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出発の汽笛

「SLしなの」の試運転一番列車が運転される日、小諸駅前の停車場ガーデンでは持田明里が主導の下、列車を迎える用意をしていた。

 手伝いに来た姉の萌は、娘の愛美子の世話係をし、それ以外の人達は横断幕の用意をしていた。

「ここはこうでこうだから―。」

 と、明里の友人の出羽美穂が見よう見まねで横断幕の用意をしていると、

「こんにちは。」

 と言って二人のメンバーが加わった。

 直江みずほと秋月こだま。長野市の信州善光寺大学の大学院に通う大学院生で、通学の際に列車の撮影をしていたこだまに、ミナミツバサが声をかけてからの仲である。こだまとみずほが付き合っているのも、ツバサが相談に乗ったおかげでもあった。

「言われた通り、クラッカーは音だけのタイプを持ってきました。後、細やかではございますが乾杯用のジュースもお持ちしました。」

 と、こだまは言う。

「わざわざありがとう。」

「えっと、私達は何をすればよろしいでしょうか?」

 みずほが聞いた。

「そうね。愛美子の世話係をお願いしよっか。今、お姉ちゃん一人だけだから、愛美子も寂しいだろうし、お姉ちゃんも大変だろうし。」

 と、明里は言った。

「それなら丁度良いです。絵本と、おもちゃのSLを持ってきました。」

 こだまは言い、みずほと愛美子の世話係を引き受けた。

「ほーら。お父さん。もうすぐシュシュポポ乗って来るよ。」

 と、言いながら愛美子の世話をする萌に二人は加わり、おもちゃのSLで遊んだり、絵本を読んだりして愛美子の世話をした。

 一方で、愛美子の父でもあるミナミツバサは長野総合車両センターから小諸駅に新設された「SLしなの」専用車庫までの送り込み回送を兼ねた試運転一番列車の出発準備を行っていた。全国各地から集結したベテラン機関士と整備士、車掌、車内乗務員もこの列車に乗って小諸まで行く事になっている。本来、こういう列車を運転するのはベテラン機関士だが、いくらベテラン機関士とは言え、しなの鉄道の訓練は修了していても実際に走らせる事は初めてである事から、一番列車はこの線で何度も列車を動かし、この線の特徴も知り尽くしていると言う事から、新米機関士のツバサがこの列車の機関士と言うことになった。

 長野県知事や長野市長と言った役所の職員たちが見守る中、ツバサは入念に出発前点検をする。ミサシマもツバサと同じ理由で機関助手を勤め、もう一人助手席にはJR西日本からの出向組のベテラン機関助手が座った。その他二人の機関士が運転室に添乗することになった。

 所定の時間になると、列車はゆっくりと長野総合車両センターを発車し、長野駅に入線した。

 今、しなの鉄道の出発信号機が進行現示になる。

「ボオーッ!」と、長野駅構内にD51の汽笛が響いた。

 D51‐59号機は、3両の客車と1両の食堂車を従えて長野駅を発車した。

 今日から試運転を開始することは前日の新聞で公になっていて、沿線には新聞を読んだ人や鉄道マニアが見物に来ていた。また、ヘリを飛ばしているマスコミもいた。

(SL列車。これだけで人はこんなにも注目し、SL列車と言うだけで人はワクワクする物なんだな。)

 と、ツバサは思った。


「日本の鉄道の歴史の70%近くは蒸気機関車が築いた物だ。高性能な電車が走る現在だが、その前には、多くの人の手によって力強く走る蒸気機関車が活躍する時代があった。そして蒸気機関車というものは、産業革命の象徴的な存在でもあった。現在に生きる蒸気機関車は、日本、いや世界の産業遺産のようなものだ。そんな物を動かす技術、取りこぼさぬよう、道一筋に学べ。」


