表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

JR東日本ぐんま車両センター

 シミュレーター訓練の後、残ったのはツバサとミサシマの二人だけになった。

 二人はこの後、JR東日本高崎支社で本物の蒸気機関車を使用した訓練に挑むことになる。

 二人は電話でしなの鉄道にこれを報告した。電話でしなの鉄道の社長は、

「JR東日本組は二人とも落ちたか。」

 と、溜め息混じりに言った。だが、これから始まる訓練は、ミサシマはもちろん、ツバサにミサカが諦めた理由を嫌と言う程知ることになるのだった。

 JR貨物高崎機関区、及びJR東日本ぐんま車両センターの間の出区線を蒸気機関車で往復する他、上越線にて旅客を乗せない訓練列車を牽引する。この訓練を終えると、甲種蒸気機関車運転免許が公布されるのだ。

 JR貨物の高崎機関区に行くと、機関区の外れにある、ぐんま車両センターの蒸気機関車専用車庫の中にD51‐498とC61‐20が止まっていた。

「明日からは主にD51を使用した訓練を行う。」

 と、教官機関士と機関助手に言われる。

「明日の訓練内容は火入れだ。」

 火入れとは、その名の通り蒸気機関車の火室に火を入れる事だ。火を入れた後、蒸気圧を上げて蒸気を安定させるまでには約3時間かかる事は訓練センターで学んでいた。だから、明日の訓練も難なくこなせるとミサシマは驕っていた。

 次の日の朝、D51‐498の火室に薪と石炭が入れられ、最後に火を付けた新聞紙が放り込まれた。

「ガランガラン!ガランガラン!」

 石炭をくべる音が車庫の中に響きわたる。

ミサシマが教官に教えられながら、訓練センターで学んだ通りの手順で炭水車の水をボイラーに入れる。そこかしろから、蒸気が噴き出す。煙突から煙が出て来る。とにかく石炭や水をバランスよく入れて蒸気を安定させる。炎と闘うこと3時間、ようやく蒸気が安定した。

 すぐ近くのJR貨物高崎機関区では、ボタン一つでEH200型電気機関車が起動するのに対し、こちらでは3時間かけてようやく動けるようになった。この時点でもう、ただの機械では無いと実感する。

 火入れの後は、機関助手見習いのミサシマは機関助手の行う事をやり、機関士見習いのツバサも同じだ。

 とにかく熱いのだ。目の前に灼熱の炎が燃える火室とボイラーがあるのだから熱い。その熱さは、釜の焚口に飯盒をかけるとご飯が炊けてしまう程だ。

 この日は、火入れと保火番を行う。

 保火番とは、機関車の火を保つ事だ。蒸気機関車の火は、運行期間中は消さないように保たなければならない。火を付けたり消したりすると、ボイラーが伸び縮みして傷む恐れがあるからだ。それを防ぐために、人が24時間交代で機関車の火の面倒を見るのだ。

 一日で、はめていた軍手が真っ黒になったミサシマは、この時点で本物の蒸気機関車を扱う事がいかに大変なことか実感し、驕りはどこかに消え失せてしまった。

 次の日は、JR貨物高崎機関区とぐんま車両センターまでの出発線を往復する。

 ツバサは気合十分だった。いよいよ自分の手で蒸気機関車を動かすのだ。

 シミュレーターで運転の方法は頭に入っている。だが、実際の運転はシミュレーターでは無かった事に注意しなければならない。特に車の運転でも必要な危険予測運転は重要だ。それから、車庫から転車台に乗るまでの出庫も、繊細な作業が要求される。

