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041.無駄土下座

「ライラを引き渡せ! 身柄を解放しろ!」


 突然の叫び声と共に現れた女性が、鋭い勢いでシグルドに向かって飛びかかってきた。彼女の動きは速く、その鋼鉄の義足から繰り出される蹴りは思った以上に重そうだった。しかし、シグルドは冷静そのものだった。

 シグルド、やはり出来る男である。


「失礼ながら……こちらにはそのつもりは、ございませんっ!」


 彼の仕込み杖の刀が音もなく抜かれ、一瞬でその攻撃をいなす。彼女の義足が空を切り、地面に軽やかに着地する。その直後にはもう、次の攻撃に移っていた。


「くっ……やるではないかッ! しかし、邪魔立てするならば……倒すッ!」


 彼女の攻撃は力強く、続けざまに繰り出される蹴りや掌打がシグルドを狙う。彼女の踏み込みにより、カップの破片が宙を舞う。だが、シグルドは一歩も引かない。刀の先端が的確に彼女の動きを封じていく。


「……ライラ様を解放せよと言われましても、私どもはそのような不義理を働いておりません、ので」


 静かに、しかし鋭く応じるシグルド。その冷静さがさらに彼女を苛立たせているようだ。

 彼女が短く叫ぶ。


「このッ!」


 彼女が義足を軸に体を回転させ、勢いを乗せた一撃を放った。その蹴りは鋭く、まるで風を切り裂く音が聞こえるようだった。だが、それすらもシグルドはわずかな動きでいなしてしまう。


「シグルド、大丈夫か?!」

「ヘンリー坊ちゃま、問題ございません。皆さまを連れて、お離れください!」


 私はシグルドに声をかけるが、彼は視線をこちらに向けることなく短く返す。その余裕のある返事に私は少し安堵した。


「わかった!」


 私は返事をすると、ライラの腕を掴んだ。が、彼女は動かない。シグルドと女性の激闘に鋭い視線を向けている。

 その間、エドガー殿とリリィ殿は慌てて紅茶やバスケットを放り出し、近くの木陰に退避していた。


「な、なんだよこれ! 誰だよっ!」

「きゃああぁ! 怖いぃぃ!」


 二人が声を上げている間、ユアンは腰の剣に手をかけ、状況を見守っている。だが、飛び込むタイミングを見計らっているのか、すぐには動かない。

 ポニーテールの女性は、攻撃をいなされ続けていることに苛立ちを隠せない様子だった。


「御仁のような強者が、なぜ邪魔立てをするッ! わたしはお前たちが捕えているライラの身柄を引き渡せと言っているのだッ!」

「我々が捕えているかどうか、ご本人にお聞きいただければ分かるかと存じます」


 シグルドのその冷静な一言が、さらに彼女を激昂させた。


「そんな言葉に騙されるものかッ!」


 怒声と共に、さらに激しい攻撃が続く。義足を軸にした回転蹴り、掌での鋭い一撃、そのすべてがライラを含む私たちに接近させないように立ち回るシグルドに向かっている。

 だが、次の瞬間、事態は大きく変わった。


「やめて!」


 ライラが突然私の手を振り払い、戦闘中の二人に向かって駆け寄る。そして、信じられない光景が目の前に広がった。ライラが助走をつけ、女性の顔面に横蹴りを叩き込んだのだ。


「ヘンリーたちは、わたしに、親切にしてくれた人! フィオナ、最悪!」


 怒りに満ちた声が、辺りに響き渡る。彼女は完全に不意を突かれ、地面に倒れ込んだ。

 彼女が装備する兜が勢いで吹き飛び、顔が露わになる。キリッと目尻の吊り上がった、白髪の女性であった。蹴りの勢いで髪を結っていた紐が切れたらしく、彼女の背中にはらりと長髪が広がった。


「パパ様のことだって、この人たちが助けようとしてくれてるのに!」


 ライラの目は潤んでいたが、涙ではなく純然たる怒りが込められているように見えた。フィオナと呼ばれたその女性は倒れたまま、呆然と彼女を見上げる。


「えっ……?」


 フィオナ殿がその場で混乱している間に、遠くから新たな声が響いた。


「フィオナ、待てってば!」


 若い男の声。振り返ると、息を切らしながら駆け込んでくる白髪の青年が見えた。


「な、なんか違う気がする! 俺たちの早とちりっぽい気がするぞ!」


 息を整えながら彼女に向かって叫ぶその青年が、肩で大きく息をしながら私たちに視線を向ける。

 その青年は、フィオナと呼ばれた女性の横まで来ると、彼女の頭をぐわしと掴んだ。


「うちの馬鹿が迷惑かけて、すいません!」

「んがッ!」


 彼はブンと音が鳴りそうなほど上体を倒すと、その勢いのままにフィオナの頭を土の地面に叩きつけた。いくらかめり込んだ様子の地面に、じわりと血の赤が滲んでいくのが見える。リリィ殿の「ひぃ」という小さな悲鳴が横から聞こえた。


