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前編 原罪

「はぁ、はぁ、はあっ!!」

砂埃が舞う空気を全力で吸い込む。

女は構わず駆ける。ときどき地面に転がる石や瓦礫を飛び越える。

「クソっ!見つかっちまった……!」

かぶっているフードから覗き込むように後ろを見てみると、全身が黒い泥のようなものにまみれた異形の存在が自分を追っている。

「ダメだ、もう息が……。」

目の前が真っ白になっていく。

いくら目を転がしても眩しい光に包まれているように視界がくらむ。


ドガッ。


「う゛っ。」

意識がはっきりしない。何かに引っ張られるような感覚がすると思えば地面に伏して振動を感じている。

「(何かにつまずいたのか……。やつが向かってきやがる。脚が動かねぇ。砂の匂い……。)」

まつ毛にかかる砂埃が不快に感じる。倒れた衝撃で息が詰まり、まるで自分だけの時間が止まったように外の音を感じ取る。

「終わりか……。」

次第に大きくなる地響きと音が間近にせまる。

「ケケケケケ!」

人型なのか。仮にそれを人型とするならば腹部から足元、地面にかけて大きく黒い泥が広がっている。

泥がしたたる触手が伸びる。何本も、うようよと宙を漂い迫ってくる。

意識が朦朧とする。視界がチカチカする中確かに感じる気配。

沈みゆく意識、何も思考できずにいたときだった。


ドガーン!!!


