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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大好きなぬいぐるみを捨てようとしたら、

作者: 千翠


僕は小さい頃から人と話すのが大の苦手だった。


「友達になりたい」というその一言が言いたくても、

いざ人の目の前に立つと喉がカラカラになって頭が真っ白になって何にも話せなくなってしまう。


小学生の最初はそれが辛くて悲しくて、毎日泣きながら家に帰った。


「友達がほしい」と泣き続ける僕を見かねて、お母さんがあるものをプレゼントしてくれた。


真っ白いクマのぬいぐるみ。

夜寝るときに抱きしめると落ち着くくらいの大きさの。


黒い綺麗な瞳はまるで宝石のようで、

初めて出会ったときは嬉しさのあまり家の中をどこへでも連れて回った。


僕にとって初めての友達だった。


嬉しいこと、辛いことがあればいつも話しかけた。


この子は僕の言葉を否定しないし、笑わない。



何よりも大切なこの存在に僕は「白」という名前を付けた。

僕のどんな気持ちも受け止めてくれる、まるで絵の具の白みたいな存在。


気付けば白は、僕の人生を支える重要な要素となっていた。



白と出会ってから年月はいつの間にか過ぎ去り、

気づけば大学生に、そして一人暮らしをする歳になった。


随分と成長してそれなりの大人に近づいても、

毎日の出来事を白に話して、そして白を抱きしめながら眠る。


そのルーティンは人生にもう染み付いてしまっていた。




「この前彼氏の家に行ったら古びたぬいぐるみがあって、めっちゃ蛙化でした」


「女の子じゃないんだからいい加減捨てなよって感じですよね」



あるときテレビを見ていたら、「蛙化」というテーマに対して女性がこんなふうに答えていた。

僕ももう大学生になって、ある程度は友達も作れるようになってきて。


だからやっぱり、彼女が欲しいなんて思ってきてしまうお年頃で。


「そっか……ぬいぐるみ持ってる男は蛙化なんだ」


家に女性を招き入れる予定なんて全く無いけれど、それでも気になってしまう。


というかそもそも毎日ぬいぐるみに話しかけて、

しかも抱きしめながら寝ている19歳の男なんてどう考えてもドン引き案件だろう。


「白とお別れをしなきゃいけないタイミングなのかな」


そう呟いた僕の声は宙に消えていったと思っていたから、

黒く光る綺麗な瞳がこちらを見つめていたなんて気づくはずもなかった。




うじうじと一週間悩んでようやくお別れをする決心がついた。


というよりも正直、決心なんてつかないから勢いで捨てるしかないという気持ちになっただけ。



ゴミ袋に白を入れて玄関口に置く。


なるべく白を見ないように。

だってそうしないと、行かないでって言ってしまうから。


明日の朝ゴミ捨て場に出すんだと決めて。



ふと気になって玄関口を見つめてしまう。


袋に入れられた白が悲しそうに暗がりでポツンと座り込んでいる。


……ごめん、ごめん白。



僕は堪らない気持ちになって大急ぎで白に駆け寄り、袋から出してぎゅっと抱きしめた。


ボロボロと流れる涙が抑えきれなかった。


いつだって僕の味方でいてくれた。

何もできないへなちょこな僕の側に居てくれた。


辛くて悲しい夜に君が寄り添ってくれたから、僕は何とか今日までやってこれたんだよ。



「ありがとう……大好きだよ、白」


離れたくないんだ、本当はずっと側に居てほしいんだ。

だってこれから先の大学生活で苦しんだら、就職活動で落ち込んだら。


一体だれがそれを受け止めてくれるというの?



