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余白のない日々

作者: ねむねつ
掲載日:2026/05/07

1日は時に24時間では足りないものである。特に彼女の場合は、ほぼ毎日がそうである。


朝、目覚ましが鳴る前に目が覚める。

眠りが浅いわけではない。ただ、身体のどこかが、まだ終わっていない何かを覚えている。

昨日の続きが、まだどこかに残っているような感覚。

その“続き”が何なのか、彼女には分からない。


洗面所で顔を洗いながら、今日やるべきことを思い浮かべる。

仕事、買い物、洗濯、連絡、片付け。

どれも大したことではない。

それなのに、胸の奥に小さな圧がかかる。


通勤電車の中、彼女は窓に映る自分の顔をぼんやりと眺める。

疲れているようにも見えるし、そうでもないようにも見える。

ただ、どこか“薄い”。

輪郭が曖昧になっているような気がする。


会社に着くと、彼女は淡々と仕事をこなす。

メールを整理し、書類をまとめ、電話を取り次ぐ。

仕事は問題ない。

むしろ、仕事をしている間だけは、時間がまっすぐに流れる。

余計なことを考えずに済む。


昼休み、コンビニへ向かう。

棚の前で立ち止まり、何を買うか迷う。

迷うほどの選択肢はない。

それでも、決めるまでに妙に時間がかかる。

決めたあとも、何かを忘れている気がして落ち着かない。


午後の仕事が終わり、帰り道。

空はまだ明るい。

時間はある。

だが、彼女の一日はすでに“押し詰まっている”。


家に帰ると、夜のタスクが一斉に押し寄せる。


玄関で靴を脱ぐと、まず郵便物を確認する。

チラシ、明細、案内。

どれも急ぎではない。

それでも開封してしまう。

開封したら、捨てるかどうか考える。

考えているうちに、時間が過ぎる。


キッチンに向かう途中で、洗濯物が目に入る。

今日やらなくてもいい。

でも、やらないと落ち着かない。

洗濯機を回す。

回した瞬間、洗剤の残量が気になる。

残量を確認し、買い物リストに追加する。

リストを見て、前から入っている項目が気になる。

「いつ買うんだろう、これ」

そう思いながら、削除もできない。


冷蔵庫を開ける。

食材はある。

でも、賞味期限が近いものが目に入る。

それを使うべきか、別のものを作るべきか迷う。

迷っているうちに、また時間が過ぎる。


結局、簡単なものを作る。

食べる。

味は分からない。

食べながら、テーブルの上の小さな汚れが気になる。

拭く。

拭いたら、今度は床の埃が気になる。

掃除機をかけるほどではない。

でも、気になる。

コロコロを取り出して、気になる部分だけ転がす。

転がしているうちに、別の場所も気になる。


気づくと、30分が消えている。


食器を洗う。

洗いながら、スポンジのへたり具合が気になる。

買い替えるべきか迷う。

迷っているうちに、また時間が過ぎる。


洗濯機が止まる。

干す。

干しながら、ハンガーの数が足りないことに気づく。

足りない理由を考える。

考えても分からない。

分からないまま、別のハンガーを探す。


部屋に戻ると、スマートフォンの通知が光っている。

アプリの更新。

ポイントの期限。

ニュースの見出し。

未読のメッセージ。

どれも急ぎではない。

でも、放置できない。

開く。

読む。

閉じる。

また別の通知が来る。


机に向かう。

今日こそは何かを整理しようと思う。

書類の束を手に取る。

一枚目を見た瞬間、別のことを思い出す。

思い出したことをメモする。

メモしているうちに、また別のことを思い出す。

そのメモも増える。


気づくと、机の上はメモで散らかっている。

片付けようとする。

片付けながら、どのメモが必要でどれが不要なのか分からなくなる。


時間が溶けていく。


夜の10時。

彼女はまだ“今日の夜”に入れていない気がする。

何もしていないわけではない。

むしろ、ずっと何かをしている。

ただ、その“何か”があまりにも小さく、あまりにも多い。


夜の11時。

ようやくベッドに入る。

入った瞬間、洗濯物を取り込んでいないことを思い出す。

起き上がる。

取り込む。

畳む。

畳みながら、明日の天気が気になる。

スマートフォンを見る。

天気を見るつもりが、別の通知が目に入る。

開く。

読む。

閉じる。


気づくと、日付が変わっている。


彼女はベッドに戻り、天井を見つめる。

今日もまた、24時間では足りなかった。


理由は分からない。

ただ、確かに何かが彼女の時間を奪っている。

その“何か”は、どれも些事で、どれも無視できず、どれも終わらない。


明日もまた、同じ夜が来る。

同じ些事が押し寄せる。

同じように、時間が消えていく。


彼女は目を閉じる。

眠りに落ちる直前、こう思う。


「私は、今日の何を生きたんだろう」


答えはない。

ただ、時間だけが確実に減っていく。

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