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101.叩っ切るぞ、クソボケ過保護共が!

 オカルト雑誌「クロニクル・トレイル」での騒動の数時間後。


 俺――ヴァリクは走っていた。

 前を行くのは第二王子レオンハルト・アルデリック・カリストリア。白馬を悠然と駆りながら、俺を振り返ることもなく進んでいる。その姿を見ながら、俺はひどく理不尽な気持ちになっていた。

 なぜなら、俺は馬に乗せてもらえず、ひたすらに走っているからだ。


「ヴァリク、遅いぞ」


 何の気なしに言い放たれた言葉に、俺は肩を竦める。確かに、普通の人間が走って馬に追いつくのは無理がある。けど、俺の身体には様々な魔術式が刻まれており、普通じゃない。過去、エリザベスに刻まれた魔術式のうちのどれかが、俺の身体能力を向上させているのだと思っている。


「わ、分かりました」


 そう言いながら、俺は少しペースを上げた。地面を蹴る感覚が心地いい。身体の中を巡る血が、熱を帯びるのを感じる。

 馬の足音に負けないくらいのリズムで、俺の靴底が大地を叩く。この速度なら、すぐにでもレオンハルト殿下の隣に並べるだろう。


「ほう? 流石は英雄、健脚であるな。まさか、馬に追いつくとは」


 レオンハルト殿下が振り向き、口元を歪める。


「貴様には馬など不要であるか」

「……そ、そんなこと、ないです!」


 そう言いつつ、俺は小さく息を吐いた。確かに走ること自体は苦じゃない。むしろ、久々に運動が出来る機会だと考えれば、悪くない気もする。だけど、俺が走っている横で優雅に馬に乗られると、少しばかり納得がいかない。


「南かぁ……」


 俺は走りながら、遠ざかる王都の風景を振り返った。


 ノルドウィスプにいるヘンリーの兄、アティカスさんから連絡が来て、拠点を南に移すことが決まったらしい。その連絡には、セシルが作った通信機器を使ったようだ。レオンハルト殿下が馬を借り……ではなく、()()までの間に、妙にゴテゴテとした装飾のついたモノクルをかけていた時があった。どうやら、それが通信用にセシルが作製した精霊道具らしい。

 どうやら今現在、北の町ノルドウィスプは不穏な空気が漂い始めているらしい。このままノルドウィスプを拠点にするのは危険だという判断になったと聞いた。ならば、今のうちに新たな拠点を確保し、動きやすくしておくのは理に適っている。

 アティカスさんとその支持者がノルドウィスプに残り、他は全て南の漁村に移動するとのことだった。

 それは分かっている。分かってはいるが――。


「……馬、欲しかったな」


 呟いた言葉は、南へと続く街道の風に流されて消えていった。




 南へ向かって数時間。

 レオンハルト殿下はここに来るまでずっと馬上にありながらも、特に疲れた様子はなさそうだ。

 俺も、走り続けていたにも関わらず息一つ乱していなかった。いや、さすがに汗はかいてる。けれど、これくらいの距離を走った程度でバテるような身体じゃない。むしろ、久しぶりに全力で走る機会を得て、身体が程よく温まってる感覚すらある。


(……まぁ、走れるならいいかぁ)


 理不尽だとは思うが、それに強い不満を抱くほど俺は繊細じゃない。筋肉に適度な負荷がかかるのは悪くないし、何より、これくらいの距離なら本当に馬に頼る必要はない。

 そんなことを考えているうちに、目の前の風景が変わった。


「着いたぞ」


 レオンハルト殿下が手綱を軽く引き、馬を止める。俺もそれに合わせて足を止め、目の前の光景を眺めた。

 そこに広がっていたのは、活気あふれる漁村だった。

 潮風の匂いが鼻をくすぐる。並ぶ家々は質素ながらも、どれも丈夫な造りをしている。漁を終えた漁師たちが網を片付け、集落の中央では魚を捌く者たちの威勢の良い掛け声が飛び交っていた。

 ここは、農地卿アティカス・ヴァレンフォードの管轄下にある漁村だ。つまり、ここの住人たちはみな農地卿と同じく第二王子を支持しており、現王の影響を受けにくい地であるらしい。

 つまり、ここは安全地帯という説明だったが――分からないながらも、カリストリア聖王国の権力間のバランスの歪さが、俺の心に引っ掛かった。農地卿がやけに有利な構造のようだが、それで良いのだろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、門のない開けた入り口を抜けたところで、住人たちがレオンハルト殿下を見てわっと歓声をあげた。俺は軽く頭を下げて挨拶する。

