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039.「何やってんだよ!」

 俺の名前はアラン。平民の生まれだ。聖王都の商店の次男として生まれ、特に何か特別な才能があったわけでもない。ただ、なんとなく流されるまま聖騎士になった。

 正直、立派な志があったわけじゃない。安定した職を求めて選んだ道で、訓練もそれなりにこなし、運よく合格した。ただし、配属されたのは牢の番。正直、地味すぎる。

 代わり映えのない日々だ。牢にいる罪人の顔を確認し、面会の立ち合いをして、時には雑用を頼まれる。それが俺の仕事の全て。これが聖騎士だなんて、夢も希望もあったもんじゃない。


 今日もその「仕事」の一環として、面会の立ち合いに呼ばれた。朝から何も特別なことはないし、どうせ今日もいつもと同じだろう。俺はそんなことを考えながら面会室の隅に立った。

 この仕事、本当に退屈だ。

 俺は囚人のすぐ後ろで手にした長槍をわずかに支えにし、目の前の囚人と面会者をぼんやりと見つめていた。


(この大男、何者なんだろうな……)


 聖騎士として立ち合いに来るよう命じられたものの、具体的な説明なんて何一つなかった。ただ「罪人」とだけ言われ、こうして面会室に連れて来るように指示されたのだ。

 囚人は手枷をつけられ、鉄の柵越しに面会者と向き合っている。顔には左目の上から右頬にかけて斜めに大きな傷があるが、見た目はただの疲れ切った黒髪の男で、特に危険そうには見えない。


(早く帰りたいなあ……)


 俺は内心でため息をつきながら、二人のやり取りをぼんやりと聞いていた。


「元気でしたか?」


 面会者の平民の女性が囚人に優しい声で問いかける。囚人は小さな声で「まあ……なんとか」と答えるが、その声には覇気がなかった。


(なんだこれ、恋人同士の再会か?)


 俺はちょっとした興味で二人を見守る。隣にいるもう一人の侍女も、なんだか妙に落ち着いた雰囲気だ。変わった面会者だなと思いつつ、特に気に留めることもなく、適当に立っている。


「もう少し近くで顔を見せてくれませんか?」


 面会者の女性がそう囚人に言い出したとき、俺は少し身を乗り出した。囚人が俺を振り返って困惑と畏怖を宿した視線を向けてくる。しかし、恋人たちの逢瀬を邪魔する程、俺は野暮じゃない。顎をしゃくって許可を出す。


「もうちょっと……下で。あと一歩前に……」


 彼女が囚人に細かな指示を出し、囚人はぎこちなく従う。何なんだ、この妙な空気。


 そして――

 突然、面会者が囚人の頭を抱き寄せ、鉄の柵越しにぐいっと引き寄せた。

 俺の目の前で、囚人の顔が柵に叩きつけられたかと思ったら、面会者がそのまま唇をぶちゅっと押し付けた。


「お、おい! 何やってんだよ!」


 慌てて駆け寄り、囚人の肩に手をかける。


「だ、だめだろ、そういうの! 規則違反だって! おい、やめろってば!」


 俺が叫んでも、面会者は囚人の頭を掴んだまま、さらに深い角度でキスを続けている。囚人の方は完全に硬直していて、どう反応していいか分からない様子だ。


「ちょっ、待て、ほんとに待て! これまずいって! 俺怒られちゃうって!」


 俺はもうパニックになりながら柵越しに二人を引き剥がそうとしたが、囚人の頭を抱きしめる面会者の力がやけに強い。いやいや、女ってそんなに力あるのか!? 柵越しにがっつくな!


「やめろってば! おい、これ報告しなきゃならなくなるだろ!」


 そう叫びつつ、俺はどうしたらいいか分からないまま、目の前の信じられない光景をただ見つめるしかない。

 すると、女の横に控えていた侍女が、突然堰を切ったように笑い出した。自分の腹を抱え、嚙み殺すようにクククと喉を鳴らしている。その侍女が、目尻に浮いた涙を指先で拭い、俺に向き直る。


「……申し訳ございませんわ、聖騎士様。我が()()をお許しくださいまし。久しぶりに会えたものだから、きっと色々と、昂って……プクク……しまわれたのですわ。ンフフフ……どうか、お許しくださいまし……ね?」


 こてんと首を横に傾け、俺を見つめる侍女に目を奪われる。同じくらいの身長だが、どこかあどけない顔をしている。ぽってりとした唇。大きな目。不安げに内に向いたつま先に、輪郭を隠すように内に巻いた茶色の髪。端的に言って、可愛い。

