111.取材方針
カリストリア聖王国通信社の会議室に、記者たちが集まっていた。机の上には告発記事の写しが並び、その周囲には読者から寄せられた意見や反応をまとめた資料が積まれている。室内には緊張感が漂い、それぞれが記事の影響を振り返りながら、新たな取材の方針を模索していた。
トーマス編集長が静かに口を開く。
「まずは……今回の告発記事がどれほどの影響を与えたか、状況を整理するか」
その言葉に、場の雰囲気が引き締まる。各記者が手元の資料に目を落とし、それぞれの考えを巡らせる。
エドガーが、腕を組みながら言った。
「……まず間違いなく、陛下の信用は揺らいでいるだろうぜ。民衆の間でも、王政への不信が強まりつつある。『王が腐敗している』という認識は広まりつつあるが、『それならどうするべきか』という方向性までは、まだ定まっていないようだがな。唯一、エリザベスという人物への風当りは強まっていそうだが」
トーマス編集長は軽く頷き、別の資料をめくった。
「つまり、次の報道次第で、世論の流れが変わる可能性も視野に入れとかんとな」
「では……今回の告発記事で伝えられたこと、そして伝えられなかったことを整理しましょう」
カミラは手元のメモを見ながら言葉を続ける。
「告発記事の第一弾では、エリザベス・クロフォードの論文の技術的な裏付け、聖王国教会としての見解、英雄と魔術実験の関連性など、記載出来なかった……あるいは、記載しなかった部分も多いです。これらに、今後どう触れていくか、ですね」
カミラの言葉にリリィが頷き、手元の資料をめくった。
「うーん、聖審院が王を審問するって話も出てるけど、正式な発表はまだありませんねぇ。とりあえず号外は出しましたけどぉ」
エドガーが腕を組み、深く頷いた。
「確かにな。聖審院がどこまで踏み込むか、それ次第で大衆の意見は変わるだろうぜ。陛下がこのままダンマリ決め込むつもりなら、こっちからお伺いに行かなきゃ、何もわかりゃしねぇ」
「……問題は、わたくしたちがどこまで真相を追えるかですね」
彼女の指摘に、記者たちは静かに頷いた。
「まずは、王宮関係者から情報を探るべきだな。どう思う?」
トーマスが問いかけると、リリィは筆を走らせながら呟くように言う。
「えっとぉ……陛下自身に取材を申し込むのは難しいですよねぇ。でも、陛下に近い側近や王室の関係者なら、取材が出来るかもぉ……なんて思うんですけど、どうでしょう?」
その言葉に、カミラが頷いた。
「はい。わたくしは、それが必要な取材だと思っています。陛下が沈黙を続けている。これ自体を記事にする価値があるのではと思っています。なぜ王は公に声明を出さないのか? なぜエリザベスを擁護し続けるのか? これらの疑問に答えを出さない限り、民衆の不信感は募るばかりかと。沈黙が続けば続くほど、陛下のお立場を悪化させることになるのに」
編集長のトーマスは考え込むように机を指で叩いた。
「確かにな……王が何を考えているのかは、民衆が最も知りたいことのひとつだ。だが、王に直接会うのは難しい。俺でも断られるだろう。カリストリア聖王国通信社として取材を申し込んでも、門前払いになる可能性が高い。だとすれば……」
エドガーが頷きながら、まとめるように言う。
「王室関係者を通じて、カスパール陛下の動きを探るのが現実的だろうぜ。公的なルートではなく、非公式な証言を集める方向で進めるべきだ」
リリィがペンを走らせながら確認する。
「じゃあ、王室の関係者に接触を試みる……という方針で決定ですね?」
「しっかし、カミラがそんな思い切ったことを言い出すとはなぁ。どんな風の吹き回しだ?」
エドガーに茶化すような口調で言われたカミラは、眉間に僅かに皺を寄せた。
「……わたくしだって、一端の記者です。あんな光景を見せられて、これまで通りに過ごせと言う方が、酷というものです。……お二人は、生きていましたが」
「うふふ、私はとってもいいと思うわぁ。一緒に頑張りましょうねぇ、カミラちゃん」
「はい、リリィさん」
トーマスが机を軽く叩き、決定を下す。
「よし、王室の関係者を通じて、陛下の思惑を探る。カミラ、頼んだぞ」
「かしこまりました」
カミラが静かに頷いた。