 するとその時、白いポニーテールを風に靡かせ、誰かが俺の方に駆け寄って来るのが見えた。


「ヴァリク!」


 駆け寄ってきたのはフィオナだった。彼女は、笑顔のまま勢いよく俺に飛びついてきた。


「わっ……」


 フィオナの腕が俺の首に回され、思い切りぶら下がるように引き寄せられる。六年前よりは幾分か身長の伸びた彼女は、その頃より力強かった。


「ヴァリク! 心配していたんだぞ! 結局、救出出来なくてすまなかった! 生き残っていてくれて、本当に良かった!」


 そのまま背中をばんばん叩かれる。流石に身長差があるせいで、フィオナの腕は少し無理な角度になってるが、本人は気にしていないらしい。


「あはは。……久しぶり、フィオナ。無事で良かったよ。最後に見た時、死んだかと思って……」


 俺が言うと、フィオナは「はぁ?」と顔をあげた。


「何を言っているのだ。ヴァネッサ以外、全員無事だ。そもそもだな、わたしたちがそう易々と死ぬわけがないのは分かっている癖に、何故ヴァリクは毎度毎度そうやって、怪我だの骨折だのの心配ばかりするのだ」

「あー、うん。分かってはいるんだけど、癖で……ところで、ヴァネッサ以外ってことは……」


 俺から離れたフィオナは、俺の質問に眉根を寄せた。その表情で、察しがついてしまう。


「ヴァネッサは……おそらく、死んだ。どこを探しても見つからなかったのだ。ライラ以外の生き残りで、一年以上探したのだ。だが……」

「……俺が最後に見たヴァネッサは……山肌に吸い込まれるように落下していたんだ。もしかしたら、岩と岩に挟まれて……再生出来ないくらいに、身体が損傷したのかなって……」


 被験者のほとんどが無事だった。しかし、仲間の一人であったヴァネッサは、どうやら助からなかったらしい。

 俺はヴァネッサのことを思い出していた。

 ヴァネッサは、真っ直ぐの長い白髪が綺麗な、儚い雰囲気の女の子だった。彼女は歌うのが好きで、特に年下の被験者たちに子守唄として聞かせていることが多かった。

 しかし、エリザベス配下の研究員だったエドモンド・カーターに「うるさい」と怒鳴られて酷い折檻を受けてからは、一度喉仏のあたりを指で強く押して、声帯を潰してから喋るようになってしまった。そうすることで、小さくガサガサとしたかすれた声を作ることが出来るからだ。

 彼女は、被験者たちの中で一番怖がりで、他人から怒られるのを非常に苦手としていた。

 そんな怖がりだった彼女の最後が、暗く冷たい岩の中だと思うと、とても悲しくなってくる。涙が出てきそうになって、思わず頭を振った。


「……オスカーは、まだヴァネッサのことを諦めてはいないようだ。今も時々集まって、探してはいたのだが……」

「そっか……」


 俺の返事に、フィオナはわざとらしく大きく深呼吸を繰り返してから、話を切り替えた。


「ところで、ヴァリク。その髪は、まさか」

「え? ああ、エリザベスに染められたんだよ。ほら、根本の方は伸びてきたよ」


 そう言ってしゃがみこんで頭のてっぺんを指差すと、フィオナはまじまじと俺の頭を眺めた後、ほっとしたように溜息をついた。髪の色に、何かあるのだろうか?


「良かった。実は、ライラのことで言っておかなくてはならないことがあって……」

「それは、セシルと同様の状態となってしまったということか?」


 住人に盗んできた馬を預けたらしいレオンハルト殿下が、こちらに向かって歩いてきながら、フィオナの言葉を遮るように口を開いた。フィオナはそれにこくりと頷く。


「その後、ユアンが……ライラの治療をしてくれて……命に別条はないのだが。……と、ところで、ユアンは何者なのだ?」

「え? ユアン?」


 まさか、ユアンの名前が出てくるとは思っていなかった俺は、ぱちくりと目を瞬かせた。

 ユアンは、二年程前に護衛の聖騎士として加わったメンバーだ。

 最初は、ダリオンの補佐としてヘンリーがやってきた。救国の英雄の護衛の仕事はやることが少なくて暇なことが多い。貴族出身のヘンリーを持て余していた事情を知らない上層部の誰かが、そうしたのだと思っている。ダリオンはヘンリーに関して、時々邪魔だと言っていた。でも、俺はヘンリーが話しやすい気の良い人で良かったと思っている。

 その後に平民の出身のユアンがやってきた。ユアンは十五歳で聖騎士の採用試験を楽々突破し、かなりの期待をされたようだ。しかし、知識面と生活態度の悪さが原因で、最終的に救国の英雄の護衛の任務の担当となったと聞いた。遅刻癖と昼寝癖と言葉遣いの悪さと、その他諸々……身体能力以外の全てにダメ出しがあったと本人から聞いた。結果的には、ユアンは俺が今まで接した事のない、突飛な行動が多い性格の人で、彼と知り合えたことは良いことだったと思っている。

 俺は、魔術実験の事など、過去の経歴等を彼らに詳細に伝えたら、ダリオン共々殺処分と脅されていた。だから、最初は周囲に人が増えることに抵抗があった。しかし、ここ二年は、彼らのおかげ幾分か穏やかで楽しい日々が続いていたと思う。その点については、本当に感謝している。


「ユアンは……そのぉ……えっとぉ……ゴホン! ……否、それについては、我から後ほど説明しよう。ライラとセシルだが、不死の魔術式が身体から消失したのだ」

「……え?」


 レオンハルト殿下は、何故かユアンのことを語る前に動揺したように目を泳がせた。しかし、続く言葉に俺は目を見開いた。不死の魔術式が身体から消失した? どうやって?


