借金してでも食いたいもの
ニコさまよりいただいたテーマ『貴方が借金してでも食いたいもの』で書きます
ポスターの中の、眩しいその料理に目を奪われた。
湯気を立てて、とんこつラーメンが私の食欲をそそる。
食いたい──
食いたい──!
とろけるような白いスープにひたされたあの麺を、心ゆくまで啜りたい! トッピングのチャーシューはきっと香ばしく、あの肉厚でもやわらかく、私の情熱にしっかりと応えてくれるに違いない!
でも、食えない……。
一食150円以内にとどめないと、一ヶ月を乗り切れないのである。
底辺職は辛い。大型トラック乗りといえば、昔は仕事はキツくてもがっぽり儲けられる仕事だったと聞く。
しかし今は一日の運行時間も厳しく定められ、何より大手運送会社どうしの激しい運賃値下げ競争に巻き込まれ、運転手の給料は底辺職の言葉通りになってしまった。しかもうちの会社は定められた運行時間なんて無視して一日18時間走らされることもよくあるのに。
何よりの敵が、昨今の物価高であった。
とんこつラーメン 1,050円──
きっちり私の一食に使える額の7倍である。これを食べてしまったら、今月6食は抜かないといけない。
幸せそうで裕福そうな人々の行き交うサービスエリア内のフードコートで、私は途方に暮れた。そんな私に、背後から話しかけてくる声があった。
「お姉さん」
自分にかけられた声とは思わず、私がとんこつラーメンの写真を見つめ続けていると、背中をちょんちょんされた。
「お姉さん、とんこつラーメンが食いたいんだね?」
振り向くと、黒いスーツに黒いフェルトハットをかぶった怪しげなおじさんの、偽善者っぽい笑顔があった。でっぷりとした、背の低いおじさんだ。
明らかに不審者だった。何も答えず私が逃げようとすると──
「私が1,050円、お姉さんに寄付しましょうか」
「ええっ!?」
思わずよだれの糸を引くように振り返ってしまった。
「おごってくれるんですか!?」
私はべつにかわいくはないが、彼の好みだったんだ? と、思いながら。
これがナンパだとしても、とんこつラーメンが食えるなら、引っかかってもいい! 「仕事中ですので」とか言ってばっくれればいい。実際仕事中だし──
「おっと」
するとおじさんは言い直した。
「寄付といいましたが、正しくはお貸しするのです。なぁに、奨学金のようなものですよ」
「しょ……、奨学金?」
「ええ、食べたあと、20年かけて返してもらえば、それでいいんです」
「20年!?」
人でいっぱいのフードコートの中心で、思わず叫んでしまった。
「月々いくら返済すればいいの?」
「1,050を20年──240ヶ月で割ってごらんなさい」
私は算数バカだった。
指を折っている私におじさんが教えてくれた。
「一ヶ月4.375円ですが、利子がついて5円になります」
毎月5円支払えば、あのとんこつラーメンが食える──
明らかに怪しい話なのに、毎日おからばかり食べていた私は、その話に飛びついてしまった。
あっという間に幸せな時間は過ぎ去ってしまった。
これが一月5円を20年かけて支払う価値のある味かと思いながら、味わい、噛みしめながら、私はとんこつラーメンを平らげた。食べ終わった丼をちょっと舐めもした。
それを向かいの席から面白そうにずっと眺めていたおじさんに、私はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
お財布から5円玉を1枚、取り出した。
「じゃ、今日は5円でいいんですよね?」
「ホホホホ……」
おじさんは顔を白くして、笑わせた。
「あなた大変なことをしてしまいましたね」
「えっ?」
「たった一杯のとんこつラーメンのために、あなたは人生を捨ててしまったのです」
「ええっ……!?」
まさかリボルビング地獄にはまったのか? と思ったが、そうではなかった。
おじさんはかぶっていたフェルトハットを脱ぐと、正体を現した。
幽霊がつけているような白い三角巾に『び』と書いてあった。
知ってる──
見たことある! このキャラは──
キ◯グボンビーだ!
私は借金をしてとんこつラーメンにありついたその代わりに、貧乏神にとりつかれてしまったのだった。




