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虐げられた魔獣王がドアマットヒロインを救い出すまで

作者: 結城 からく
掲載日:2025/12/26

 路地裏で倒れる俺を見つけたのは、薄汚い少女だった。

 少女は心配そうに声をかけてくる。


「ねえ……大丈夫?」


 少女が手を伸ばしてきたので、俺は咄嗟に威嚇する。

 人間は信用ならない。

 俺を瀕死まで追い込んだのは人間だ。

 魔獣だからと言って殺されそうになったところを、命からがら逃げ出したのである。


 威嚇する俺を見て、少女は優しく微笑んでみせた。


「怒らないで。私はレティ。あなたを傷つけるつもりはないよ」


「…………」


「初めて魔獣を見たけど、かわいいね。ちっちゃい狼って感じ」


 少女レティがそっと指で俺の背中を撫でる。

 軽く噛んでみたが、レティは気にせず撫で続けた。

 あまり嫌な感じがしなかったので、俺は噛むのをやめて脱力する。


「傷、痛そう……私と一緒だ」


「…………」


「ごめんね。薬は持ってないの」


 なぜ謝るのだろう。

 レティが俺を傷付けたわけではないというのに。


「私、いつもメミールさんに怒られるんだ。あとマリスお姉ちゃんにも。私は血の繋がっていない家族なんだって」


 壁に寄りかかって座るレティは、寂しそうに語る。

 目に浮かんだ涙を、彼女は手で乱暴に拭った。


(カゾク……とは何だ?)


 人間の言葉は難しい。

 特に複雑な話はよく理解できない。

 それでも俺は、レティの表情から彼女の境遇をなんとなく察した。


(きっと俺と同じで孤独なのだろう)


 レティが紙袋に手を突っ込んで漁る。

 彼女は牛乳とパンを取り出して俺の前に置いた。


「お腹空いてるでしょ。これ食べて」


「…………」


「私は平気。全部食べていいよ」


 レティは腹を鳴らしながら笑う。

 なぜ食べたいのか。

 俺に分け与える意味も不明だ。

 でも俺は限界まで空腹だったので、あっという間にそれらを平らげた。


 嬉しそうに拍手をした後、レティは俺に尋ねる。


「君、名前はある?」


「…………」


「無いのかな。じゃあ私が決めてあげるね」


 レティは腕を組んで楽しそうに考える。

 やがて彼女は俺に顔を寄せて言った。


「君は今日からハイヴァル。おとぎ話に出てくる魔獣の王様の名前だよ」


「…………」


 細かいことはよく分からないが、意味は理解できた。

 俺の名はハイヴァル……ということらしい。

 なんとなく、胸が温かくなった気がする。

 魔術でもかけられたのか。

 とりあえず悪い気分じゃなかった。


「あっ、そろそろ帰らなきゃ。元気でね、ハイヴァル」


 立ち上がったレティは、俺に手を振って走り去る。

 俺はなんとなく興味が湧いて、こっそりとレティを追いかけた。

 レティは少し移動した先にある家の中に入って行った。

 扉が閉まった瞬間、怒鳴り声が聞こえてくる。


「レティ! どこをほっつき歩いてたんだい!」


「ごめんなさい、メミールさん」


「しかも手ぶらじゃないか! 頼んだパンと牛乳はどこにあるの!?」


「ぬ、盗まれちゃった……」


「買い物一つできない役立たずが! 今日と明日の食事は抜きだよっ!」


「ごめんなさい……」


 扉の隙間から室内を覗き込む。

 老婆がレティを何度も殴っていた。

 それを別の少女が愉快そうに眺めている。


(俺のせいで叱られたのか)


 たぶんそうだ。

 このままじゃ駄目だと思った俺は、路地裏のネズミを捕まえて家の前に置いた。

 牛乳とパンの礼になると考えたのだ。

 しかし結果は散々だった。


「こんな鼠に気付かないなんて、掃除をサボったね!」


 老婆がまたレティを殴っている。

 今度は別の少女も一緒になって殴っていた。


 すぐにでもレティを助けたかった。

 でも今の俺では無理だ。

 飛び出しても殴り殺されてしまうだろう。


(このままではいけない。力が必要だ)


