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上越線ハンドル訓練

 年が明けても、ツバサはぐんま車両センターで自主勉に励み、手が空いたらC58の中間検査の様子を見学した。

 台車、ボイラー、運転室、炭水車等に分解されたC58の検査は順調に進み、まもなく組み立てが始まる。組み立てが終わると、上越線での試運転の後、秩父鉄道へ戻って営業運転に就く。

 正月休みが終わると、ミサシマがぐんま車両センターに帰ってきて、再びD51‐498に火が入れられ、ツバサとミサシマの甲種蒸気機関車運転免許取得への最後のステップ、本線上で実際に客車を牽引した訓練列車の運転が始まる。ツバサは機関士見習いの腕章を左腕に付け、帽子に白い鉢巻を巻き、首からはいつも身につけている懐中時計を下げた。

「気合十分。」

 ツバサはつぶやくと出庫前の点検を行い、機関車をぐんま車両センターから高崎駅まで回送させる。

 正月休みの間に上越線の沿線に何があるのか、この区間ではどのように運転すればいいのか等、必要な事は正月休みの間、頭に叩き込んだ。それを思い出しながら、機関車の後に3両の旧型客車を連結し、高崎駅を出発した。

 滑り出しは好調。だが、問題はこの先だ。

「上越線は登りが下りで降りが上り。」

 と、かつてミサカが言っていた。上越線の高崎から水上へ向かう下り列車は、山岳地帯目指して上り勾配を延々登っていく。これはSLも同じであり、SLの撮影をする際は上り勾配を進むため煙を多く吐く水上行き下り列車を狙うのがおすすめという意味でミサカが言っていたのだが、運転する側になると大変さが分かった。

 機関助手は石炭をくべるところで一気にくべて火床を作り、水をボイラーに送って蒸気を作る。釜の状態を考えて運転する。失敗すると空転するか、ボイラーを壊すことになる。新前橋を発車。次の停車駅は渋川。渋川までは序の口だ。問題は渋川より先だ。一気に山岳地帯に突入し、上り勾配やカーブ、そしてトンネルが暗い口を開けて待ち構えている。

 渋川で少し停車するが、その間に機関助手は炭水車の石炭を馴らす。それが終わると今度はこの先の上り勾配に向けて火床を作るための釜焚きだ。

 汽笛を鳴らす。列車は渋川駅を発車した。

 発車してすぐ、利根川を渡る大正橋を一気に駆け抜ける。直線区間で勾配が緩いこの鉄橋で、蒸気機関車は勢いを付けてこの先の上り勾配に挑むのだ。そのため、水上を目指す下りのSL列車は当然この橋でかなり煙を出すため、SL列車が運転される日は多くの鉄道マニアがこの橋の下で列車を撮影しようと待ち構えている事が多い。

 トンネルが近付いてくると、ツバサは加減弁を少し閉めて煙を抑える。

 それでも、トンネル内では逃げ場を失った大量の煙が運転室を襲う。煙の熱気が、ツバサを苦しめる。ツバサは、首に巻いたタオルを噛んで耐える。冬場でもトンネル内は摂氏50℃にもなることがある運転室。もはや蒸し風呂状態だ。実は、ツバサは熱いのが苦手である。以前、明里に無理矢理混浴風呂に連れて行かれた時に明里とサウナに入った事があったが、あまりの熱さに耐えかねたツバサは、僅か2分でサウナを飛び出して水風呂に飛び込んだ。運転室でタオルを噛んで必死にトンネルの出口を探すツバサは、そんなことを思い出した。

 ようやくトンネルを出ると、列車の進行方向右側に綾戸ダムが見える。ダム湖に沿って、列車を進める。岩本駅を通過すると再度トンネルに突入する。

 なんとか、沼田駅にたどり着き、列車を停車させる。

 僅かな停車時間中に、ミサシマが釜焚きをする。ミサシマは、蒸し風呂状態の運転室でも釜焚きをしているのだから、汗びっしょりだった。だが、それはツバサも同じだ。ツバサには、寒暖の差が襲った。トンネル内では蒸し風呂状態だったが、今は1月上旬で当然寒く、渋川を出ると雪が積もっている所もあった。トンネル内では蒸し風呂、トンネルを出ると冷たい外気が窓の隙間から入ってきてツバサを襲う。火室の焚口の前にいるミサシマは、それほど影響はないが、ツバサは窓の隙間等が近くにある上に、焚口から少し離れているため、寒暖の差に襲われる。それでも、列車を前に進めてどうにか水上駅にたどり着いた。

 水上駅の転車台で、機関車の向きを変えた後、昼食休憩。

 その後、今度は高崎までの折り返しだが、高崎行き上り列車は、水上駅を出るとすぐにトンネルに突入する。つまり、加速中にトンネルに入るのだから当然、煙や蒸気が入ってきて運転室はとんでもない熱さになる。

 15時20分。高崎に向け訓練列車を発車させる。

(頑張れ。)

 と、ツバサは自分に言い聞かせて、列車をトンネルに突入させる。

 灼熱の煙と蒸気が運転室に流れ込んでくる。煙で出口は見えない。トンネルに、蒸気機関車のドラフト音が響き渡る。息もできない熱さだ。ツバサは、タオルを噛んで耐える。

 トンネルの出口はまだ見えない。タオルも噛みちぎれてしまいそうになる。

 僅かに煙が明るくなった。

 ようやくトンネルを抜け、ツバサは安心した。



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