虐げられた魔獣王がドアマットヒロインを救い出すまで
路地裏で倒れる俺を見つけたのは、薄汚い少女だった。
少女は心配そうに声をかけてくる。
「ねえ……大丈夫?」
少女が手を伸ばしてきたので、俺は咄嗟に威嚇する。
人間は信用ならない。
俺を瀕死まで追い込んだのは人間だ。
魔獣だからと言って殺されそうになったところを、命からがら逃げ出したのである。
威嚇する俺を見て、少女は優しく微笑んでみせた。
「怒らないで。私はレティ。あなたを傷つけるつもりはないよ」
「…………」
「初めて魔獣を見たけど、かわいいね。ちっちゃい狼って感じ」
少女レティがそっと指で俺の背中を撫でる。
軽く噛んでみたが、レティは気にせず撫で続けた。
あまり嫌な感じがしなかったので、俺は噛むのをやめて脱力する。
「傷、痛そう……私と一緒だ」
「…………」
「ごめんね。薬は持ってないの」
なぜ謝るのだろう。
レティが俺を傷付けたわけではないというのに。
「私、いつもメミールさんに怒られるんだ。あとマリスお姉ちゃんにも。私は血の繋がっていない家族なんだって」
壁に寄りかかって座るレティは、寂しそうに語る。
目に浮かんだ涙を、彼女は手で乱暴に拭った。
(カゾク……とは何だ?)
人間の言葉は難しい。
特に複雑な話はよく理解できない。
それでも俺は、レティの表情から彼女の境遇をなんとなく察した。
(きっと俺と同じで孤独なのだろう)
レティが紙袋に手を突っ込んで漁る。
彼女は牛乳とパンを取り出して俺の前に置いた。
「お腹空いてるでしょ。これ食べて」
「…………」
「私は平気。全部食べていいよ」
レティは腹を鳴らしながら笑う。
なぜ食べたいのか。
俺に分け与える意味も不明だ。
でも俺は限界まで空腹だったので、あっという間にそれらを平らげた。
嬉しそうに拍手をした後、レティは俺に尋ねる。
「君、名前はある?」
「…………」
「無いのかな。じゃあ私が決めてあげるね」
レティは腕を組んで楽しそうに考える。
やがて彼女は俺に顔を寄せて言った。
「君は今日からハイヴァル。おとぎ話に出てくる魔獣の王様の名前だよ」
「…………」
細かいことはよく分からないが、意味は理解できた。
俺の名はハイヴァル……ということらしい。
なんとなく、胸が温かくなった気がする。
魔術でもかけられたのか。
とりあえず悪い気分じゃなかった。
「あっ、そろそろ帰らなきゃ。元気でね、ハイヴァル」
立ち上がったレティは、俺に手を振って走り去る。
俺はなんとなく興味が湧いて、こっそりとレティを追いかけた。
レティは少し移動した先にある家の中に入って行った。
扉が閉まった瞬間、怒鳴り声が聞こえてくる。
「レティ! どこをほっつき歩いてたんだい!」
「ごめんなさい、メミールさん」
「しかも手ぶらじゃないか! 頼んだパンと牛乳はどこにあるの!?」
「ぬ、盗まれちゃった……」
「買い物一つできない役立たずが! 今日と明日の食事は抜きだよっ!」
「ごめんなさい……」
扉の隙間から室内を覗き込む。
老婆がレティを何度も殴っていた。
それを別の少女が愉快そうに眺めている。
(俺のせいで叱られたのか)
たぶんそうだ。
このままじゃ駄目だと思った俺は、路地裏のネズミを捕まえて家の前に置いた。
牛乳とパンの礼になると考えたのだ。
しかし結果は散々だった。
「こんな鼠に気付かないなんて、掃除をサボったね!」
老婆がまたレティを殴っている。
今度は別の少女も一緒になって殴っていた。
すぐにでもレティを助けたかった。
でも今の俺では無理だ。
飛び出しても殴り殺されてしまうだろう。
(このままではいけない。力が必要だ)
