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明里の出産

 持田明里。

現在は三奈美明里で、苗字が三奈美になっている。

ミナミツバサと結婚しても、彼女の周りは恵まれていた。半ば追い出されるように長野へやって来たミナミツバサも、遠距離恋愛時代以上に笑うようになった。いや、これがツバサの本来の姿だ。

彼と知り合ったのは中学時代だ。最初はただ見た目が可愛いからと言う理由でからかいに行ったのだが、ちょっかいを出すうちになぜか彼に惹かれ始めた。

自己紹介の時、彼は鉄道マニアだと言い、鉄道の事になると目を輝かせ、いつも笑顔で明るかった。音楽の授業前や体育の時には音楽室や校庭から見える高崎線の線路を眺めていて、そんな彼にいきなり抱きついてみたら彼は驚きもしなかった。彼からしたら(またか)と思っただけかもしれないが、明里からしたら(なんで驚かないの?)と不思議に思った。そして、そんな想いは彼に対する知的好奇心を抱かせた。だが、彼女は両親の都合で長野へ引っ越すことになってしまった。引っ越した後はもう彼には会えないと思い、忘れようとしたが忘れられなかった。そして奇跡が起きた。廃線になる長野電鉄屋代線の撮影のために長野を訪れたミナミツバサと、偶然再会しそれ以来、遠距離恋愛が始まった。だが、遠距離恋愛中の彼は中学時代とうって変って暗い雰囲気に包まれていた。それでも明里に会おうという思いで必死に前に進むツバサに、明里は心惹かれた。

ツバサはなぜ明里の事が好きなのか分らないが、自分が好きな人が自分のことを好きでいてくれるので十分だった。

出産に備え長野県小諸市の須田医院に入院して以降、彼女の両親や姉の萌、親友の出羽美穂が献身的に付き添ってくれた。しかし、彼、ミナミツバサの両親は一度も来なかった。彼の両親は彼がしなの鉄道に就職すると、彼とほとんど連絡を取らなくなり、結婚式にさえも来なかった。そして、自宅を購入する時も、彼の両親は何も言わず、報告のために一度実家へ帰っても、追い返されたという。

彼は今、SL機関士になるため奮闘している。明里は子供が元気に産まれてくれるよう祈ると同時に、彼がSL機関士になれるよう祈った。

持田萌はそんな明里を見守る明里の姉だ。

ツバサからは、「姉さん」と呼ばれたためツバサの事を弟のように思っていた。短大でいじめに逢い、精神病にかかって留年、退学してしまい夢を見失っていた萌を、ツバサは自分も大変だと言うのに明里と共に励まし、支えてくれた。結果、自分は音楽関係の仕事がしたいという夢を思い出し、必死に勉強してピアノ講師になれる資格を取り、松本市内の音楽店兼音楽教室でピアノの講師として働き始めた。

明里が出産しそうだと言う時、萌は仕事が終わると大急ぎで明里の元へ駆けつけた。

「お姉ちゃん。」

 分娩台に向かう明里は萌を見付けた。

「ツバサには言わないよ。」

「うん。今日ツバサは試験だって。だから試験が終わった頃に―。」

「試験が終わった頃じゃなくって、明里が無事に赤ちゃんを産んでからね。どうせ奴は夕方から夜じゃないと連絡つかないしね。」

「うん。」

 明里は笑顔で応えた。 

 それからすぐに、両親も駆けつけた。

 待合室で、萌は小諸の町を眺めていた。萌は長野県が大嫌いだった。しかし、関東からやって来たツバサと出会ってからなぜか長野県が好きになった。そして、東京に行くより長野で夢を叶えようと思い、松本市内の音楽店兼音楽教室に勤めることにした。

「ボオーッ。」

 遠くからSLの汽笛が聞こえたように思ったが、気のせいだった。

「オギャーッ!」

 と赤ん坊の鳴き声が聴こえてきた。

「産まれた?」 

 萌が言って、しばらくすると看護婦が出てきた。

「産まれました!女の子です!」

 と、看護婦は教えてくれた。両親は歓声を上げ、萌はすっかり安心した。

「よく頑張ったね。明里。」

 と、待合室に出てきた明里に声をかける。この日の夕方、萌はツバサに連絡すると、彼はちょうど試験を終えて合格と知ったところだったらしい。

 電話が切れた時、また遠くから汽笛が聞こえたように感じた。

 萌は明里に、ツバサが試験を合格したと伝えた。

 明里はニコリと笑ったが、

「当然よ。」

 と言った。

「私も、合格すると思ってたよ。」

 と、萌も笑って言った。


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