044.告発への序章
面会室の扉が重々しく閉ざされる音が耳に残る中、私は深く息を吐いた。そのまま扉の前で小さく背筋を伸ばし、隠し持っていたお面を顔に当てる。吸い付くような感覚と共に、薄皮を一枚張ったような質感に落ち着く。今はきっと、そばかすの浮いた眠そうな町娘の姿をしていることだろう。
後ろをわずかに振り返ると、侍女の装いをした第二王子レオンハルト・アルデリック・カリストリアが静かに頷いていた。殿下が変装をして面会に同席していたことは、わずかな安心感を私に与えていたが、同時に気を張る原因にもなっていた。
ロベリアの素顔を隠すための仮面は、異端審問中の容疑者のはずの私が、色々と動き回っていることを悟られないために必須の道具だ。面会中のやりとりが終わった以上、ひとまずは身柄を隠す必要がある。
侍女の恰好をした可愛らしい姿の殿下が口を開いた。その声は、可愛らしい女性のように透き通っていた。
「……姉様、非常に面妖な面会でございましたわね」
殿下は私を見るなり堪えきれない様子でクスクスと笑い始めた。その目は明らかに面白がっている。
「よくもまあ、あんな大胆な真似が出来ましたわね。立会人の聖騎士の顔をご覧になりまして? ククク……傑作でありましてよ」
「ひ、必要だったんです! あとその、姉様ってやつ、やめてください!」
「ヒッ……ククク……そんなことを仰られましても、我は一応年下でございましてよ?」
「もういいですって。言葉もおかしくなってきてますよ」
私は顔を真っ赤にしながら、何とか反論しようと声を上げたが、殿下の笑いは止まらない。
「ククク……はー……腹が千切れるところであった。……貴様、必要なら何でもやるのか? いや、それが今回の結果につながったのだから、ある意味見事な痴女っぷりであった。英雄を接吻で骨抜きにしたのだ」
そう言いながら肩を揺らして笑う殿下に、私はさらに熱を帯びた顔で「殿下!」と声を張り上げた。
「まあまあ、結果が出たのならそれでいい。だが、次はもう少し控えめに頼むぞ。何やら、部屋の温度が上がったような気さえしたからな」
殿下は軽く肩をすくめながらそう言い、私はその前を顔を真っ赤にしてそそくさと歩くしかないのであった。
私が滞在する塔の一室に戻ると、文典卿クラウス・グランディエ様が静かに椅子に腰を掛け紅茶を飲んでいた。私は殿下に続いて部屋に入ると、クラウス様に軽く頭を下げた。その後ろに殿下が続き、クラウス様は扉を閉めるために立ち上がり、代わりに空いた椅子に殿下が腰を下ろした。
「殿下、面会はうまくいったようですね」
クラウス様の言葉に、殿下が頷く。
「まあ、それなりにな。向こうは面会者に注意を払うほど余裕がないと見える。それが分かっただけでも収穫だが……妙な油断だな。……まあよい」
クラウス様が新しい紅茶を準備し終え、殿下の前にそっとカップを置く。殿下は無造作でありながら、どこか優雅に見える指運びでカップの取っ手を手にすると、ゆっくりと口に運ぶ。そして一呼吸置いてから、その鋭い視線を私に向けた。
「……ここからが本番だ。ロベリア、ここまでの情報を整理してみよ」
私は深呼吸をして頭を切り替え、ここまでで得た情報を整理しながら話始めた。
「まず、ヴァリク様についてです。彼は教会の魔術実験の被験者として選ばれ、その過去を隠したまま戦場で『救国の英雄』として活躍されてきました。魔術実験によって得た力が、彼の戦場での成功を支えた一方で、それは本人にとって大きな負担やリスクを伴うものであったと推測されます。これは、私が彼本人から直接聞いた内容となります」
私は一旦言葉を切り、次の情報に移る。
「また、『エリザベス・クロフォード』という女性が王の直轄で活動をしており、ヴァリク様を管理している重要な存在として浮かび上がっています。彼女は魔術実験に深く関与している可能性が高く、ヴァリク様を含めた被験者の扱いや実験の全貌を把握している人物かもしれません。この人物は、国宝である『錫杖』を貸与されたにも関わらず、返却するべき期限を守らず、依然として保持しているようです」
