Day one
東京証券取引所の鐘が鳴った。
プライム上場を祝う万雷の拍手を全身に浴びながら、おれはかつて無職であって日々を思い出していた。
働かなければならない。
働くことで賃金を得て、家賃や食費を払う。食費や家賃を受け取った相手が同じ様に消費をする。いずれおれの手元に賃金としてやってくる。
そういうサイクルに入らなければならない。
だが現実は厳しい。
空白期間の長い履歴書は資格も白く、それらしい志望動機を捻出することすら難しい。
脳みそにエネルギーが足りないのだ。
何か食わねばならない。だが部屋には何も無い。革財布を齧って唾液を出すのにも限界があった。
決意したおれは部屋中の空き缶を拾い集めた。ビニール袋を引きずりながら、スクラップ場に行く途中の空き缶も集めた。
ゴミ回収に間に合わなかった空き缶たちを拾い集める夜中の妖精だ。
わずかばかりの金を握りしめて、駅前のラーメン屋に入った。
おれがカウンターに着席すると、隣の男が店員に愛想を言って席を離れるタイミングだった。
そのカウンターに置かれた器には、まだスープと麺が湯気を立てていた。
おれの喉が鳴った。
視野が狭窄して何も聞こえなくなった。気づいた時にはその器に手を伸ばし、残されたラーメンを飲み込んでいた。
強烈な塩と油が喉を駆け下りた。
その瞬間、猛烈な後悔と羞恥心が背骨を走った。
おれは、ひととして……。
尊厳すら飲み干してしまったかのように空になった器を握りしめて泣いていると、ラーメン屋の店主が低い声でおれに話しかけた。
「お前さん、まだ食えるかい」
顔を上げると、まっすぐにおれを見つめる店主の黒い両目がそこにあった。
「まだ食えるなら、頼む」
そう言ってカウンターに残された器を幾つか並べると「金は払う。だから、食ってくれ」と言った。
訳が分からなかった。だが空腹には抗えなかった。
おれは我を忘れて……忘れようと努めて、自尊心も羞恥心も飲み込むように置かれた器をすべて空にした。




