ツバサの実家
年末になると、SLの運転は無くなった。
ミサシマは一度長野に帰ると言うが、ツバサは長野には帰らず実家に帰ると言うのだ。
それを聞いたミサシマは驚いてしまった。
「どうしてだ?お前のことを追い出した親に会ってどうするんだよ?」
「別に。ただ近くに来たから顔だけ出してだ。それに、俺はまだ仮免許の状態みたいなもんだ。もう少しこっちで勉強したい。」
と、ツバサは言った。
ミサシマが長野へ帰った日、ツバサは高崎線で実家のある鴻巣に向かった。
ホームの階段を上がり改札を抜ける。駅の様子はツバサがこの町を離れた時から変わっていなかったが、実家のある西口に中型のマンションが新たに建設されていた。
実家への道は、うる覚えでしか覚えていない。かすかな記憶を頼りに実家へ向かうが、以前、追い返されたトラウマが蘇る。そもそも、長い事実家に帰らなかったため、どんな顔で実家に帰ればいいのかも解らなかった。それでも、どうにか実家にたどり着いた。しかし、ドアホンを鳴らすのにかなりためらった。どうにかドアホンを鳴らした。玄関からツバサの父が出てきた。
「父さん。」
「なんだ?ツバサか?どうしたんだよ。」
父は意外なことに好意的にツバサを迎えてくれた。
「JRの研修でこっちに来たんだ。近くに来たのに顔も見せないのはどうかと思ってね。」
「JRの研修?しなの鉄道で運転手になったというのに、まだ研修するのか?」
「ああ。実は俺、蒸気機関車を運転するための研修を受けているんだ。」
と、ツバサは言ったが、そこで父は半信半疑の顔をした上、一緒に聞いていた母親も「何を言っているんだ?」と思ったらしい。
「蒸気機関車をツバサが?」
「ああ。もう高崎の機関区の中だけだけど、動かしているよ。」
「明里さんを放り出して、そんなことをするのか?」
いきなり父が言った。
「いや、明里には話をした。明里は妊娠しているにも関わらず「やりたいことをやれ。」と言って俺を送り出した。」
「つまりそれは、お前はいらないと言う事なんじゃないのか?」
父の言い分が解らなくなってきた。
「家に帰ってきたのも、本当は明里さんに追い出されて、しなの鉄道をクビになったんじゃないのかね。そうなるんじゃないかと思っていたが、やっぱりそうなったか。JRに入っていたら、もっと楽に暮らせた物を。バカな奴だ。」
「勘違いするなよ。俺は明里が心配で明里が妊娠しているのに、こんなことしていていいのかって思った。だが明里はこう言ったんだ。「私は大丈夫だから。やりたいことをやっていて。私のせいで蒸気機関車の機関士になれなかったら可哀想だから、私のことは気にしないで。」って。一日に一回電話するけど、決まって明里はこういうんだ。」
「明里さんはこう言っていると言うが、ならなんで実家に帰ってきたんだ?」
「そりゃさっき言った通りだ。」
徐々に喧嘩腰になってくる。
「ツバサ。馬鹿も休み休み言ったらどうだ。お前が蒸気機関車を動かせるはずがない。」
「なんだと!」
ツバサは怒鳴った。
「なんで勝手にそう決めつけられんだ!何の根拠があって言うんだ!来月までの訓練が終われば旅客列車を使用した本格的な訓練が始まって、しなの鉄道が復活させたD51と共に長野に戻る。そうなってんのに、なんであんたは勝手に蒸気機関車を動かせるはずがないと決めつけるんだ!?信じられないなら、年明けに、ぐんま車両センターに来てみろ!」
「行く価値もない。お前に話すことはない。明里さんと仲直りすんだな。」
思った通りの事になった。
ツバサはかんかんになって実家を飛び出し、そのまま、ぐんま車両センターに戻ってきて、蒸気機関車が居る機関庫に戻ると、作業着に着替えて車庫の中で火を落としたD51‐498に登った。
「ふざけんじゃねえ。ここまでこられたのも、姉ちゃん、美穂、そして明里がいたからだ。「やって来い」ってみんなが送り出してくれたから、俺は今ここにいるんだ!ふざけんな!」
ツバサは蒸気が抜けたD51の汽笛弁を引いた。
いつも身につけている懐中時計が逆転機レバーに当たったが、蒸気は抜けているので汽笛は鳴らなかった。
(結局、関東地方は俺の居場所じゃ無いのか。)
と、ツバサは思った。
隣りの車庫では、秩父鉄道のC58蒸気機関車の中間検査が行われていて、年末でも車輪を叩く音やクレーンの動く音等が響いていた。
音のないD51の車庫に、微かに隣りの車庫の作業音が寂しく聴こえていた。