爆風が起こる。

あまりに唐突な出来事に理解が追い付かない。

全身が吹き飛びそうなほどの風、飛び散る黒泥。

気が付けば目の前には異形の存在ではなく、一人の少女が立っていた。

「大丈夫?生きてるかしら?」

緑の衣装に包まれたその少女は、しなやかに伸びた腕を差し出す。

「なんだ、おまえ……。」

「あら、生きてるようね。よかったわ。」

微笑みの表情を向ける少女。

異形を吹き飛ばしたのは少女であると自明である。

飛び散った泥が体に降りかかっている。頬にかすんだ泥で汚れていながらその笑顔は儚げだった。

「はぁ、はぁ……。どうなってんだよクソ……。」

「私は魔法少女ルスクワーロ。この地域の除染に来たわ。」

「魔法少女だと……?」

疲弊した体をゆっくりと起こす。

魔法少女、その言葉を聞くやいなや女は飛び上がり少女に迫る。

「今更何しにきやがったクソ野郎が!!!」

「あら、意外と元気なようね。」

少女は告げる。栗色のツインテールが風になびく。

「ふざけんな!てめぇらがもっと早く来てればオレたちは……!」

少女に殴りかかろうとする。

しかし、異形の存在から逃げるのに全力だったためか女はそのまま倒れこんでしまう。

「あら。」

力が抜け倒れこむ女を少女は抱きかかえる。

「はあ、はあっ……。クソ……。」

「……。」

少女は思案する。

互いに抱えている息も絶え絶えなこの女を横目に。

自分が吹き飛ばした異形の泥にまみれたその顔で見つめる。

「ねぇあなた、私と契約して魔法少女にならない?」

「……ふ、ざけんじゃ、ねぇ……。」

ついに意識を落とす女。

ほこりに包まれたその体はこれまでの過酷さを体現していた。

少女はそんな女を背負い歩き出す。

たとえその奇麗な服装が汚れようとも。





とても長い時間か、またはほんの一瞬か。

深い眠りから目覚めた女は無機質で白い壁面に囲まれた部屋のベッドに横たわっていた。

「なんだ……?」

女はゆっくり起き上がる。

「っ……!」

身体中が痛む。体を動かすたびに骨や筋繊維に痛みがにじむ。

「どうなってんだ……。」

まず自分がベッドにいることを認識する。

慣れない布の感触にわずかな気色悪さが混じった心地よさを得る。

ほのかに青みを帯びた白いライトで部屋が照らされている。

あたりを見回すと、さまざまな機械が自身を取り囲んでいた。

数字やグラフが表示されている。

よく見ると自分に管が伸びて繋がっていることが確認された。

「(なんだこれは……。病院か?なんでオレがこんなところに……。)」

そう考えているところだった。


ガラララ。


「あら、目が覚めたようね。」

緑色の衣装を来ている少女。

「おまえ!!っ……!」

「あんまり動かない方がいいんじゃなくって?あなた、だいぶ疲れているでしょう。」

眠る前の記憶を思い出す。

またも飛びかかろうとするが全身の痛みと機械に繋がれた管が遮る。

魔法少女と名乗ったその少女はしなやかな笑みを見せる。

「ここは一体なんだ!おまえは誰だ!なんでもっと早く助けに来なかった!」

「あらあら元気ね。質問は一度に一回にしてくれる?ちゃんと答えるから。」

コツ、コツと歩みを鳴らしベッドに近づく少女。

ベッドの横にある椅子に腰かける。

「まずは自己紹介からね。私はルスクワーロ。ルスカって呼んでもらっていいわ。魔法少女をやっているの。趣味はたくさん食べることよ。あなたのお名前は?」

「……チッ。」

ギリっと歯を鳴らす。

時計の針が進む音が鳴り響く。

「……ノア。」

「あなたノアっていうのね。素敵な名前だわ。」

「ふざけてんのか?」

「大真面目よ。」

ベッドのシーツが擦れる音がする。

「なんでもっと早く来なかったんだ?てめぇら魔法少女はもう何十年も『オオサカ』に来てねぇって聞いていた。おとぎ話かと思っていたよ。」

「こっちにも事情があるのよ。」

「オレの『家族』はあの怪物に皆殺された。」

「その間も私は多くの人たちを助けていたわ。」

ガシャン!


「おまえらはこの国じゅうの人たちを助けるためにいるんじゃねぇのかよ!」

血気迫るノア。ルスカの胸ぐらをつかむ。

「まぁ落ち着きなさい。ほら、水でも飲んで。」

水入りのコップを差し出す。

「ふざけんな!」

バシャッ。

差し出されたコップをはたき落とす。

水が撒き散らかる。

「なんでもっと早く来なかったんだ!おまえたちがもっと早く来ればオオサカはあんなめちゃくちゃにならなかったし家族は死なずに済んだのに!」

「それは私が最後の魔法少女だからよ。」

ベッドに撒かれた水がしたたる。

ポタリと床に落ちては足元に這う。

「……は?」

ルスカは自分の胸ぐらをつかんでいるノアの手にそっと手を添える。

「昔はもっといたんだけどね……。ごめんなさいね、私がもっと頑張ればあなたにこんな思いをさせずに済んだんだけど。」

怒りに満ちていたノアの手は、ルスカの手によって静かにおろされる。

「……なんだよそれ。ふざけんじゃねぇよ……。」

うつむくノア。

自身の手首から指先にかけて滑らかな肌触りが得られる。

手袋をつけたルスカの手はほんのり冷たかった。

「ねぇあなた。」

ぎゅっとノアの手を握るルスカ。

「あの提案の回答をいただけるかしら。」

「提案……?」

「あら、忘れちゃったの?ほら、私と契約して魔法少女になりましょう!」

ノアは戸惑う。怒りでもなく、焦りでもなく、呆れでもなく。

「おまえの事情はわかったけどよ……。魔法少女ってそんな簡単になれんのか?」

「女の子なら誰でもなれるわ。あなたが見つかってよかったわ。」

ノアは考える。

「あの怪物をぶち殺せるのか。」

「あなた次第よ。」

撒かれたコップの水がしたたり、いつのまにか床に溜まりができていた。

「家族を殺したやつを全員ぶち殺す。協力してくれるよな。」

「もちろんよ。嬉しいわ。」

かくしてノアは魔法少女となる。

怪物への殺意を胸に。

「本当に、あなたのような素敵な心を持っている人が見つかってよかったわ。」



「それじゃあ私は上に伝えてくるわ。魔法少女になる前に色々と身体検査を行うからついてきなさい。」

ルスカは立ち上がりノアに取り付けられた管らを取り外していく。

「……なぁ、そういやここはなんなんだ?病院か?」

「ここは研究所よ。魔法少女の管理と怪物の討伐、被災者の救助を行っているわ。」

「ずいぶんオレがいたところとは違うな。ここはどこなんだ?やっぱりトウキョウか?」

「オキナワよ。」

「どこだそれ?聞いたことないぞ?」

「ニホンの南西にある島よ。」

「嘘をつけ、オオサカより西側はずっと海が続いているはずだぞ。」

「……昔はあったのよ。今あるのは人工島よ。」

「ふーん。」

手際よく処置をしていくルスカ。

「はい、オッケーよ。さ、行きましょう。」

ゆっくりと起き上がるノア。

部屋を出て歩いていく。

部屋を出ると、相変わらず無機質な壁と青白い明かりが続いている。

どこまでも続いていそうな廊下を歩くルスカ。

後ろにノアがついていく。

「そういえばなんで魔法少女って女しかなれねぇんだ?男だって魔法使わせて魔法少年とかにすりゃいいのに。」

「……昔はいたわよ。70年前くらいかしらね。」

「へぇ、そうなんだ。」

「昔はね、性別関係なくいたわよ。でも限られた資質ある人しかなれなかったわ。そのうち技術が発達して女の子なら誰でも……魔法少女になれる技術が発明されたわ。」

「やけに詳しいな。あんたいくつなんだ?」

「あら、レディに年齢を聞くなんて失礼ね。……大体100よ。」

「……は?」

思わす立ち止まるノア。

ゆっくり振り向きルスカは告げる。

「私ははじめて魔法少女ができたときの時代の生き残り。魔法少女は年を取らないの。ちなみに怪物からの攻撃以外で怪我をおうこともないわ。まぁ、同じ魔法少女同士なら少し傷つくことならあるけれども……。」

