ。おかしいじゃないか。
「ズルしましたね!?」
「何のことやら。実力だよ。朝陽クン」
「ぐぬぬ」
「……まぁ、実力って言ってもこっちの方だけどな」
幸太郎さんは右手を広げ、どこか悲しい顔をしながら笑う。
何年か共に過ごしていて、彼の人生が国によって囚われている事を私は知っていた。
過去を視るという力で国に貢献してきた一族は、彼を残して全て殺された。残された幸太郎さんは保護という名の監視状態で日々を過ごしている。
自由など有って無いようなものだ。
「朝陽。本当に大学には行かないのか? 俺が言えば、お前を同じ大学に入れるのだって出来るぞ」
「嫌ですよ。そんな事したら、私の将来が決まっちゃうじゃ無いですか。国に決められて、幸太郎さんの子供をポコポコ産むだけの人生になっちゃいますよ。相手は私が自分で選びます」
「……そうだよな」
普段は無駄に自信満々で自分勝手な癖に、こういう時は落ち込んでしまう幸太郎さんに私は笑いかけた。
彼が忌む右手を握り、かつて母が私に名付けた名の通り、暗闇を照らす為に言葉を彼に届ける。
「それに、その学校なら、この街から電車で一時間半くらいなんですよ」
「は? 何のことだ」
「大学に行くとちょっと面倒な人達に会うかもしれないので行けませんが、生活力が無くて、部屋をすぐに汚してしまって、ロクなご飯を作れない人の為に、家に通うくらいはしても良いですよ」
「……朝陽。言っておくが、俺だって本気を出せば家事くらい簡単に出来るぞ」
「はー! 言いましたね? 言いましたね? じゃあ本気を出してくださいよ! ほらほら今夜泊まりに行きますよ? あー! 楽しみだなー! 幸太郎さんの作るご飯楽しみだなー!」
「俺の家に来る必要は無いだろ。飯なら帰りにラーメン屋で食わせてやる。それに、親友の里菜ちゃんは良いのか?」
「里菜ちゃんは、まぁお母さんやお婆ちゃんとの問題もありますから。当分は帰ってこないと思います」
「そうか」
「はい」
さっきまで楽しい話をしていたのに、急に気持ちが落ち込んでしまう。
結局里菜ちゃんを蝕んでいる何かは見つけられず、幸太郎さんの一族を殺した相手も分からない。
分からないことだらけだ。
「なら、ウチに来るか?」
「幸太郎さん……?」
「一人で夜を過ごすのは、寂しいもんだ。ウチに来れば、少なくとも俺がいる」
「ありがとう、ございます」
「良いさ。助けられているのは俺も一緒だ。俺だって一人は辛い」
「そうですよね……仕方ない! じゃあ今夜は朝陽ちゃん特製の海鮮丼を作ってあげましょう! 幸太郎さんが好きな具材を全部入れてあげますよ!」
「じゃあ豚肉と牛肉と鳥肉」
「それじゃ海鮮丼にならないでしょ! もう! そんな幸太郎さんには海鮮丼(仮)これ、何のお肉なのスペシャルを食べさせてあげますよ! フン!」
「ハハハ。悪かったよ」
「フーンだ」
「朝陽ー。機嫌直してくれー!」
「そうですねぇ。じゃあ情熱的な告白してくれたら、機嫌直してあげます」
「情熱的な告白、ねぇ」
幸太郎さんは私の意地悪な言葉に少し考え込んでいた。
腕を組んで、悩んでいる。
普段からパパっと答えを出すのに、何だか考え込んでいる幸太郎さんが面白くて私はジッとその姿を見つめていた。
それから、それなりに時間が経って、幸太郎さんは酷く真剣な顔になって椅子から立ち上がった。
そして私のすぐ横に来ると真剣な表情のまま床に跪く。
私は急いで立ち上がろうとしたのだが、幸太郎さんにそのまま椅子に座らされてしまった。
たった一人で幸太郎さんを育ててくれたというお母さんの話をしてくれた時の様に真っすぐ私を射抜く視線に、ドキドキと心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
「朝陽」
「ひゃ、ひゃい」
「俺は不器用な男だ。ろくでもない男だ。家族を失った悲しみを暴力に変えて来てしまった男だ。弱い、男だ。でも、そんな俺でも大切に思う。絶対に傷つけたくない人がいる」
「……」
「それは朝陽。君だ。君の名前の由来を聞いた時、こんなにも名前通りの姿をした人が居るのかと驚いたものだ。君はきっと多くの人の心を癒し、暗闇の世界を生きる人間に夜の終わりを告げる事が出来るだろう。だが、それを考える度に思うんだ。それが本当に俺の望みか? とな」
幸太郎さんは足の上に置かれていた私の手を取って、迫る。
「俺は身勝手な男なんだ。もう二度とこの世界の夜が終わらなくても、良いと思っている。君の光を俺だけの物にしたいと考えている。かつて俺が子供の時に感じていた様な幸せを君と、俺たちの子供に感じてもらいたいと考えている」
「……幸太郎さん」
「君さえいれば俺にとってはそこが天国だ。例えどこだろうと、世界の果てにだって君となら行ける。きっとこの世の誰よりも幸せになれる。だって、こんなにも眩しい朝陽と共にあるのだから。朝陽。君は、どうかな」
「私は……」
私は椅子から立ち上がると、幸太郎さんに立ってもらって、私は椅子の上に立つ。
こうしないと届かないからしょうがないけど、ぐらぐらして少し怖かった。
「朝陽!」
「じゃあ、そのまま支えていて下さい。これが私の答えです」
ふらつく私を支えてくれている幸太郎さんの肩に手を置いて、そのまま驚く幸太郎さんの唇を奪い去った。
何か昔見た少女漫画では逆だった様な気がするけど、私にとっては国に囚われているお姫様が幸太郎さんで、私はそれを救い出す王子様だ。
なら、こういう立ち位置も悪くない。
「……俺は、バカだからさ。勘違いしちまうぞ」
「知らなかったんですか。幸太郎さん。私も実は天才朝陽ちゃんじゃないんです」
「そうか。初めて知ったよ」
幸太郎さんは私を抱きしめて、嬉しそうに笑った。
私もまた、彼に手を回し、笑う。
国は幸太郎さんを閉じ込めて、その力を使いたいみたいだけど、残念。幸太郎さんの心は私の物だ。
思い通りにはさせない。
ぬらりひょんのお爺ちゃんに頼んで、外から私たちが見つからない様にする。
私や幸太郎さん。そしてこれから生まれてくるかもしれない子供たちに悪意を持った人が見つける事の出来ない家を用意するんだ。
それで最悪国と喧嘩する事になっても私たちは安全だし、人質にもさせない。
幸太郎さんや子供たちの未来は、私が守る!!