 思わず、ごくりと生唾を飲む。


「ま、まぁ……お、俺が立ち合いの時は見逃してやろう」

「まあ! お優しい聖騎士様!」


 そう言って、彼女は柵に走り寄り、柵越しに俺の手を握ってにこりとほほ笑んだ。



 ◆



 時を同じくして、ヴァリクはと言うと。


 息が続かなくなって、思わず唇を薄く開く。途端に、ロベリアさんの小さな舌が口内に侵入してきた。思わずビクッと肩が跳ねる。その舌が探るように俺の歯列をなぞった。ゾワゾワと背中が粟立つのが分かる。

 くちゅっという粘着質な音が鳴り、鼓膜を刺激した。慣れない刺激に、頭がぼーっとしてくる。気が遠くなってくるのが自分でも分かる。

 ロベリアさんの舌が一度引っ込んで、次にその舌が差し込まれた時には何か、少し硬いような柔らかいような、小さな何かのかけらを運んできたことにも気付かない程に、俺は動揺と羞恥の只中で頭を混乱させていた。


「ふ……」


 ロベリアさんが鼻から抜けるような甘い吐息を漏らした。そして、ようやく彼女が俺の唇から離れる。

 突然の緊張感からの解放に、途端に身体を支えていられなくなり、俺はその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。その際に頭に椅子がゴツンとあたり、鈍い音を立てた。

 俺の息は完全に上がっていた。そっとロベリアさんを見上げると、彼女は口元を袖で拭いながら、動揺するように揺れる声で言った。


「ひ、久しぶりにお会いできたもので……こ、興奮して思わず、手が出てしまいましたわ」

「お、お前ェ! いきなりこんなことする奴いねぇよ! こんな場所で、男を腰砕きにすんじゃねぇ!」


 俺の横に立っていた聖騎士がロベリアさんに怒鳴った。

 声自体は震えているが、妙な棒読み感がある。演技ではある、と思う。だが、動揺に動揺を重ねた今の俺には、その真意は図れなかった。


「はえぇ……」


 思わず言葉を漏らした時、自分の口の中に何かがあることに気が付いた。思わず口を閉じる。ロベリアさんは、これを渡すためにあんなことを……?

 俺は、手枷がついたままの手で自分の口を塞いで、俺を見下げるロベリアさんに、何度もコクコクと頷いて、口の中のそれを受け取ったことを、必死になって伝えた。

 立ち合いの聖騎士は、柵の傍から離れると、そんな俺の首元、服の中、手の中を確認して、うんうんと頷き、俺を立ち上がらせると「面会は以上だ」と宣言し、俺を伴って退室しようとする。

 俺は、最後の最後にちらりとロベリアさんを視界に入れ、元の独房へと歩みを進めた。




 戻ってしばらくして、独房の中、俺はそっと手の中に収まる小さな紙片を見つめていた。

 面会の時に口付けをされ、その際に舌で捻じ込まれたものだ。紙片は小さく折りたたまれ、蝋で薄くコーティングされている。


 今は独りだ。見張りもいない。

 紙片を取り出し、丁寧に折り目を広げていく。蝋のコーティングが意外としっかりしていて、文字が滲んでいないのが救いだった。小さな文字がびっしりと書かれている。


 彼女の字のようだ。俺は静かに息を整え、目を走らせた。



 ◆



 ヴァリク様


 まず、このような形でしか言葉をお伝えできないことをお許しください。面会では多くを伝えられませんでしたが、どうしてもあなたに知っておいていただきたいことがあります。

 私たち、第二王子と私は、あなたを助けるために動いています。

 貴方が置かれている状況を変えること、そしてあなたが苦しんできた真実を明らかにすることを目標にしています。第二王子はあなたを処罰するつもりはありません。それどころか、彼はヴァリク様の戦いのあり方そのものに疑問を持ち、それを変えたいと願っています。

 あなたにとって、この手紙の内容がどのように映るか分かりませんが、どうか、希望を捨てないでください。


 ロベリアより



 ◆



 最後まで目を通したあと、俺はそっと紙片を膝の上に置いた。


「……助けるために動いている……か」


 言葉にしてみても、実感は湧かない。だが、あの面会のときに感じたロベリアさんの真剣な目は、嘘ではなかったのだろう。

 俺は紙片を丁寧に折り直し、独房の隅にある小さな隙間に滑り込ませた。


(……希望を捨てるな、か)


 その言葉を胸に刻みつつ、俺はゆっくりと目を閉じた。

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