 時速1キロにも満たない速度で慎重にD51を転車台に乗せ、転車台で進行方向を変えて出庫線までバック運転で進み所定の位置で機関車を止める。

 入換信号に進めと表示されると、短い汽笛を鳴らして機関車を発車させる。

 最高速度は25キロだが、運転席から見るとかなり速く感じる。停止位置で機関車を止めると、今度はバックで発車した場所まで戻る。これの繰り返しだ。機関助手になれたのはミサシマだけだが、足りない分をベテラン機関助手が補う。「いきなり全部を若い連中に任せたのでは、こっちが不安だ。」と言うしなの鉄道のベテラン運転士の意見を反映したため、しなの鉄道で運転する際は、新人二人に対しベテランが一人となることが最初から決まっていた。特にツバサを一人前に育て上げた海老原教官は「三奈美は技能においては国鉄OBの連中に引けは取らない程、良い腕を持っているが、精神面で心配な点がある。」と、ツバサの事を心配し、規定の時間を過ぎた後も、ツバサを見習い運転士から本務運転士に昇格させることはせず、気になる部分を徹底的に鍛え上げてから本務運転士に昇格させた。定年退職したが、ツバサが甲種蒸気機関車運転免許を取得すると知った時も、海老原教官は真っ先に「精神面で心配だ。変なプレッシャーに弱い上、何かの拍子に過去のトラウマが蘇る事もあるからな。こいつは変にプレッシャーをかけたり、停止位置4と言っておいていきなり別の停止位置に変更したりしたら直ぐに焦ってしまう。」と伝えた。

 ツバサの後に居る教官は、海老原教官から聞いたことを覚えていた。そして技とツバサに非常ブレーキの操作をさせた。

 案の定ツバサは一瞬焦りの表情を見せたが、危険があるのだと判断したらしく非常ブレーキを冷静に操作した。

 だが、これはまだ序の口でこの後も、発車時に噴射するドレインを噴射した後に、「ドレインを忘れてないか?」とワザと訊いたり、技と踏切で空転しやすくして技と空転させたりと、ツバサを焦らせようとした。こうすることで、焦っても冷静に対処出来るように鍛えるのだ。

 しかし、ツバサは聞いていたよりも冷静で、空転が起きても瞬時に砂を撒く等の操作をし、ドレインを噴射した後、「ドレイン忘れてるぞ?」と言っても「既に噴射しましたが?」と言ったり、忘れたかと思って噴射させたりして、いたって冷静だった。

(シミュレーター訓練で、焦ってやってはいけない空転時の圧縮引出しをしたと言うが、思ったより冷静だな。)

 と、教官は思った。

 その後の訓練でも、ツバサは至って冷静であった。

 ある日、海老原教官が直々にツバサの様子を見に来て、海老原教官の前で機関車を動かしたがそれでも、ツバサは冷静だった。

「成長したな三奈美。」

 機関車から降りてきたツバサに、海老原教官はこう言った。

「これからは、三奈美や美佐島のような若い連中が次の世代に蒸気機関車の運転技術を継承していくのだからな。正しい運転技能と、安全に関する事柄、そして乗客とのコミュニケーション。これをしっかり学んでから、しなの鉄道に戻るんだぞ。特に三奈美。君は、技能はものすごく優れている。さっきの運転でも分かった。だが、心身の状態に非常に敏感に反応するのが蒸気機関車だからな。悩み、怒り、焦り等のほんの小さな物でも、運転席に乗せるな。」

 ツバサとミサシマに海老原教官言い、二人はそれに敬礼して答えた。

 上田に帰る海老原教官を見送る時、機関区にはこの日の運転を終えたC61蒸気機関車が帰ってきた。ぐんま車両センターには生きた蒸気機関車が2両居る。

「日本の鉄道の歴史の70%近くは蒸気機関車が築いた物だ。高性能な電車が走る現在だが、その前には、多くの人の手によって力強く走る蒸気機関車が活躍する時代があった。そして蒸気機関車というものは、産業革命の象徴的な存在でもあった。現在に生きる蒸気機関車は、日本、いや世界の産業遺産のようなものだ。そんな物を動かす技術、取りこぼさぬよう、道一筋に学べ。」

 海老原教官は二人に言い残し、ぐんま車両センターを後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