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050.告知

 北の町近くの湖畔のほとりにて。

 私たちは今後の段取りを整理していた。魔術実験の詳細や被害者たちの証言を整理するため、三手に分かれることは既に決まった。リリィ殿は町に残り、取材内容を整理する。セシル殿、フィオナ殿は今居候させてもらっている農家の作業を手伝いながら、取材への協力を行ってくれるとのことだ。そして、私とライラは聖王都の家へと戻り、ダリオン殿の所在に関する情報収集を行い、エドガー殿は聖王都周辺で「噂」の流布に関する布石を打つこととなった。


 エドガー殿は早々に一人で馬車に荷物を詰め込み、出立の準備を始めていた。記者らしい素早い転身である。無駄がない。私は一方で、ライラと共に来た時と逆のルートでシグルドに案内されるだけである。

 そしてユアンだが、彼も町に残ることを選んだ。その理由は表向きと本音では異なっていた。表向きにはリリィ殿の護衛役として残ることを決めたと発言したが、実際にはセシルとフィオナの素性を探るつもりらしい。


「……間違いなく二人とも、カリストリア聖王国の出身ではないんすけど、まだ確信が持てなくて。リリィさんは山脈の向こうの国について、知らないかもしれないんで、おれが残って確認しようかなぁって。ライラみたいに、自分の出身がどこなのか分かってない人かもしれないすけど」


 ユアンが私にだけその考えを打ち明けてきた。彼の目は真剣だが、どこか迷いも感じられた。私は疑問に思ったことを口にする。

 ライラ曰く、彼女は産まれたばかりの頃に研究所に連れてこられていて、両親の顔、故郷の風景等、過去の記憶に繋がる情報は何も覚えていないのだそうだ。同じく、ザフランという少年も同じ頃に連れて来られているため、故郷がどこなのか分かっていないらしい。


「……直接出身を聞いてみれば良いのでは?」

「それはそうなんすけど、リリィさんの前でそれをするわけにはいかないじゃないすか」

「ああ、確かに。……分かった。これはユアンにしか出来ないことだと思う。リリィ殿の護衛という建前も忘れずに頼む」

「もちろん」


 ユアンは短くそう答えると、リリィ殿たちの方へ足を向けていった。彼が何を掴むつもりなのか、今は分からない。ただ、彼の目が決意を秘めていることだけは感じ取れた。


 私自身は、ライラを連れて聖王都へ向かう準備に集中する必要がある。気の抜けない道中になるだろう。特に、心の支えであるダリオン殿に再会出来ず落ち込むライラを精神的に支えるためにも、私が揺らぐわけにはいかないのだ。彼女はまだ幼さを残しつつも、必死に自分の中で何かと戦っているのが分かる。その背中を支えるのが、私の役目なのだ。


 遠くでエドガー殿が馬の手綱を握りながら、何かを考え込んでいる様子が見えた。彼もまた、責任を背負っているのだろう。それぞれが異なる場所で、それぞれの役割を果たさなければならない。長い戦いになりそうだが、どんなに小さくても一歩ずつ進むしかない。


 ライラが荷物を整理しながら私の方をちらりと見た。私は軽く笑って頷いてみせる。彼女が少しだけ微笑みを返す。それで十分だった。まずは町を離れ、都に向かう。


 ◆


 町を出るのは日が傾き始めた頃だった。リリィ殿たちは時間をかけて取材するために町に残り、エドガー殿は別ルートで聖王都へ向かう。私とライラは、馬車に揺られて広い街道を進んでいた。馬車の中でライラは窓越しに風景を眺め、私は向かい側で静かに座っていた。


「……パパ様、見つかるかな」


 ライラがぽつりと呟いた。その声に、私は肩をすくめながら答える。


「ダリオン殿は精神的にも肉体的にもお強い方である。きっと、すぐに見つかるだろう」


 そう言いながらも、私の頭の中には別の思いが渦巻いていた。正直、ダリオン殿の所在については何の手がかりもない。あの夜、我が家でダリオン殿を引き留めておければ、こんなことにはならなかったのかもしれないのだが……。

 ライラが小さく頷くと、また静寂が戻る。馬車の車輪が街道の石を踏む音だけが耳に響く中、自分が思っていたよりもずっと疲れていたのか、私はいつの間にか居眠りをしていた。


 ◆


 目を覚ましたのは、馬車が突然止まった時だった。すっかり陽の落ちた夜。揺れが消えたと同時に、シグルドの声が馬車の外から響いた。


「ヘンリー坊ちゃま、あそこに、何か広場に立札が……」

「立札?」


 私は眉をひそめ、馬車の窓から外を覗き込んだ。いつのまにか、馬車は聖王都内の広場まで来ていた。ここを真西に向かえばヴァレンフォードの屋敷がある。その曲道の途中の広場。確かに、その中央に見慣れない立札が立っている。ざわつく胸の内を押さえながら、私は馬車を降りた。

 暗い広場の中、近隣の家から漏れる灯りに僅かに照らされる立札が妙に際立って見えた。立札の前に立つと、まるで目が釘付けになるかのように、立札に刻まれた文字が視界に飛び込んでくる。目を疑った。いや、間違いない――そこには「公開処刑」の通達が、大きな文字で書かれていた。



【聖王国教会からの告示】

 本告示にて、重大な罪を犯した者に対する刑罰をお知らせします。


 《名》

 ダリオン・ハドリー


 《罪状》

 ・聖なる儀式の場への不法侵入

 ・セラフ像への損壊行為

 ・神聖なる場を汚した冒涜的行為

 ・聖職者への威嚇および秩序の乱れを助長した罪

 この罪人に対し、厳粛なる裁きの結果、絞首による公開処刑を執行することが決定されました。


 《場所》

 聖王都中央広場


 本刑罰は、聖王国の秩序を守り、神聖なる教会の威厳を取り戻すために執行されるものです。これにより、我らの国が再び聖なる平穏を取り戻すことを願います。

 なお、刑の執行に際し、民衆の参加を奨励いたします。罪の重さとその結果を目の当たりにすることで、再びこのような罪が繰り返されないことを願う所存です。


 聖王国教会




 息が詰まる。心臓が早鐘を打つ。処刑の内容、場所、罪状――どれも冷たく、無機質な筆致で刻まれている。立札を読む間、頭が真っ白になった。


(嘘だ……なんで、こんな……)


 その場で足がすくみそうになるのを必死に堪え、立札からその告知を引き剥がして懐に押し込む。もしライラに見られたら――否、これはライラに伝えるべき内容である。しかし、どのような言葉で伝えればいいのだろうか。

 馬車に戻る私の足取りは重かった。手が震え、懐に隠した紙の感触がひどく生々しく感じられる。馬車の中に戻ると、ライラが不思議そうな顔で私を見た。


「何かあったの?」


 ライラの問いに、一瞬言葉が出ない。声を絞り出そうとするが、何をどう伝えればいいのかが分からない。ただ、強張った笑みを浮かべて首を振る。


「いや、ちょっとした案内だった。……大したことではない」

「うん?」


 ライラは少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。私はほっとしたような、しかし胸の奥がどんどん重くなるような感覚に包まれた。

 馬車の揺れが再び始まる中、私は必死に考えていた。ダリオン殿が処刑される。それを知った彼女がどうなるのか、その反応が恐ろしくて仕方がない。


(どうすればいい? どうすれば……)


 頭を抱えたくなる思いで、外の景色をぼんやりと見つめる。懐に無理矢理押し込んだ紙が、どこまでも重く感じられた。

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