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026.しかし、なにもおこらなかった!

 私の目の前で、ユアンが手のひらの上に炎を浮かせる。熱源もないのに、それは空中を漂っていた。ユアンが口を開く。


「そしてこれが、精霊術っす」

「精霊……?」


 私は言葉を失い、その場に固まった。目の前で炎を生み出し、そして消したユアンの手が目に焼き付いて離れない。あまりにも馴染みのない言葉に、頭が混乱していた。

 私は絞り出すように問いかける。


「精霊とは……一体なんだ?」

「ああ~、やっぱそこからかぁ」


 ユアンは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。その表情にはどこか困惑も混じっている。


「ここじゃ、オレの常識が木っ端微塵で……精霊って言ったら、空気か水か精霊かってくらい当たり前だと思ってたんすけど、この国の人たち、本当に誰も知らないんだもんなぁ」


 ユアンは笑いながらも、どこか呆れたような声を出した。


「しゃーないっすね。説明しますよ」


 そうしてユアンが語り始めた内容は、私にとって衝撃的なものだった。


「ここで『ノクスリッジ山脈』って呼ばれてる山……向こうじゃ『竜の峰』って呼ばれてるっす。で、その山脈の先には普通にいくつかの国があるんすよ。一番大きな国がアストラル帝国で、その他に小国がいくつかって感じでね」

「ノクスリッジ山脈の先に……国が?」


 私は信じられない気持ちで聞き返した。


「そうそう」


 ユアンは頷きながら話を続ける。


「オレの故郷、アストラル帝国はここ二十年くらいで、小国を挟んで竜の峰の手前まで勢力を広げてきたっす。でも、五年くらい前かな? その小国が、竜の峰を越えて派兵してるって話が出てきたんで、オレはそこの調査員として派遣されたんすよ」

「調査員として?」


 私は眉をひそめた。彼の語る言葉が、どこか現実味を帯びてきたからだ。


「そうっす。アストラル帝国に壁際まで追い詰められた小国が、こちらへの防衛をある程度削ってまで派兵している。これまで、何もないとされてきた山を越えさせてまで、何をしているのか。竜の峰の向こうには何があるのか、それを調べるのがオレの仕事。で、いざ越えてみたらさ、聞いたことない小さな国があった。……それが、このカリストリア聖王国ってわけっす」


 ユアンは軽い口調で言うが、私にはその内容があまりに重すぎた。私たちが「魔の地」だと信じていた場所に、人間の国があったというのだ。


「……その後、オレは一度本国に報告したんすけど、調査を続ける必要があるってことで、カリストリア聖王国……アストラル帝国が『()()()()()()()()()()』と名付けたこの国への潜入を決めたんすよ。間諜ってやつっすね」

「間諜……」


 私はユアンに訊ねた。


「間諜とは、なんだ?」

「……えええぇぇ? そこからっすかぁ?」


 ユアンの肩は驚きに跳ね上がり、次の瞬間には深く沈んだ。


「スパイっすよ。まわしもの、敵国調査……そんな感じっすね。まぁ、オレは敵対目的じゃないんで、そこまで身構えてもらわなくていいんすけど」


 ユアンはさらりと言ったが、私は彼の言葉に息を呑んだ。


「敵国と言うが……そもそも、カリストリア聖王国以外に、本当に人間の国があるのか?」


 私は思わず声を震わせた。


「ノクスリッジ山脈の先は、魔の地ではないのか?」


 ユアンの顔が真剣なものに変わる。そして、静かに首を振った。


「魔物なんて、今は大陸の限られた場所にしかいないっすよ。昔……千年前くらいっすかね? 魔と精霊で大陸全土を巻き込んで戦争があったらしいんすよ。で、精霊側についた人間が勝って、魔側についた人間は精霊側に与した。もしくは、極少数は散り散りになって、大陸の外に出たっつー話らしいっす」

