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078.(うわ……面倒くせー……)

 第二王子レオンハルト・アルデリック・カリストリアを探すため、俺――セシルとフィオナは広場を歩いていた。今日は広場でビラを配っていると聞いたはずなのに、姿が見当たらない。

 カリストリア聖王国通信社の取材が終わって、そのままヘンリーと今後の打ち合わせをした。そして今は、現在計画進行中の作戦の依頼者である第二王子レオンハルトとも認識合わせをしたいと思い、探しているのだ。町行く民衆の噂話では、かなり親しみやすい王子である風に目立つ位置を陣取っていたようなのだが。


「……どこ行ったんだ?」


 俺は周囲を見渡しながら呟いた。広場にはまだビラを受け取った民衆があちこちにいる。だが、肝心の王子の姿はどこにもない。あれだけ目立っていたのに、消えるのが早すぎるだろ。


「……あれではないか?」


 フィオナが指さす方向を見ると、広場の隅に村娘のような恰好をした人物がいた。肩をすぼめ、頭を抱えている。


「……誰だ? いや……あの髪型……?」


 俺は眉をひそめて近づいてみる。服装は完璧に村娘のそれだが、金髪の長めの髪はそのままだ。シルエットだけでは判断しきれないが、髪型で気付くことが出来た。第二王子だ。


「王子……ですよね?」


 そう問いかけると、村娘――いや、第二王子がビクリと肩を震わせた。そして、仕方なさそうにため息をつき、頭を上げた。


「ああ、バレたか……。中途半端な変装であったのが災いした」


 と、彼は女性のような高い声色を保ったまま答える。俺とフィオナは思わず顔を見合わせた。


「にしても、何でこんな隅っこで頭抱えてるんですか?」


 俺が尋ねると、王子は微妙な表情を浮かべた。


「いや……市井にいる時の知り合い……エドガーと会ってしまってな……。絶対に嫌な奴に見えたはずだ」


「……はぁ?」


 思わず間抜けな声が出た。王族が、嫌われたかどうかなんていちいち気にするものか? 普通、考えもしないだろ。


「町の散策をし始めた頃から世話になっていて……兄のように慕っているのだ。だが……今日は最悪だ。せっかく素顔で会えたのに、冷たく見えたに違いない……いつの日か素顔で会えた時には、もっと親しみやすい態度で接しようと思っていたのに……」


 王子が深々とため息をついた。俺は少し考えてから言う。


「いや……国の王族なんて、そもそも嫌とか嫌じゃないとかの判断をする立場じゃないんじゃないですか? この国はちょっとよく分からねーけど、王族なんてどう転んでも接点が生まれない存在なんだし、そもそも嫌とか嫌じゃないとかの判断はねーんじゃねぇかなって思いますけど」


 俺の言葉に、王子はまた頭を抱え込んだ。


「つまり、我が友を作ることなど不可能だということか……。我はこの国では孤独な存在というわけだな……」


(うわ……面倒くせー……)


 心の中で思わずぼやくが、王子は本気で落ち込んでいる。肩を落とし、視線は地面に釘付けだ。見ているこっちが気が滅入るほどの沈んだオーラを放っている。

 その時、沈黙を破るようにフィオナが力強く口を開いた。彼女の声が、妙な重苦しさを打ち払うように響いた。


「友が作れないとは限らん! わたしは、将来の主である姫君が、護衛対象であり友であった!」

「おお、そりゃ良かったじゃん」


 俺が軽く返すと、王子は言葉を続けた。


「だが……我が父上が貴様らを引き離してしまったのだ……」

「そ、それはそうなのだが……」


 俺はますます面倒くささを感じながら、二人を交互に見やった。フィオナはなおも真剣な表情を浮かべ、何か言葉を探している様子だ。一方、王子は再び沈黙し、目を伏せている。空気はじわじわと重たくなっていく。


(これ、下手に励ましたらさらに悪化するパターンだろ……)


 俺は盛大な溜息をつきつつ、どうにかこの場を切り抜ける方法を模索した。



 ◆



「……もういい加減にしろっての」


 なおもぐだぐだと落ち込む第二王子の腕を、俺は無理やり掴んだ。肩をすくめてため息をつくフィオナと共に、王子を引きずるようにしてヴァレンフォードの邸宅へ戻ることにする。こっちは忙しいんだ、これ以上構ってられない。

 ヴァレンフォードの邸宅に到着すると、屋敷の入り口で農地卿アティカス・ヴァレンフォードが出迎えた。ヘンリーの兄貴だ。


「おお、よくぞ戻った! 吾輩は今、作戦の計画書を練っていたところである!」


 胸を張って堂々と言い放つ。やけに熱血な兄貴だな、こういうのも扱いづらい。

 ダイニングに通されると、重厚な木製の長机とその周囲に並んだ豪奢な椅子が目に入った。天井には華やかなシャンデリアが吊るされていて、部屋全体に柔らかい光が広がっている。壁には歴代のヴァレンフォード家の肖像画が並び、静かな威圧感を放っている。


(……なんか、落ち着かねぇ部屋だな)