 その時、視界の端で小さな気配がして、俺はそちらに目を向けた。すぐ近くの建物の陰に、小柄な影があった。こちらをじっと覗いている――ライラだ。

 だが、様子が変だ。


「……ライラ?」


 俺が名前を呼ぶと、ライラはびくっと肩を跳ねさせた。まるで隠れるように、壁の陰にぴたりと貼りつく。


「ライラ、どうしたんだ?」

「……ライラ、諦めろ。ヴァリクにも説明をするのだ」


 フィオナが諫めるように言うと、ライラはまるで逃げ場がないことを悟ったように、しぶしぶゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「……ひ、久しぶり、ヴァリク」


 その声は、どこか不安げだった。俺はそんな彼女の様子を見て、すぐに異変に気づく。


「か、髪の色、一体どうしたんだ!」


 俺が言うと、ライラは俯いた。彼女の髪は、以前の白髪ではなく、黒髪に変わっていた。


「……不死の魔術式が消失した証拠が、その髪ってことか? 一体何をされたんだ?」


 優しく尋ねると、ライラはこくりと頷いた。


「エドモンドに……変な矢で刺された。そしたら、死んだら死ぬになっちゃった」

「エ、エドモンドが!?」


 驚愕に声をあげると、フィオナが横でグッと拳を握った。


「安心しろ、ヴァリク! エドモンドなら、このわたしが! 脳天をかち割って殺しておいた!」

「え……えっ、あー、うん。ありがとう」


 エドモンドは死んでいた。いつの間にか果たされてしまっていた復讐に、俺はしどろもどろになりながら、お礼を言うのが精一杯だった。

 それにしても、ライラが……被験者たちの中でも、一番自分の身体に気を遣うことのなかったライラが、傷がすぐには完治しない身体になってしまうとは。彼女はかなり幼い頃に不死の魔術式を身体に刻まれている。だからか、どうせ治るからと無茶な身体の使い方が多いのだ。


「どこかに我々の拠点を確保していると聞いたが、どこだ? 案内せよ、フィオナ。我はここまでの道中、少しばかりくたびれた。休みたい」

「あ? レオンハルト、場所知らないの? こっちだよ」


 レオンハルト殿下の言葉に、フィオナより先にライラが反応し歩き出したのを見て、咄嗟に身体が動いた。俺はライラの前方で両腕を広げて、何かの飛来物が飛んで来ないかを警戒する。今のライラは、怪我をしてしまったら、普通に怪我をしてしまうのだ!

 フィオナも同じことを思ったのか、ライラの背後に立ち、そっと彼女の両肩に手を置いた。


「ライラよ、わたしがおんぶするから、自分の足で歩くのを止めようではないか。今のライラは、死んだら死ぬのだ。もし歩いていて足が折れたらどうする? 足が折れたら、足が折れてしまうのだぞ?」

「そ、そうだよ、ライラ。俺のおんぶ……は地面から離れすぎるから、フィオナにおんぶして貰った方がいい。フィオナ、頼む!」


 目を細めて俺とフィオナの顔を交互に見てくるライラを、フィオナが無理矢理に背負おうとする。それを見て、俺はさらに言葉を続けた。


「フィオナ! ライラの肩が脱臼したら大変だよ! もっと優しく……!」

「あ、ああ! 承知した!」


 そんな、俺とフィオナのやりとりを眺めていたレオンハルト殿下が、羽織っていたマントをサッと脱いで、地面に叩きつけ怒鳴った。


「馬鹿共がッ! それが普通の人間なのだぞ! 貴様らが異常なんだ、貴様らがッ! いいからさっさと案内せよ! 叩っ切るぞ、クソボケ過保護共が!」

「す、すいません、すいません……!」


 俺は慌てて謝罪したが、遅かった。

 レオンハルト殿下はフィオナの頭に、腰に下げていた剣の腹を振り下ろし、そのままの流れで俺のふくらはぎを刀身でバシンと叩いた。思わず小さな悲鳴をあげてその場にしゃがみこむ。当然、俺のふくらはぎは刀傷を負った。

 俺は内心思った。「叩っ切るぞ」という脅しから、実行までが、あまりにも早すぎる。

 肩をいからせたまま前を歩き始めたレオンハルト殿下は、くるっと俺たちを振り返ると、鋭い声で俺に命令を告げた。


「それ! 拾っておけ!」

「あ、は、はい!」


 のしのしと歩いていくレオンハルト殿下の背中を眺めながら、俺はぼんやりと考えていた。

 ……やっぱり偉い人って、怖いなぁ。

 そう思いながら、落ちていたフード付きのマントを拾い上げた。

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