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023.野心と仮面

 ダリオンさんが処刑されるという報せを聞いた瞬間の衝撃が、まだ胸の内に残っている。私の心には無力感が渦巻いていた。

 目の前のレオンハルト殿下は黙したまま状況を見守っている。私が何も言えず俯いていると、殿下がゆっくりと口を開いた。


「貴様の気持ちは分からんでもないが、アレについては、手を回しようがない」


 殿下の声は低く落ち着いていたが、その一言一言に威圧感が込められていた。


「教会が今回決定したこの処刑は、奴らからすれば先送りにしていた問題を片付けることに決めたにすぎん。そのついでに、奴らは民衆に恐怖を植え付け、権威を誇示するための余興とするため、公開処刑となるだろう」


 私は顔を上げられなかった。ただ俯きながら、その言葉に異論を唱える気力もなく受け入れるしかなかった。殿下が正しいことはわかっている。それでも、誰かの大切な人の命が奪われることをただ黙って見過ごせというのは、耐え難いことだった。


「ところで、例の魔術実験についてだが……」


 レオンハルト殿下は言葉を選ぶように続ける。


「我らではその全貌は掴めておらん。人の道に相反するものであることは聞き及んでいるが、卿のような立場にすら秘匿されている。おそらくは、八卿(はちきょう)全員の指を潰すなり歯を抜くなりして拷問にかけようとも、ここから詳細を拾い上げることは叶わないだろう」

「……殿下。私の指を潰されても、何もお話しすることは出来ないのですが」


 クラウス様が無表情ながら、困惑の色を声に滲ませてつっこむ。


 なるほど、と私は思った。

 ある程度の立場の人は、魔術実験の詳細までは必要としていないのだ。だから、それぞれの頂点を問いただしたとしても、結果がどうであったかは分かっても、その過程で何があったのかまでは調べようがないのだろう。おそらく、レオンハルト殿下はそれを最初から理解していて、ヴァリク様と直接会話をする方法を探っていたのかもしれない。

 そして、私はとんでもない情報を今知ってしまっていて、この野心的な第二王子すらも追い越してしまっている状態なのかもしれない。

 私は顔を上げ、恐る恐る口を開いた。


「……あの、魔術実験で何が行われていたのか、少しだけ、知っています」

「……何?」


 殿下の眉がわずかに動いた。


「……お腹を開いて……おそらくは刃物などで開腹して、熱した金属製のペンで魔術式を焼き入れると……その間、何度も気絶する程の痛みを伴うと聞いています。多分、麻酔の類は使っていないんだと思います。……他にも被害者は何人かいるようです。何らかの目的があって、書き込む部位……というか、書き込む場所を変えているらしいです」


 殿下は思わずといった様子で椅子に座り直し、その横でクラウス様も目を見開いた。


「私が聞いたのは……まず、ヴァリク様は心臓。このことを話してくれたライラが前頭葉。前頭葉というのは、脳の前部分ですよね。あとは……身体全体、腎臓、眼球、顔全体……と、聞いています」


 二人の顔が険しくなる。その目は無言だったが、確かに燃え上がるような怒りを宿しているのがわかる。


「……して、そのライラとは?」

「ライラは……誤解があって、ヴァリク様に戦闘を仕掛けた女の子です。彼女は最後まで生き残った被験者のうちの一人だったようです」

「ライラ……か」


 殿下はその名前を口にし、しばし考え込むような表情を見せた。


「その者が今どこにいるか、貴様は把握しているのか?」

「……ほ、本人が言っていたことを、そのままお伝えしますが……『森に潜伏して準備しとく』と言っていました。おそらくは、今は北の森に隠れていると思います」


 私の声は震えていた。結局のところ、証人になるかもしれないその人の行方を正確に伝えることもままならない。自分の言葉が、どれだけ殿下にとって有益なのか判断できなかった。

