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014.最悪の再会

 ヴァリク様に付いて歩いていくと、町の喧騒が徐々に薄れていく。市場を抜けて少し歩けば、街中の一角にもかかわらず人通りの少ない静かな道にたどり着く。古びた建物が並ぶ一帯は、まるで時が止まったかのようだった。


「この辺りですか?」


 私はヴァリク様に問いかけた。彼は小さく「はい」とだけ返事し、歩みを進める。その背中がどこか孤独に見えて、私はそれ以上聞くことをためらった。


 少し進むと、目の前に一際目立つ廃墟が現れる。大きな建物で、窓ガラスは割れ、外壁にはひびが走り、瓦礫が所々積み上がっていた。風化した看板には、かすれた文字で「孤児院」と書かれているのが読めた。

 ヴァリク様は廃墟の前で立ち止まった。その広い背中が僅かに震えていることに気づき、私は不安を覚える。


「ここを少し見て回りたいんだけど……大丈夫ですか?」


 低く絞り出すような声だった。


「はい」


 私はそれ以上何も言わず、彼の後に続いた。


 廃墟の扉を押し開けると、湿った空気に鉄と土の匂いが混ざり合い、胸の奥がざわついた。中に一歩足を踏み入れると、埃が舞い上がり、足元では瓦礫と木片が不気味に散乱している。

 広いホールには壊れた椅子や机が無造作に転がっており、ヴァリク様はその机の一つに鉢を置いた。

 壁一面には、六枚の羽根を持つ天使が描かれていた。その姿は本来神聖なもののはずだったが、経年劣化により輪郭は崩れ、羽根の一部はまるで裂けたように見える。天使が掲げる聖槍の形状は曖昧で、その周囲には何かの呪文とも取れる奇妙な文字が浮き彫りになっている。

 天使の背後に描かれた光輪も、かつては金色だったのだろうが、今ではただの鈍い黒ずみに変わり果てていた。その異様さに、思わず目を逸らしたくなる。


「……ここ、何か不思議な感じですね」


 私は呟いた。

 天井からは剥がれた装飾の欠片が垂れ下がり、床には雨水が染み込んだ跡が広がっている。光の届かない暗がりには、何かが潜んでいるような錯覚すら覚えた。

 ヴァリク様はホールの中央で立ち止まり、壁に描かれた天使の絵をじっと見つめていた。その横顔には微かな緊張と、何か言い知れぬ感情が滲んでいる。


「この場所、教会と関係があるんでしょうか?」


 私が問いかけると、ヴァリク様は短く「……ええ」とだけ答えた。その声は低く硬い。

 ヴァリク様は周囲を見回し、ゆっくりと歩みを進める。一つ一つの物に目を留め、何かを思い出すような仕草を見せた。


「……ここ、孤児院だったみたいですね」


 私は思わず呟いた。


「……そう、です」


 短く返す声には、普段以上の硬さがあった。その表情には、過去の何かに囚われているような影が差している。私は少し距離を保ちながら、彼の動きを静かに見守った。

 しばらく進むと、床板の隙間から地下へと続く階段が見えてきた。暗く湿った空気が漂い、下から微かな金属音が聞こえる。


「誰かいますか?」


 私は小声で尋ねた。

 ヴァリク様は足を止め、険しい表情で階段を見下ろした。そして、私に振り返りながら静かに告げた。


「様子を見てきます。ここで待っていてください」


 その声には拒絶ではなく、私を危険から遠ざけようとする優しさが滲んでいた。しかし、私は何かに引き寄せられるように、彼の後を追ってしまった。


 地下室に足を踏み入れると、薄暗い空間に瓦礫が散乱し、湿った空気がまとわりつく。奥からかすかな動きの音が聞こえた。そこにいたのは、フードを深く被った一人の少女だった。

 彼女は何かを漁るように瓦礫を動かしていたが、私たちの気配に気づくとゆっくりと振り返った。


「……誰?」


 少女の低く押し殺した声が地下室に響く。

 ヴァリク様の目が驚きで見開かれ、一瞬で硬直する。


「……ライラ?」


 ヴァリク様が静かに名前を口にした。

 その彼女がフードを払った瞬間、ふわりと広がるヴァリク様と同じ白髪が、暗い地下室に冷たい輝きを放った。髪は肩の上で左右に分かれたツインテールとなり、その先は儀式のリボンのように美しく結ばれている。しかし、その髪の清廉な印象とは裏腹に、露わになった傷跡だらけの肩が、彼女の過酷な過去を雄弁に物語っていた。