俺は怒りと悔しさを抱きながら走り出し、街を抜けて近くの森に入る。
いつか、必ず強くなって街に戻る。
そしてレティを救い出すのだ。
◆
十年後。
森を抜けた俺は堂々と草原を進む。
前方にはあの頃と同じ街が広がっていた。
着き従う魔獣のうち、側近の一人のシグモが遠慮がちに言う。
「……ハイヴァル様」
「何だ」
「なぜあの街に赴かれるのでしょうか。ハイヴァル様が欲するものはなさそうな田舎ですが……」
俺の行動に異を唱える。
そのこと自体に抵抗を覚えながらも、訊かずにはいられなかったのだろう。
俺は前を向いたまま静かに答える。
「あそこには俺の起源……そして約束を残してきた。すべてはこの日のために尽くしてきたのだ」
「なるほど……余計な口を挟んでしまいましたな。申し訳ございませぬ」
「気にするな」
応じた俺は、擬人化の魔術を行使する。
漆黒の狼として発達した肉体が変形し、コートを着た人間の姿になった。
俺は振り返って配下達に命じる。
「ここからは俺が合図を出すまでは何もするな。黙ってついてこい」
配下達は静かに列を為して従う。
俺はそのまま街の入り口へと向かった。
こちらを見る門番は仰天していた。
「ま、魔王!? なぜここに……っ!」
「少し用があるだけだ。攻撃するつもりはない」
俺は門番を押し退けて街の中へと踏み込む。
逃げ惑う人々を無視し、記憶を頼りに裏路地を進む。
間もなく見覚えのある家が見えてきた。
俺は早足で近付いて扉を開ける。
そこには以前より成長した姿のレティが立っていた。
「レティ……」
「ど、どうして私の名前を?」
レティは困惑している。
彼女の背後には、あの時の老婆と少女――義母と義姉がいた。
二人はレティを盾にして怯えている。
「ま、魔獣っ!?」
「ひいいいぃぃ……!」
不快感を覚えた俺は、義母と義姉に近付いて手をかざす。
黒い靄が二人の顔を覆って体内に潜り込んだ。
二人は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
「あっ、くぁっ……!」
「い、息が……!?」
「お前達に悪逆の呪いをかけた。これまで他人に与えた苦痛がそのまま返ってくる」
俺は淡々と説明してやる。
しかし、二人の耳には届いていないだろう。
「懺悔は不要だ。己の過ちを憎んで苦しみ続けろ」
俺はそう告げて二人から視線を外す。
レティは少し困った様子で俺を見上げてきた。
「あ、あの……」
「久しぶりだな、レティ。会いたかった」
俺はレティを優しく抱きしめる。
彼女は顔を真っ赤にして狼狽え始めた。
「うっ、あっ、へっ!?」
「君を迎えるだけの力を身につけた。十年もかかってしまったが、俺は魔獣の王になるまで成長したんだ」
俺は家の外にいる配下の魔獣を指差す。
驚いて固まるレティだったが、ふと俺の頭を撫でて何かに気付く。
「あ、あなたまさか……ハイヴァルなの!?」
「そうだ。君が助けたあの時の魔獣が俺だ。君に恩返しと想いを伝えに来た」
俺はレティの肩に手を置いた。
そして真剣な目で告げる。
「レティ――俺とカゾクになろう」
「……っ」
口元を押さえたレティは目を見開く。
それから大粒の涙を流して笑った。
「……いいの? 本当に、私なんかで……いいの?」
「君だけを愛している」
俺がさらに言葉を重ねると、とうとうレティは泣き崩れてしまった。
彼女は俺に抱き着くと、耳元で囁いてくる。
「嬉しい……私でよければ、お願いします……!」
俺は彼女の唇にキスをした。
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