 そんなことを思いつつも、俺たちはその長机を囲んで席についた。参加者は、アティカス、第二王子、フィオナ、そして俺。一応、隅っこにヘンリーもいる。


「さて、王位継承権の儀式をどこで行うかですが――」


 アティカスが切り出す。やけにスムーズだ。


「やはり聖王都ですべきでしょうな。目撃者を増やすためにも、中央で行うのが最も効果的です」


 王子は頷きながら考え込んでいる。彼は腕を組み、少し考えるような表情で言葉を継いだ。


「……ゲリラ的に行うことにはなるが、場所はそれで決まりか。では、次にどんな演出をするかであるが」


 その問いに、俺は軽く手を挙げて言った。


「それなら俺の精霊術で、パァーっと明るくすればいいんじゃねーかなって思います。こんな感じで」


 そう言って、精霊に捧げる謳を唱える。「応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)炎の精霊(イグニス)」の言葉が終わるのと同時に、空中にぽんぽんと炎の玉を浮かびあがる。この国では精霊術が不思議と一般的ではない。俺やフィオナのような外の国の人間は馴染みの術だが、この国の人にとってはかなり魔術めいて見える事だろう。


「ふむ、なかなか華やかだな。それで問題はない」


 王子が感心したように笑みを浮かべる。


「で、タイミングはどうするのですか? わたしは第二王子の護衛の任で良いと思っているが、いつから動くことになるのかは頭に入れておきたいのだ」


 フィオナが質問を投げかける。アティカスが計画書を手に取りながら答えた。


「カリストリア聖王国通信社が、魔術実験に関する告発記事を発信するのを待つことになるな。世論が動くのを見計らうのが最善である」

「カリストリア聖王国通信社を待つと、出遅れることになるのではないか? 他の情報源は?」


 王子が尋ねると、アティカスは少し考えた後に答えた。


「……本日、クロニクル・トレイルというオカルト雑誌が増刊号を出しておりましたが、胡散臭いので根拠にはしたくありませぬな」

「……それは……賢明な判断だな」


 王子が少し渋い顔をして同意する。


「では、それまでの間に何をするかであるのが……」


 フィオナが静かに言葉を繋いだ。


「地道な広報活動と、戦闘準備が必要でであると思っています。全く以て、不服であるが、今勇み足に動くのは危険であると思っています。戦闘準備には、わたしは協力いたします」

「俺は……肉体派じゃねーし、戦闘準備は遠慮しておきます。何かしらの工作でもしておこうかな。役に立つか立たねーかは知らないけど、この国に無い通信機器とか、遠隔精霊術具とか、あれば便利じゃねーかなって」


 軽く肩をすくめて答えると、フィオナは小さく笑ったが、その視線はどこか興味を示しているようだった。フィオナは、昔から俺が手先が器用なのを知っているからか、わずかに興味を示していた。一方、第二王子やアティカス、ヘンリーはその点を知らないようで、少し怪訝そうにこちらを見ている。


(手元に材料さえあれば、すぐにでも取り掛かれそうだな)


 俺は自分の得意分野を思い浮かべつつ、フィオナの視線を軽くかわした。

 その時、部屋の隅にいたヘンリーが、おずおずと手を上げた。


「……我が二番目の兄上の助力を得るのはいかがでしょうか?」


 全員が一斉にヘンリーに視線を向けた。


「劇団員の、何の力を借りるってんだ?」


 俺が代わりに尋ねると、ヘンリーは少し恥ずかしそうに言葉を続けた。そういえば、ヘンリーの二番目の兄貴は劇団員だと、アティカスとヘンリーからつい最近聞いたばかりだ。何でも、聖王都に拠点を持つオモカゲ劇団という集団に所属しているらしい。神話劇を専門にしていて、学のない民衆が神話を知るきっかけにもなっているそうだ。


「ライラとダリオン殿、あるいは魔術実験を題材にした演劇を公演してもらうのです。オモカゲ劇団ならば、それが可能かと」

「演劇か……それは良い案だな」


 王子が目を輝かせる。アティカスも頷いて同意した。


「なるほど! 民衆の心に訴えるには、演劇というのはさぞ効果的だ。全く以て、素晴らしい案である!」


 フィオナも関心した様子で頷いている。しかし、俺だけは内心で首を傾げた。


(……そんな上手くいくかね?)


「……して、オモカゲ劇団とやらは、今どこにいるのだ?」


 王子が尋ねると、ヘンリーが答えた。


「聖王都の拠点だと思われます。今は公演期間ですから、動くことはないでしょう」

「ふむ、では早速、手紙を出してみるべきだな。農地卿よ、早速だが手配を頼む」


「承知しましたぞ、殿下」


 そうして、会議は一旦の結論を迎えた。

 聖王都での王位継承権のやり直しの儀式、演出には俺の精霊術。タイミングはカリストリア聖王国通信社の告発記事に合わせること。そして、オモカゲ劇団に協力を依頼することが決定した。

 俺は机の上に置かれた計画書をちらりと見て、軽くため息をついた。本当にこれでうまくいくんだろうか。どう考えても不安要素だらけだ。だが、ここにいる連中はやる気満々だし、今さら引き返すこともできないだろう。


(……ま、大丈夫かどうかなんて、結局やってみなきゃわかんねぇよな)


 そう心の中でぼやきながら、俺は再び視線を計画書に戻した。

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