 上半身には身体にぴったりと沿う黒いシャツが彼女の痩せた体を強調し、そのラインはまるで骨ばった構造が見て取れるかのようだった。下半身には黒のスカートをまとい、膝丈のスカートの裾にはところどころ切れ目が入り、長い戦いの名残を残している。脚には動きやすい黒のレギンスが伸びており、その足元を覆うのは擦り切れた革のブーツだ。腰にはやけに短い槍を装備している。

 フードの内側に隠されていた顔が現れると、その瞳には怒りと憎悪が渦巻いているのがはっきりと見えた。だが、それだけではない。唇には凶悪な笑みが浮かび、その笑みはまるで挑発するようにヴァリク様を捉えている。

 彼女の目元には深い隈ができており、まとわりつく疲労感と狂気が同居している。地下室の薄暗い空気の中で、彼女の存在だけが浮き上がるように際立っていた。


「……ヴァリク。こんな場所で会えるとは思ってなかった。随分探したのに」


 ライラの声は冷たく刺さるようだった。彼女はゆっくりと立ち上がり、腰から槍を引き抜いた。


「ライラ……い、生きていたのか……! ここで何をしていたんだ? 他の皆は?」


 ヴァリク様が問いかける。


「生きていた? 死んだと思っていたの? どうやって死ねるの? わたしたちが死ねるわけないじゃない」


 ライラは槍を握りしめながら冷笑を浮かべた。


「だけど、ヴァリクが殺した()()()は簡単に死ぬ……わたしたちとは違うから……!」

「……は?」


 彼女の言葉には揺るぎない怒りが込められていた。だが、それ以上に恐ろしいのは、彼女がヴァリク様を睨みつけるその目だった。

 対照的に、ヴァリク様には喜びの感情が伺えたのに、期待した反応と違うものが返ってきたのか、その瞳が一瞬で困惑と恐怖に染まった。


「ヴァリクが、わたしのダリオン様を殺したでしょ」


 その言葉に、ヴァリク様の瞳が僅かに揺れた。

 ダリオン? 私が知る、聖騎士のダリオンさんのことだろうか?


「ち、違う。ダリオンは死んでなんか」

「嘘!」


 ライラが怒鳴り、腰に携えた槍を手にする。怒声が地下室に響き渡り、瓦礫が小さく揺れた。


「わたし、見た。ヴァリクがわたしのパパ様を殺したところを。血塗れで突っ立ってるヴァリクも。ヴァリクは、わたしたちを唯一守ってくれたパパ様を殺した。……そして今は、このゴミみたいな国で英雄様気取って、女連れでこんな場所まで来て……里帰りのつもり? ……どこまで神経逆撫でするの?」


 彼女の言葉には悲しみと憎悪が絡みつき、地下室の空気をさらに緊迫させる。


「ライラ、話を聞いてくれ。ダリオン様は生き──」

「黙れ!」


 ヴァリク様が何かを言いかけるが、ライラはその言葉を遮った。

 ライラは槍を両手で握りしめると、ゆっくりとその切っ先を自らの額へ向けた。彼女の指が震え、握力が強まりすぎて、血がにじむほどに手のひらに食い込む。それでも、彼女の動きは止まらなかった。

 槍の先端が額に触れた瞬間、ライラの全身が硬直し、呼吸が一瞬止まったかのようだった。槍を刺した場所から滝のように血が流れ始め、彼女の白い髪を赤く染めていく。眉間に深い皺が寄り、鼻からとめどなく血を流し、歯を食いしばり、槍をゆっくりと肌に埋めていく。

 目の前の光景が信じられない。狂人の自殺を目の当たりにしているのだろうか。


「ああ……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い……! 毎回こんな痛い思いばかりさせられて、本当に嫌になる……! 本当に! 本当に! 殺す! 殺す殺す!」


 血が彼女の足元を真っ赤に濡らす。ライラの手が止まった一瞬、脚が崩れかけた。しかし彼女は膝を押し返し、全身に力を込めて刺し進める。その動作はゆっくりだが確実で、痛みと意志が入り混じったものだった。

 それとほぼ同時に、ライラの後頭部から花開くように魔力で出来た光が溢れ出た。血に濡れた彼女の顔は苦痛に歪んでいたが、その目だけは仄暗い殺意の光を失わずに輝いていた。


「あははははは! 痛い、痛い痛い痛い痛い! あは、あはははははは! 痛い! 痛いって素敵! 痛いって生きてる! 痛いって最高! 殺す! 殺す殺す殺す殺す! 絶対殺す! ヴァリクもそこの女も、全部全部、ダリオン様の味わった分を、百億倍にして痛いにしてあげる!」

「下がれ!」


 ヴァリク様が私に叫ぶ。その声に、私は反射的に後退りした。


「あはははははは! 百億回、ぶっ殺す!」

呑気な回が続いている気がするので、緊張感ぶち上げてみました。次回血まみれバトル回です。

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