殿下が頷きながら、手を顎に当てて私の言葉を聞き続ける。その反応に密かに励まされながら、さらに続けた。
「今現在、ヴァリク様は律法卿の監視下で独房に収容されています。これまでは国の重要人物として軟禁状態に置かれ、それなりの扱いを受けていましたが、今現在、エリザベス側が彼をどのように扱おうとしているのか見通せません。彼がこれまでのように戦場で利用されるのか、それともさらに厳しい環境に置かれるのかは不透明です」
話し終えると、殿下が腕を組みながら静かに頷いた。
「……証言と状況証拠のみでは、告発として形にするには厳しいものがあるな。確固たる記録が必要だ」
クラウス様も同意するように口を開いた。
「実験に関する記録が保管されているとすれば、典籍卿トムフォード・グレインハーストの管理下である可能性が高いでしょう。ただし、典籍卿が協力的かどうかは分かりません。彼の独立性は知られていますが、立場次第では我々の動きが反逆とみなされる危険性もあります」
クラウス様の言葉に、殿下は小さく頷き、椅子にもたれかかった。その目はどこか遠くを見つめている。
「……典籍卿が保管する記録が、告発の突破口になる可能性は高い。ただし、その接触には細心の注意が必要だ。あの男がどのような立場を取るのかは、現時点では完全に未知数だ」
殿下の言葉に、クラウス様が続ける。
「殿下、典籍卿は非常に独立性を重んじる人物として知られています。しかし、それが本当に彼の信念なのか、あるいは単に表向きの態度なのかは、分かっておりません。彼が中立を装いながら、実際には教会や現王のどちらかに密かに与している可能性も否定できません。そのため、接触の際には、彼の真意や立場を慎重に探る必要があります」
殿下は静かに頷きつつも、鋭い視線を私に向けた。
「ロベリア、貴様の仕事は集めた情報を形にし、告発記事として完成させることだ。典籍卿との交渉は、我が行う。しかし、告発に必要な材料を整え、それが証拠として機能する形にするのは貴様の役割だ」
「……かしこまりました」
私は頷きながら、この計画における自分の責務を頭の中で整理する。集められた情報が断片的なままでは、ただの噂話としか見なされない。それを一つの告発として仕上げるのは私の役目だ。
「とはいえ、典籍卿が記録を保管している確証がなければ、動き出すことも難しいのでは……」
少し躊躇いながら口にすると、クラウス様が堅い口調で応じた。
「その通り。典籍卿が何を知っているか、あるいは何を保管しているかは不明。だが、卿が忌まわしき記録を保管している可能性が高い理由は二つある。一つ、魔術関連の記録は全て典籍卿の管轄に置かれると定められていること。そしてもう一つ、卿の一族がこれまで重要な記録を外部に漏らさず保管しているという実績があること。たとえ忌まわしき魔術実験の関連であっても、卿の管轄下となることもあり得よう」
「典籍卿が今回の件に関わっているかは不明……典籍卿が中立であれば、こちらへ引き込むことも可能であろう。しかし、彼が教会側、あるいは現王側に与していれば、こちらの動きは慎重を要する……」
殿下が軽く溜息をつきながら続ける。
「だからこそ、こちらから情報を掴みに行く。我が典籍卿との接触の場を設ける。その際には──」
殿下は一度言葉を切って私を見据えた。
「ロベリアよ、貴様も我に付き従え。今ある証拠や背景情報を全て揃えておくのだ」
殿下の言葉には、計画を進めるための確かな決意が込められていた。私はその視線を受け止め、小さく頷く。
「わかりました、殿下」
殿下はカップを手に取り、一口飲んでから、微かに微笑んだ。
「任せた、ロベリアよ。この告発は、この国の根幹を揺るがすものとなる。その準備を貴様に託す」
「……光栄です」
私はその言葉に力強く応えた。私の役割は、集めた情報をただ整理するだけではない。それを告発記事として仕上げる責任がある。この計画が成功するかどうかは、私の手にかかっているのかもしれないのだ。
この記事はただの告発ではない。この国の在り方を問う、一大の一手なのだ。私自身の覚悟を胸に、殿下の信頼に応える決意を固めた。