「それは……」


 私は自分の言葉を続けられなかった。


「こっちの国で教えられてる内容とは、まるで違うっすか?」


 ユアンが私の困惑を見透かすように言う。

 私はただ頷いた。この国では、ノクスリッジ山脈の向こうは魔物が蔓延る「魔の地」だと教えられてきた。だが、ユアンの話が正しいとすれば、それは全くの虚偽だ。


「……それにしても、この国では精霊術が使われてないのが、不思議なんすよね」


 ユアンの言葉が、さらに私の頭を混乱させる。

 私はユアンに尋ねた。


「精霊術?」

「ああ、さっき見せたやつっすよ。この国、魔術も精霊術も、あまりにも存在感がないっすよね。精霊術に関しては存在感ゼロなんすけど」


 ユアンは腕を組み、眉を寄せながら続けた。


「何故疑問に思うかって言うと、この大陸は精霊の勢力圏だから、大陸全土のマナのほとんどが精霊由来のものに置き換えられていて、魔由来のものは残り僅かしかないんすよ。今、魔術はほとんど廃れている。だから大半の人は精霊術を使っているんす。それでオレ、ここには精霊の力が及んでいないと思ってたんすよ。みんな精霊術を使わないから。……でも、実際は違ったんす」


 ユアンはゆっくりと首を振りながら説明を続ける。


「確かに魔の痕跡はあるけど、精霊の力の方がよほど強い。それなのに、この国の人たちは精霊術を一切使わない。魔術もほとんど使わない。……この理由が分からないんすよね」


 その言葉に、私は身体を乗り出し、叫ぶように言った。


「つ、つまりは……精霊術であれば、私にも使えるかもしれない……ということか!」

「うん、いけるかもっすよ。……この国の人達、そもそも精霊のことすらろくに分かってないんで、やってみてって言うことも難しくて、確認したことないんすよね。アストラル帝国では……というか、普通の大陸国では、家の竈の火を入れるのに、おばちゃんが使ってるんすけど……」


 そ、そんなに気軽な物として存在しているのか!

 私がぱっと思いつく魔術と言えば、つい最近具体的な手順が公開された風を起こす魔術と、昔から国の儀式で用いられていた、空に花のような火を浮かべる魔術。それに、最近になって新聞に多用されるようになってきた映写魔法程度だ。無論、私は何一つ自分では使えない。才能の欠片など、一片たりとも存在していなかったのだ!

 それが、魔術ではなく精霊術であれば簡単に使えるかもしれないという。ユアン曰く、ご家庭でご婦人が使われるような、お気軽テクニックとして存在しているのだ!

 これは、やるしかないではないか!


「まず、(うた)を唱える必要があるっす。『応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)』を二回繰り返す。ちなみに、『応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)』は精霊言語っす。……で、その後に精霊の名前と、やりたいことを言えばいいんすよ。こんな感じで」


 そう言ってユアンは目を閉じ、手を開いて上に向ける。


応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)水の精霊(アクアリア)。姿を現せ」


 すると、今度はユアンの手の上に穏やかに揺れる水球が表れた。


「今の水の精霊(アクアリア)が一番楽かもっす」

「……分かった」


 私は意気揚々と椅子から立ち上がり、唱え始めた。手のひらに先ほど見た水球を思い浮かべ、叫ぶ!


応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)応えたまえ(ㇻトゥ・リカ)水の精霊(アクアリア)……姿を、現せ!」


 間。

 黙ったまま、数刻が経つ。私のこめかみを冷や汗が流れる。

 私は開いた自身の手のひらの上を睨んだ。

 しかし、何も起こらなかった。


 ユアンが口を開いた。


「……こんなに才能ない人、初めて見たっす」


 私は咳払いをして、それから椅子に座り直した。

 今の失態を誤魔化すために、別の事を考えよう。ここまでの話を総括するに、我が国は外部の国から派兵されている。そして、魔の地だと思っていたノクスリッジ山脈より北には、むしろもっと広い領域が存在しているらしい。そしてそこには、人の国がいくつか存在して――。


「待て、ノクスリッジ山脈に派兵している小国とは……人間の国なのか?」

「そりゃあ当然、人間の国っすよ」


 ユアンははっきりと答える。

 私は愕然とした。


「……では、五年前から我が国を襲っているのは、人間? 魔の軍勢ではなく?」


 その問いにユアンは答えなかった。ただその目で「そうだ」と告げていた。


「……では、ヴァリク様が()()()()()()()()()()()()()は、人間だったのか?」


 私は唇を震わせながら、その場に立ち尽くした。

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