第2話 記録される異常
「1階の探索が終わりました。
このまま2階に上がります」
霧切は視聴者に報告する。スマホで時刻を確認したところ、22:00頃であった。
【視聴中:124人】
『人増えてる』
『100どころか124人!!』
『バズり始めてる?』
「1階は特に問題ありませんでした。
2階は病棟エリアです」
(階段を上がる。足音が反響する)
『音が不気味』
『雰囲気ヤバいwww』
『これは期待!』
「ナースステーション跡ですね。
カルテ棚が残ってます」
(棚を開けると、黒く塗りつぶされたカルテの束)
「……患者名が、全部消されてる」
『軍事機密?』
『戦時中のやつか』
『消す必要あった?』
「戦時中、この病院は軍の指定病院でした。
記録の一部を秘匿するのは、当時としては普通です」
『なるほど』
『歴史的に貴重では』
『これ論文書けるやつ』
(205号室の前で足を止める)
「……このドア、開きませんね」
『力ずくでいけ!!』
『壊れてるだけだろw』
『怖い怖い』
(肩で押すと、急にすんなり開く)
『今の何?ドアノブで開かなかったのに?』
『急に開いた……』
『不自然すぎる』
『霧切が開かないふりしてただけじゃねwww』
(室内。ベッドが一台、妙に綺麗に残っている)
「この部屋だけ、埃が少ない……」
『ヤバい、マジで人怖か?』
『誰か使ってる?』
『ホームレスが住み着いてるとか?』
(205号室のベッド脇、小さな引き出しを開ける)
「……ノートが入ってます」
『日記?』
『読んで読んで』
『プライバシーは?』
「表紙に『記録』とだけ書いてあります。
歴史資料として、一部読みます」
(ページを開く。手書きの文字)
「『昭和19年8月12日。
今日も熱が下がらない。
看護婦さんは優しいが、先生は来ない。
いつ帰れるのだろう』」
『普通の日記だな』
『戦時中か?』
『切ない……先生どこ?……』
「『8月20日。
隣のベッドの人が、夜中に連れて行かれた。
どこへ行ったのか、誰も教えてくれない』」
『連れて行かれた?』
『転送?状況が分からん』
『不穏……』
「『9月3日。
体が動かない。
毎日、注射を打たれる。
何の注射かは分からない』」
(霧切、読むのを一瞬ためらう)
『続き読んで』
『なんの注射か分からない?怖』
『気になる』
「『9月15日。
もう、字が書けない。
手が、震える。
ここは、病院なのだろうか――』」
(ページが途切れる)
【視聴中 : 267人】
『終わり?』
『その後は?』
『怖すぎる』
――ガタン。
『!?』
『音!ヤバいな!』
『今の何?』
(霧切、振り返る。廊下の奥、何かが倒れた音)
『後ろ後ろ後ろ』
『見に行くの?』
『やめとけ!!』
『バズってるから来たwww』
『これマジ?』
『演出じゃないの?』
『ガチなら怖い』
『裏取れる?』
「……確認します」
(廊下を進む。カメラが揺れる)
「点滴スタンドが、倒れてますね」
『風?』
『いや窓閉まってる』
『勝手に倒れた?』
「……固定されていたはずなんですが」
喉の奥が、少しだけ乾いた。
さっきから、呼吸が浅い気がする。
(霧切、日記を持ったまま立ち尽くす)
『日記読んでる時だよな』
『タイミング悪すぎ』
『偶然?』
『後ろ!!!』
『影動いた』
『霧切後ろ向いて』
『マジで映ってる』
(霧切、振り返る。カメラには何も映らない)
「……後ろ、ですか?」
『いや今確実にいた!』
『カメラには映ってた!』
『さっきの日記の人、まだいる』
『霧切には見えてないの?』
『保存した』
「僕には何も見えません。
ただ、映ってるなら……記録としては残します」
(初めて、霧切の声に少し緊張が混じる)
「2階の確認は終わりました。
次は3階に上がります」
【視聴中:198人】
『人増えすぎwww』
『このペースで全部回るの?』
『体力大丈夫?』
『無理すんな』
「大丈夫です。装備は十分です」
(階段を見上げる)
「では、3階に行きます」
配信継続。
2階滞在時間(21:50-22:30)
∙開始:124人(第1話からの流入)
∙最高:267人
∙終了:198人
∙※Twitterで「今ヤバい配信やってる」と拡散され始める