 殿下は腕を組み、少し眉をひそめた。


「……北部の森か。だが、あそこは軍防卿の縄張りだ。無闇に動けば奴らに嗅ぎつかれるだろう。それではこちらの計画が台無しになる」

「殿下のおっしゃる通り、無謀な行動は避けるべきだ。この件、流れを思えば律法卿と軍防卿と財務卿は、ある程度承知の内容のはず。事の次第では典籍卿も怪しいか……」


 クラウス様が静かに口を開いた。

 思っていたより味方は少ないらしい。私は思わず唇を嚙み締めた。


「そして、この者を守るためにも、現状では拘束状態で置いておくのが最善かと」

「拘束……」


 私は顔を上げた。


「それでは、私はここから出られないということですか?」

「そうだ」


 殿下の答えは即座だった。


「貴様をすぐに釈放すれば、司法を司る律法卿が口を挟むだろう。クラウスに、貴様の処遇は異端審問の担当であるクラウスの管轄であると難癖をつけさせ、文典卿の管理に移したのはそのためだ」


 私は何も言えなかった。ただ、何もかもが縛られているような感覚に押し潰されそうだった。異端審問は文典卿の管轄だなんて、今初めて知った。何も知らない私が、この方々に意見して処遇を変えてもらうことは不可能だと思ってしまった。おそらく、この二人の対応が今の最適解なのだ。

 それでも、私の胸中は複雑な感情で溢れかえっていた。


「貴様にはクラウスの下で取り調べ中の異端者として振舞ってもらう。悪いようにはしない。いずれ差配が出来た折には、元の生活に戻すことを約束しよう」


 そう言うと、殿下は懐に手を入れてここに来た時とは別の仮面を手に取った。目を閉じたような造りのその仮面は、生きている人間そっくりの質感だ。その表面と裏側に、魔術式が刻み込まれている。


「……これは、我がまだ幼い頃に父上より賜ったものだ。王位継承権第一位以下、下の兄妹は第一位の予備でしかない。やることもない。退屈していた我を哀れんだのであろう父上は、この二つをくださった」


 殿下は淡々と説明する。


「これをつければ、まるで自分の顔が最初からこれであったかのように、全く別の顔になることができる。だから、これをしてよく街中を歩き回ったものよ。市井には我の正体を知らず、未だに親しく声をかけてくる者も多い」


 殿下がここに来た時とは別の仮面を顔に当てた瞬間、その顔は唇のぽってりした少女へと変貌した。私は思わず息を呑んだ。その変化は恐ろしいほど自然で、一瞬、目の前に別人が現れたのだと錯覚するほどだった。


「……だが、英雄の件を知って気になった。これは一体()であるかが。そして、調べさせて分かった」


 殿下は「あーあー」と何度か発生して声を整えると、先程までの威厳のある低い声ではなく、少女のような澄んだ高い声になって言葉を続けた。


「……これは()()()()()()()を剥がして作ったものであった。この二つの顔は、元のこの顔の持ち主のものであろう」


 思わず、ゴクリと唾を飲む。

 彼は、クラウス様が差し出した手鏡を覗き込みながら、角度を変えて自分の今の顔を眺める。


「この顔の持ち主は、さぞ無念であったであろう。この背丈になるまで成長することもできず、死んでいったのだから。貴様の話を聞くに、生前はさぞ苦しい思いをさせられたようだ。……悍ましい代物だが、我のような自由に動けぬ立場にとっては、非常に役に立つ」


 彼は立ち上がると、流れるような美しい所作で聖騎士の鎧をぽろぽろと脱ぎ外していき、鎧の下のギャンベゾンまでするりと脱いでしまう。その下は身体にぴったりと張り付くような薄手のシャツで、透ける肌色に思わずギョッとしてしまった。

 そして、いつの間に用意したのか、クラウス様が差し出したエプロンドレスを素早く着込むと、慣れた手つきでボタンを留めていく。腰のエプロンの紐をクラウス様が結ぶ間に、殿下は茶色の毛のカツラを身に着け、フリルカチューシャ――ホワイトブリムをそっと頭に乗せる。

 そうやって目の前で完成した姿は、どこからどう見ても愛らしい侍女そのものだった。


「であるから、諸々の差配が済むまでは、世話役の侍女として貴様の側にいることにした」


 そして殿下は、ぽってりした唇の愛らしい顔で微笑み、私に向けて片目をウインクした。


 ……私は何も言えず、口をあんぐりと開けたまま、胸の中で絶叫した。

 この状況にどう対応すればいいのか、私には全くわからなかった。

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― 新着の感想 ―
最後の変身にも驚きましたが、犠牲になった少年少女に心痛めて義憤に燃える殿下……すき……てなりました。
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