「……あ? なんでセシルがいるの?」


 ライラが言う。セシルと呼ばれた青年が、ぱっと笑顔になってライラに駆け寄った。


「ライラ! お前生きてたのかよ! 海で溺れて死んだだろうって言ってたんだぞ!」

「……あ? 誰が? 泳いでこっちまで来たけど?」

「お前泳げんの?!」


 久しぶりの再会……といったところなのだろうか。しかし、事情が分からない我々は、困ったように顔を見合わせる。ただ、彼らの名前には聞き覚えがあった。ユアン、エドガー殿、リリィ殿と目配せをし……どうやら代表として私が話を切り出した方がよさそうな気配を感じ、咳払いを一つしてから声をかける。


「あの、もしや……ダリオン殿やライラと一緒に、某所を抜け出してきたという、お仲間でしょうか?」


 私の声に、セシルと呼ばれていた青年がビクンと肩を跳ねさせ、私を振り向く。


「あ、あー、そんなに知ってる感じ? ライラが言ってることってマジ?」

「ええ、マジです」


 セシル殿は頭をぽりぽりと掻きながら、私たちを見回した。そして、何か考え込むような表情を浮かべたかと思うと、フィオナ殿の方に視線を向けた。


「……フィオナ、なんか俺たち、やっぱ勘違いしてたっぽくねぇか?」


 フィオナ殿は地面に突っ伏したまま、ぐぬぬという声を漏らしている。その声が、怒りなのか、恥ずかしさなのか、それとも単純な痛みなのかは、よく分からない。だが、彼女は大きく息を吐き出すと、バサリと砂埃を払いながら上体を起こした。その額からは血がどくどくと流れている。


「……わ、わたしだって分かってきたところだ。しかし、何故わたしの頭を地面に叩きつける必要があったのだ。頭がまだジンジンしている……この暴力は、全く以て、無駄土下座である……」


 セシル殿は軽く肩をすくめた後、フィオナ殿の義足を見やりながら小声で「相手にいきなり蹴り入れるのはどうなんだよ」とぼやいた。

 そのやり取りに、リリィ殿がやっと息を吹き返したように声を上げた。


「あの、そっちの子、頭から血が出てるけど大丈夫なの?」

「ああ、心配かけて悪い。フィオナは大丈夫だ、すぐに血ぃ止まるから問題ない」

「そっか〜」

「そっか〜……じゃねぇだろ! 包帯あるか?」


 諸々の会話にツッコミを入れたエドガー殿がシグルドを振り返るより早く、先ほどまでフィオナ殿を仕込み刀で軽々いなしていたシグルドが、エドガー殿の横にサッと救急箱を持って現れる。

 シグルド、やはり出来る男……否、出来すぎる男である。


「いや! 本当に心配には及ばない。もう傷も塞がった。わたしたちは特異体質であるから、傷や大怪我からの回復力が高いのだ」


 そう語るフィオナ殿が血に濡れた額をごしごしと掌で拭うと、傷一つない綺麗な肌が表れた。ヴァリク様と同じ治癒力である。思わず、ユアンと目を合わせる。

 手当をする必要のなくなったエドガー殿がこの場を諫めるように「ま、まあ、結果的に誤解は解けたみたいだし、良しとしよう」と苦笑いを浮かべた。その横で、シグルドが一度出した救急箱を抱えなおし、胸に手を当て一歩下がる。

 一方、フィオナ殿は砂埃を払いながらライラの方をじっと見つめていた。やがて、低い声で口を開く。


「……その、ライラ。すまない」

「フィオナ、最悪って言った」

「……わ、分かってる。けど、悪漢に捕えられてしまったのではと思って……」


 ライラは腕を組み、じっとフィオナ殿を睨んでいたが、ため息をつくと肩の力を抜いた。


「分かればいい。次から気を付けて」

「……善処する」


 二人のやり取りに、セシル殿が手を叩いて話題を切り替えた。


「じゃあ、改めて……そちらさんはどういう集まり? 悪ぃんだけど、場合によってはこれ以上関わること出来ねぇからさ」

「こちらは……私とここにいるユアンは、ヴァリク様の従者……のようなことをしていた、元聖騎士であります。あ、聖騎士はヴァリク様に肩入れしすぎて、クビになりました。こちらのお二人は、カリストリア聖王国通信という新聞社の……」

「エドガー・ヘイワードと、こっちの女がリリィ・マクダウェル。両方、記者をやっている。その……あんたたちを取り巻く境遇については、ライラさんから聞いて知っている。その取材の為に、この町まで来た。わが社としては、どちらかと言うとライラさんに寄り添う形の記事を作成することになる……と思っている」


 セシル殿とフィオナ殿は顔を見合わせ、お互いに頷き合って改めてこちらを向き直った。


「さっきから名前散々言ってるけど……改めて自己紹介を。俺はセシル。六年前に魔術実験施設から脱走した被験者の一人で、こっちの馬鹿が」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。全く以て、遺憾である。わたしはフィオナ。同じく、被験者の一人だ」

「色々あって、この町で活動してたってとこなんだが……とりあえず、協力者ってことでいーんだよな? よろしく、ヘンリー」


 セシル殿は、そういって右手を出してくる。

 私はその言葉に力強く頷き、彼の右手を握り返して握手をした。

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