 俺は怒りと悔しさを抱きながら走り出し、街を抜けて近くの森に入る。


 いつか、必ず強くなって街に戻る。

 そしてレティを救い出すのだ。




 ◆




 十年後。

 森を抜けた俺は堂々と草原を進む。

 前方にはあの頃と同じ街が広がっていた。

 着き従う魔獣のうち、側近の一人のシグモが遠慮がちに言う。


「……ハイヴァル様」


「何だ」


「なぜあの街に赴かれるのでしょうか。ハイヴァル様が欲するものはなさそうな田舎ですが……」


 俺の行動に異を唱える。

 そのこと自体に抵抗を覚えながらも、訊かずにはいられなかったのだろう。

 俺は前を向いたまま静かに答える。


「あそこには俺の起源……そして約束を残してきた。すべてはこの日のために尽くしてきたのだ」


「なるほど……余計な口を挟んでしまいましたな。申し訳ございませぬ」


「気にするな」


 応じた俺は、擬人化の魔術を行使する。

 漆黒の狼として発達した肉体が変形し、コートを着た人間の姿になった。

 俺は振り返って配下達に命じる。


「ここからは俺が合図を出すまでは何もするな。黙ってついてこい」


 配下達は静かに列を為して従う。

 俺はそのまま街の入り口へと向かった。

 こちらを見る門番は仰天していた。


「ま、魔王!? なぜここに……っ!」


「少し用があるだけだ。攻撃するつもりはない」


 俺は門番を押し退けて街の中へと踏み込む。

 逃げ惑う人々を無視し、記憶を頼りに裏路地を進む。

 間もなく見覚えのある家が見えてきた。


 俺は早足で近付いて扉を開ける。

 そこには以前より成長した姿のレティが立っていた。


「レティ……」


「ど、どうして私の名前を?」


 レティは困惑している。

 彼女の背後には、あの時の老婆と少女――義母と義姉がいた。

 二人はレティを盾にして怯えている。


「ま、魔獣っ!?」


「ひいいいぃぃ……!」


 不快感を覚えた俺は、義母と義姉に近付いて手をかざす。

 黒い靄が二人の顔を覆って体内に潜り込んだ。

 二人は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。


「あっ、くぁっ……!」


「い、息が……!?」


「お前達に悪逆の呪いをかけた。これまで他人に与えた苦痛がそのまま返ってくる」


 俺は淡々と説明してやる。

 しかし、二人の耳には届いていないだろう。


「懺悔は不要だ。己の過ちを憎んで苦しみ続けろ」


 俺はそう告げて二人から視線を外す。

 レティは少し困った様子で俺を見上げてきた。


「あ、あの……」


「久しぶりだな、レティ。会いたかった」


 俺はレティを優しく抱きしめる。

 彼女は顔を真っ赤にして狼狽え始めた。


「うっ、あっ、へっ!?」


「君を迎えるだけの力を身につけた。十年もかかってしまったが、俺は魔獣の王になるまで成長したんだ」


 俺は家の外にいる配下の魔獣を指差す。

 驚いて固まるレティだったが、ふと俺の頭を撫でて何かに気付く。


「あ、あなたまさか……ハイヴァルなの!?」


「そうだ。君が助けたあの時の魔獣が俺だ。君に恩返しと想いを伝えに来た」


 俺はレティの肩に手を置いた。

 そして真剣な目で告げる。


「レティ――俺とカゾクになろう」


「……っ」


 口元を押さえたレティは目を見開く。

 それから大粒の涙を流して笑った。


「……いいの? 本当に、私なんかで……いいの?」


「君だけを愛している」


 俺がさらに言葉を重ねると、とうとうレティは泣き崩れてしまった。

 彼女は俺に抱き着くと、耳元で囁いてくる。


「嬉しい……私でよければ、お願いします……!」


 俺は彼女の唇にキスをした。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、リアクション、評価、ブックマーク等してもらえますと嬉しいです。

他にもたくさんの作品を投稿しているので、そちらもお願いします!

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― 新着の感想 ―
こうして攫われたお姫様は魔王様と幸せに暮らしました。 物語が続くならお二人の子育てとか観て観たいですね♪
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