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氷枝

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おっと……つぶらやよ、ちょっと足を止めてもらっていいか?

 ちょいと珍しいもんが、お前の頭に……おっし、取れたな。

 見てみろよ、この凍り付いた髪の束。これ、お前の髪で間違いないよな? そんで、こんな手の込んだマネをお前もしていないよな。

 こいつは「氷枝」っていう、珍しい現象のひとつだ。特にこの暑い最中でこそ、まれに見られるっていうレアもんだぜ?


 ――ん、つぶらやは聞いたことなかったのか?


 ほう、じゃあ思いがけなくネタを提供できそうだな。

 俺が小さいころ、住んでいたところじゃあ「氷枝」についての話が伝わっていて、俺も体験したことがあるぜ。こっちに出てから気づいたんだ、全国で見たら珍しい現象なんだってな。

 俺の地元にいたときの話、聞いてみないか?


 日本は山がちな地形だ、というのは誰でも学校で一度は習ったことがあるよな?

 国土の75%が山地に属し、平地は残りの25%。かの75%も長い時間住まう中でだいぶ内情を知られてきただろうが、把握しきれていないこともあるだろう。

 俺の地元だと、山というのは「天の船」によって、もうけられたとされる伝説が残っている。

 天かける船が、日本の列島の真上を渡るとき、地上に向かって「引っ張る力」を放っているそうなのさ。

 力は船に近ければ近いほど、強く作用する。つまり山の頂などの高所よな。そこが引っ張られて俺たちの知る、いまの山脈の形になっているんだと。

 天の船は、今もときおり運航をしている。かつて日本の山々を生み出したときとは、比べ物にならないほど弱い力で。しかし、山が山として現状を維持できるようにコントロールはしてくれているようだ。


 でだ。

 その天の船も、完全に摩訶不思議な永久機関のたぐいで動いているわけじゃないらしい。

 廃棄物をごくごく少量だが、外へ垂らすこともある。それを受けた成果が、さっき取り除いた「氷枝」というわけだ。

 こいつには二種類ある。

 先ほどのつぶらやのやつは、氷の元だけを局所的に食らったケースだな。髪の毛がまとまって短時間で凍結し、枝のごとき様相を呈した。

 地元でもよく見られるケースはこちらだ。気づいたら、ああして抜いてやる。

 抜くとき、たいして痛みを感じなかっただろ? あれ髪の毛の根元の神経まで凍てついて麻痺してしまっているかららしいぜ……いや、実際は知らねえよ? そう聞いたってだけだ。

 機能は氷枝を抜けば、すぐさま回復するらしい。ほら、指とかで押してもちゃんと感覚あるだろ?


 しかし、厄介なのがもうひとつのパターン。

 ずばり、落とし物の場合。氷枝ができあがった状態で降ってきた場合さ。俺が体験したのはそちらなんで、その話をしてやろう。

 あれは9歳くらいのときだったな。交差点で信号待ちをしていた俺は、ふいにガアンと頭を強く殴られた気がして、その場に膝をついてしまった。

 意識も一瞬だが飛んでしまうも、なんとか立ち上がった。とっさに手を頭にやったが、このときはなんともなく、早く家に帰って休もうと思ったよ。

 それがな。家に帰って洗面所で手を洗おうとしたところで、俺は見ちまったんだ。自分のつむじからやや左より。寝そべるような格好で生えている氷枝をよ。


 最初はお前と同じケースかと思って、引き抜こうとした。

 が、けれどな、引っ張ると激烈に痛むんだよ。左目の奥がさ。その証拠に、枝を引っ張って戻したときには、左目の半分近くが血走っていた。

 事前に氷枝の、やべえケースの方は聞いていたからな。すぐに母親に相談すると、連れていかれたよ。病院じゃなく、美容院にな……なんだ、シャレじゃないぞ? びよういん、だ。

 で、美容師さんもひとめで事情を察してくれたらしくてさ。ちょうど予約が入っていない時間帯ということもあって、すぐに支度へ取り掛かってくれた。

 その準備は頭を洗うものとほぼ同じだ。チェアに座り、準備が整ったところで背もたれを倒されて洗う体勢に。


 シャワーからお湯が浴びせられる。普段よりも少し熱めな気がしたが、我慢できないほどじゃない。


「湯加減はいかがですか~」


 美容師さんが、まるで温泉の従業員みたく尋ねてくる。俺が大丈夫だと伝えたが、続く言葉にちょいと首を傾げた。


「じゃあ、次はチクチクしますよ? じっとしていてください」


 チクチク? と思うや頭のあちこちで、パチンパチンと輪ゴムがちぎれるような音が。

 同時に、縫い針で何度も頭をつっつかれているような感触に襲われる。

「動いちゃだめですよ」と何度も止められた。実際、身をよじらずにはいられないこそばゆさがあったんだよ。苦しいというより、笑い出しそうだった。

 その感覚が延々、延々続くんだ。5分、10分くらいならまあ良かったけれど、一部始終が終わった後に見た時計は、一時間以上が経っていたな。

 で、あのチクチクとやらの正体は局所麻酔に近いものだったらしい。氷枝専用の特別なものらしいけどな。

 引き抜かれた氷枝は30センチほどあって、根元には俺の血にくわえて、白い綿のようなものがくっついていてな。あれが俺の目や神経に触れていたのが、痛みの原因だったらしい。

 早期に対処しないと、あの枝と生涯付き合うか、視力を失うかの二択になるとか。やっかいなこったな。

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