「次に、聖審院の取材だ」
トーマスが話を進めると、エドガーが即座に応じた。
「聖審院が陛下を審問する可能性がある以上、そいつらの意図を確認する必要がある。どこまで陛下を追い詰める気か、そこをハッキリさせねぇと話にならん」
「聖審院がどこまで情報を公開するかは分かりませんが……」
カミラが懸念を示す。
「内部の聖職者に接触し、匿名証言を得るしかないでしょう」
エドガーは腕を組みながら答えた。
「そっちの取材、俺がやるぜ。実は、かーなーり無茶して頼み込んだ『助っ人』を呼んであるんだ……そろそろ来ると思うんだが」
エドガーが不敵に笑う。トーマスが「助っ人?」と聞き返したその時、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「ごきげんよう、カリストリア聖王国通信社の皆さま」
華やかな金髪に縦ロール、桃色のドレスに身を包んだ女性が、堂々と室内に入ってきた。その気品ある出で立ちとは裏腹に、彼女の口元には挑発的な笑みが浮かんでいる。
「あんたは……セラフ天啓聖報の……!」
トーマスが目を細める。彼女はセラフ天啓聖報の編集長であり、国内で最も発行部数を誇る新聞のトップだった。
「シャルロッテ・ラヴェルと申します。まずは、皆さまにお礼を申し上げますわ。聖王国教会に纏わりつく不埒な輩の悪事を、暴いてくださり、どうもありがとう。あの記事のおかげで、あなたがたの立ち位置が分かりましたので、お手伝いに来て差し上げましてよ! どうやら、お困りのようですわね?」
「今すぐお困りってわけじゃねぇが、俺たちでは聖王国教会への取材は難航しそうだとは思ってる」
エドガーが腕を組んだまま応じると、シャルロッテは優雅に笑った。
「ふふっ、だったらわたくしの『セラフ天啓聖報』が、手を貸してあげてもよろしくてよ?」
「シャルロッテさん、一応確認するんだけどさぁ……本当に、俺たちの記事に対しての悪感情は無いんだよな? どこぞのオカルト雑誌とはバチバチだったらしいじゃねぇか」
エドガーのその質問に、シャルロッテは目を何度かぱちくりと瞬かせた。その後、優雅に口元を手で覆って、大きな声で高笑いをしはじめる。
「オホホホ! あらあら、御冗談を。そりゃあ、わたくしたち『セラフ天啓聖報』は、正義と秩序のための新聞ですもの。どこぞの過激派オカルト雑誌みたいな、根も葉もない噂を書くようなクソメディアと、あなたがたカリストリア聖王国通信社とは、接し方が違って当然でしてよ! わたくしたちは、あくまで新聞。聖審院が正しい判断を下しているのか、確かめるのも大事なことですわ。もちろん、オクタヴィア様率いる聖審院が、判断を誤るだなんてこと、あり得ませんけども……役割は役割でしてよ!」
エドガーはしばらく彼女を睨んでいたが、やがて肩をすくめた。
「……まぁ、いいぜ。聖審院の取材、俺とシャルロッテさんでやるってことで決まりだな」
「えぇ、ご一緒させていただきますわ」
トーマスが苦笑しながら続ける。
「面白ぇことになってきたな……よし、頼んだ。シャルロッテさん。すまんが、うちの記者を面倒見てくれ」
「ええ、構いませんわ。ついでにこのだらしない態度と服装も矯正しておいて差し上げますわ」
エドガーはシャルロッテの言葉に、思わず肩をビクッと揺らした。
「い、いや……服装は別に……」
「あら、それではわたくしが困りましてよ?」
シャルロッテはどこから取り出したのか、繊細なレースで装飾された扇子を取り出すと、それでエドガーをビシッと差した。
「そのみすぼらしい恰好でわたくしの横に立たれると、迷惑ですの。とりあえず、もう少し距離を取ってくださる?」
「あ……はい」
エドガー以外が苦笑いする中、トーマスは続いてリリィに目を向ける。
「第二王子派の取材も必要だな。リリィ、行けるか?」
「はぁい。彼の支持がどこまで広がっているのか、知る必要がありますもんねぇ」
その言葉に、トーマスは頷く。
「レオンハルト殿下の支持がどこまで広がっているのかを知るべきだな。第二王子派が本当に影響力を持ち始めているのなら、それは今後の聖王国の行く末に大きく関わる」
リリィは慎重な表情を崩さずに言葉を挟む。