「なんだよ、それ……。」

「ごめんなさいね。騙したつもりじゃないんだけれども。」

「なんだよそれ、最高じゃないか!」

ノアは興奮する。

「つまりあのクソ怪物どもを全員ぶち殺せるってことだろ!?最高すぎるぜ!今すぐ魔法少女にしてくれ!」

「あなた……。イカれてるわね。」

ルスカが笑みをこぼす。

哀れみがただよう眼差しで。


「ついたわ。あなたはここで身体検査を受けなさい。あなたが魔法少女になると言ってくれたら連れてくるって言ってあるから。」

「おう。でもそういうのってもっとこう手続き?とかあるんじゃないか?」

「……人手が足りないのよ。」

「ふーん。よくわかんねぇけどまぁいいや。じゃあまたな!」

「えぇ、元気で。」

他と比べると重厚感のある扉の前で二人は別れる。

扉の上には四角いランプが取り付けられていた。

「入ればいいのか?上になんか書いてあるけど……。文字が読めねぇからわかんねぇや。まぁいっか!入るぜ~。」

ウィーンと扉が開く。

中には様々な医療器具が配置されていた。

大きなモニターが壁に何枚もあり、中央には寝台。特徴的なのは天井に大きな丸いライトがあることだった。

「ん?誰もいねぇぞ?おーい!誰かいねぇのか?」

特に返事はなかった。

ノアは不思議に思いながらもとりあえす中央の寝台に向かう。

「ベッドか?疲れたからとりあえず横になるか……。」

ノアは少し高い寝台に横たわる。


ガチャッ。


奥の扉から何者かが出てくる。

驚いたノアは寝台の上から降りるでもなく寝そべるでもなく、中途半端な姿勢でかたまってしまった。

「おや、来ていたのですね。ここにいるということは魔法使いになることをお決めになられたのですね。大変嬉しいです。」

白衣でおおわれた高身長の人間。

頭部全体が真っ白い被り物に包まれておりその奇異な外見から判断はつかないが、声色からして男性であった。

「なんだおまえ!!キモ!!!」

「これはこれは手厳しい。研究をする上で必要な装いなのですよ。」

落ち着いた口調で話す男。

「ていうかいたのかよ!なんで呼んでも出てこなかったんだ!」

「失礼、この部屋は防音となっておりまして。根本的に音が聞こえないのですよ。あぁ、そのままで大丈夫です。どうせそこに乗っていただく予定だったので。」

男は歩きだしノアに近づく。

「私はイドと申します。魔法使いになるにあたって必要な身体検査を行う研究員です。」

そう言いながら手を差し出すイド。

「……ノアだ。」

渋々出された手に握手をかえすノア。

「あなたがノアさんですね。ルスクワーロさんから話し聞いております。ふむ。脈は正常、血圧が少し低いですね。しっかりと食事を摂れていないようだ。あとで栄養十分な食事を提供するよう手配しておきます。」

「な!」

思わず手を振り払うノア。

「手を握っただけでそんなことも分かるのかよ!飯は……ずっと外にいたんだ、まともなものが食えるはずがないだろ……。」

「それは大変でしたね。ここにいる限りは安全な寝床と十分な食事を保証しますよ。」

「ほんとか!最高だな!ずっとまともな飯が食えてなかったんだ、飯が出るってだけで最高だわ!」

寝台に腰かけた状態で腕をふるノア。

「……家族のやつらも一緒にこれたらよかったんだけどな。」

「……失われた家族の無念を晴らしに魔法使いに?」

「そうだ。オレに残されたものは正直何もない。生きていてもしょうがないとさえ思っていたよ。でも……家族の皆と一生懸命生きてその結果オレが生き残った。そんなところにこのオレが魔法少女になるチャンスがきた。これはもうあの怪物らをぶち殺せっていうことだろ!それがオレの使命だ!」

「素晴らしい。素質がありますよノアさん。」

イドは拍手をする。

「となれば早速身体検査の方を進めていきましょう。そちらに寝そべってください。」

ノアはとりあえず言われたままに横になる。

「こちらのをつけてください。」

管が伸びている透明なマスクを差し出される。

「なんだよこれ、変なもんじゃねぇよな!?」

「空気を通して体内の様子を分かりやすくします。造影剤のようなものです。お気になさらず。」

「そ、そうか……。」

気がすすまないものの恐る恐る顔に透明なそれをつける。

すると、ほんのりゴムのような匂いがしたのちノアの意識は途切れた。

「さて、それではやりますかね……。」

イドはノアが眠りに落ちたことを確認すると機械や医療器具の準備をし始めた。

注射器、点滴、そしてメス。

「久しぶりなので楽しみですね。」

天井に吊るされていた丸いライトが光る。

逆光で黒くうつるイドを横にノアがしばらく目覚めることはなかった。









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