白、僕には君しかいないけど。


でも僕が君の側にいられる年齢はもう過ぎてしまったと思うんだ。



「しろ、いかないで……」



そう言いながら白をぎゅっと抱きしめて、冷たい玄関口で泣きつかれて眠ってしまった。

小学生ぶりにそんな無茶な泣き方をしたと思う。



「……白はどこにも行かないよ」


「だからずっとそばに置いて」



ふわりふわりと頭を撫でられるような気がする。


遠い昔お母さんに抱きしめてもらっていたときのような温かさと、

それ以上に感じるゴツゴツとした感触。


落ち着く香りと、耳に届くのは甘く響く落ち着く声色。



「葵くん、捨てないで」


都合のいい夢なのかもしれない。


僕が白を捨てないで良いように、白にそうやって喋らせる夢。



「……白、ずっとそばにいて」


僕のその言葉に、誰かが「ふふ」と優しい微笑みで反応した。


そうして頬に柔らかな感触が降り注ぐ。



僕は長い微睡みの中からようやく目を覚まして……。




パチリ。


目を開けた瞬間ありえないほど至近距離に人がいることに気がつく。


というより、その人の足の上に乗り上げて座っており向かい合わせで抱きしめられている。



白い雪のような肌に、金髪に近いサラサラとした髪。

お顔は恐ろしいほど整った造形をしていて、何よりその瞳が。


「きれいな黒……」



じっと見つめるその目はまるで黒曜石のように美しい。


僕があまりにも熱心に見つめているからか、目の前のその人は可笑しそうに笑う。


「葵くん、この目が大好きだもんね」


そう返されて、


「うん、そう……じゃなくて!」


ちがう、ちがうんだ。


この人にかつてないほどの安心感を抱いているから気づいてなかったけれど、

僕は一人暮らしなんだから、この綺麗な男の人がいるのはおかしいことなんだ。



ようやく気づいた僕が目の前の人から離れようと身をよじっても


「だーめ」と囁かれてより強く腰を抱き寄せられるばかりで。



「葵くんだってほんとは気づいてるくせに」


「目の前にいる男が、自分の愛してやまない『白』だってこと」


その声は僕を溶かす毒みたいに脳みそに浸透してきて、


「あ」と気づく前に更に力強く抱きしめられてこの人の肩に頭を引き寄せられる。



ぎゅうっと抱きしめられるその手の大きさに、自分よりも大きく力のある男性なんだと気付く。

これまではずっと僕が抱きしめてきたっていうのに。


「白のこと、どうして手放せるなんて思ったの?」


「葵くんは彼女が欲しいんだってすっごく悲しかったなぁ」



まるで「離さない」とでも言うように僕を抱きしめるその手が実は微かに震えていることに気がつく。


声こそ間延びしていて飄々としているけれど、この人はこわいんだ。


僕と同じように、離れることが。



ゆっくりと頭を撫でられる。


表情は見えない。



「白は葵くんの人生の最期まで側においてもらって、葵くんの棺に一緒に入れてもらう。

天国でもずーっと一緒にいるんだって、それが白の夢だった」


声も少しずつ震えてきて、不安が押し寄せているのに気がつく。


「なのに葵くんが白のこと手放そうとするから白は悲しかったよ。

だから神様にお願いして、人間にしてもらった。」



いつか聞いたことがある。


あまりにも愛情を注ぎすぎたぬいぐるみは、あるとき人間の姿に変わることがあると。



僕の頭を撫でていた手の動きが止まり、離れていったかと思えば。


両の手でぎゅうっと、もう逃さないというように抱きしめられる。



「……ねぇ、責任取ってよ。白は葵くんのせいで人間になっちゃったんだから、」


「だから他に彼女なんて作らないで、白のことだけ愛してよ……」



僕はその声を聞きながら、ふと思い出した。


白にいつか抱きしめてもらえたらどんな気持ちになるんだろうって想像したこと。



いつも僕が抱きしめるばかり抱きしめ返してなんてもらえなかったから、

いつか抱きしめてほしいなって、そんな夢を見ていたこと。



「……いとおしい、なんだ。」


僕の言葉にビクッと反応した白は、


「なに、彼女のはなし?やめて、葵くんは白だけの」


冷たくブルブルと震えた声で抗議しだすから、僕はそれを遮って言った。



「そうだよ、僕は白だけのものだよ」



ぐいっと白の腕を掴んで少しだけ距離を開ける。


大好きな黒い瞳をしっかりと見つめられるように。



驚いたように目をまん丸くしている白の瞳は、やっぱり泣いているようでとろりと溶け出していた。



「白、死ぬまで僕と一緒に生きてよ」



白が人間だったら良いのにって何度も考えては打ち消してきた。



僕の言葉にもげるほど頷いて見せた白は、



「葵くんの彼女は白。葵くんの友達も相談役も、ぜーんぶ白だよ」


「ずーっと一緒にいて。もう白のこと捨てるなんて言わないで。」



そう言って甘えたように今度は僕の肩に縋りつくようにしてきたから、


いつもみたいに抱きしめてあげた。



「葵くんは不器用だから、白がいないとだめだもんね」


そう言って楽しそうに「ふふ」と微笑む白を見つめて、



僕は何よりの幸せを噛みしめていた。




「そういえば白、身長何センチあるの?」


「180㎝ぐらいかな。

この前葵くんが『かっこいい』って言ってた漫画のキャラの身長とおんなじ」



葵くんのかっこいいもかわいいもぜーんぶ白のものにするよ



そういって甘ったるく耳元で囁かれるから顔が熱くなってしまう。



どうやら僕は長身で美形な元ぬいぐるみに、


重たく愛されてしまっているみたいだ。



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