「探るのは……レオンハルト殿下が何を考えているのか、民衆向けの綺麗な言葉だけじゃなくて、本音を……ってところですよね」
リリィのその言葉に、トーマスはゆっくりと頷く。
「では、リリィはノルドウィスプに向かってくれ。第二王子派の動向を取材しとくれ。民衆の反応も含め、できるだけ広い視点で情報を集めるんだ」
「はぁい、頑張りまーす」
トーマスが頷いたそのとき、会議室の扉が開いた。
「……ただいま戻りました」
ロベリアとアンドリューが、戻ってきた。彼らは息を整えながら、真剣な表情で報告を始める。
◆
「あの、個人的な……やりたいことで申し訳ないんですが……私は、ヴァ……ヴェルナードさんに取材がしたいです。彼だけが知っているかもしれないことがあります」
私は慎重に言葉を選びながらお願いをした。ぐるっと面々を見回した時、桃色のドレスの見慣れない女性がいることに気が付き、慌てて「ヴェルナードさん」と言葉を言い換える。誰だろうかと考えていると、横にいるアンドリューさんは小さく舌打ちをした。ちらりと彼の顔を見上げると、一瞬だが彼は鼻の上に皺を浮かべていた。どうやら、顔見知りではあるらしい。
「ヴェルナードさんを?」
私の言葉に、トーマス編集長が返事をした。私は顔を編集長に向き直し、こくりと頷いた。
「はい、彼は……私の父の死の真相を知っている可能性があります。それで、私は彼に……取材をしたくて」
「……ああ、我が社に入社した理由のヤツか」
編集長は、私が何故記者を志したのか、知っている。だからか、私の言葉少ない説明だけで、納得してくれたようだ。
しかし、私の説明にエドガーさんが眉をひそめる。
「だが、ヴェルナードさんは、どっか行ったんだろう? 現在は行方不明の状態だ。それをどうやって追うつもりだ?」
「ああ、それに関してはオレに任せてくれれば、居場所を特定できるぜぇ」
アンドリューさんが不敵に笑った。
「詳細は企業秘密だけどさぁ、オレなら追跡可能なんだよねぇ」
「そんなことが……?」
リリィさんが驚いたように呟く。
「つまり、ヴェルナードさんが今どこにいるのか、分かるってことか?」
エドガーさんが問いかけると、アンドリューさんは頷いた。
「まぁね。オレたちは、お嬢さんに協力するってことになったからさぁ。とりあえず、このロベリアちゃんのお守は任せといてよ」
「そ、そのお守っていうのはやめて欲しいんですけど……とりあえず、アンドリューさんに協力頂けることになったので、ちょっとだけ、我儘な取材をさせてほしいんです」
トーマス編集長は少し考え込んだ後、ゆっくりと頷く。
「まぁ、良いだろう。ロベリア、何かあればすぐに戻ってくるように」
「……は、はい!」
編集長は両手をこすり合わせながら、改めてこの場にいる全員の顔を一人一人眺め、それから言葉を発した。
「よし、それぞれの担当を改めて確認だ。王室関係者の取材はカミラ、聖審院の調査はエドガーとセラフ天啓聖報のシャルロッテさんにもご協力頂く。第二王子派の動向はリリィ。そして、ヴェルナードさんの取材はロベリアとアンドリューさんに任せる。各自、無理のない範囲で動いてくれ。ただし、この取材は王国の未来に関わる。慎重に、しかし果敢に攻めていこう」
記者たちはそれぞれ頷いた。
私たちは、今度こそ真相を知るために、関係者に直接取材を申し込む覚悟を決めていた。
「ねぇ、エドガー」
「なんですか、シャルロッテさん」
「あのアンドリューって方、どなたなんです?」
聞こえてきた会話に、私は思わずビクンと肩を跳ねさせる。桃色のドレスの豪華な出で立ちの女性は、セラフ天啓聖報――つい最近まで、紙面と誌面でオカルト雑誌「クロニクル・トレイル」と叩き合いをしていた、新聞社のその人であった。
「あ、うちの記者です」
「あらそう。どこかで見たような気がしたのだけれど?」
そう言って何かを思い出そうとしている風に天井を見上げ考え込むシャルロッテさんを見ていると、アンドリューさんに肩を叩かれた。
「オレの天敵だからここに長居したくないんだけどさぁ。早く行こうぜ?」
「あ、はい……」
アンドリューさんが心底嫌そうに、眉間に皺を寄せていたため、私はまずは会議室を出ることを優先することにしたのだった。