 海老原教官の言った事を思い出す。

 併走する北陸新幹線の線路をE7系が並んで走行している。

 新幹線と蒸気機関車の速度は違うが、どちらも鉄道文化を築き上げた存在である。E7系は速度を上げながら列車を追い抜いていった。

 列車の平均時速は70キロ。「SLしなの」として運転される時はこの速度で小諸から長野までを一日二往復する予定である。

 列車は「SLしなの」の停車駅である、川中島、篠ノ井、屋代、戸倉、坂城、上田、大屋、田中に停車しながら小諸を目指す。

 沿線の人の声援に、ツバサは汽笛を鳴らして応えた。

(俺達、しなの鉄道に戻ってきたんだな。)

 と、ツバサは思いながら、汽笛を鳴らした。

 SL機関士になるため、1年程度の旅ということのはずが、デザイナーの身勝手な行動のために約2年7ヶ月の旅になってしまい、JR西日本とJR北海道の鉄槌が無ければ今も帰る事は出来てなかったかもしれない。

(鉄道会社同士でライバル視する時代も、鉄道会社同士で喧嘩する時代もあった。だが、鉄道というものは会社の隔たりも無く、人と人の隔たりも、国と国の隔たりもなく繋がっている。鉄道が繋がっているのならどんなに離れてもその場所へたどり着く事が出来る。その素晴らしさを思い出した鉄道会社のお陰で、俺達は、しなの鉄道にこいつを連れて来られた。鉄道は会社の隔たりも無く、何処までも繋がっているんだ。)

 ツバサは思いながら汽笛を鳴らす。

 列車は、何もトラブルなく田中駅を発車した。次の停車駅はいよいよ、小諸駅である。

 小諸駅の一つ前の駅、滋野駅を通過。

(後、1区間。そろそろ、小諸の町に汽笛が聞こえる頃だ。)

 その日の気象状況によるが、蒸気機関車の汽笛は約3㎞先まで聞こえる。

 小諸駅まで残り約3㎞地点となる観音平古墳を通過した時、ツバサは大きく、そして、少し長めに汽笛を鳴らした。

(帰って来た。帰って来たよ!みんな!)

 停車場ガーデンで列車を待つ持田明里達は列車がまもなく小諸に到着するということで、テンションは最高潮に達していた。

 この頃には、50人程の人が停車場ガーデンに集結していた。

「みなさん!まもなく来ますよ!準備はいいですか!」

「はーい!」

「みなさんで、最高の出迎えにしましょう!」

 持田明里が叫んだ時、遠くから汽笛が聞こえた。

「来た!」

 と言う声と同時に、美穂と萌が横断幕を用意してそれを10人の力で広げた。

 秋月こだまと直江みずほはクラッカーの用意をする。

 列車が姿を見せる。

「小諸2番線場内進行!小諸停車!停止位置SL5番!」

 ツバサが指差確認をし、長い汽笛1回と短い汽笛2回の絶気合図を鳴らした時、停車場ガーデンでは、こだまとみずほがクラッカーを鳴らし、同時に皆で、

「おかえり!」

「ようこそSL!」

 と叫び始めた。

 D51に乗るツバサとミサシマとベテラン機関士達は、小諸駅の大歓声に驚いたが、それを明里が主導で行った出迎えだと解かると、ツバサは思いっきり汽笛を鳴らして、手を振った。

 ミサシマやベテラン機関士も手を振って応えた。

 横断幕には、「三奈美つばさ。美佐島ひたち両名の帰還を祝います!」「しなの鉄道にようこそデゴイチ!」と描かれていて、それを見たツバサはこれが明里主導の出迎えと分かった。

 群衆の中にツバサははっきりと明里の姿を捉えると、ツバサはまた汽笛を鳴らし、ドレインを吐き出した。

 中線へのポイントを通過し列車を所定停車位置に止める。

「すっごいなありゃ。」

 と、ベテラン機関士達は笑った。

 ツバサとミサシマは驚いていた。

 客車から降りてきた他の要員も、最後の小諸駅の出迎えには驚いていた。

「あんな盛大に出迎えられるとはな。」

 と、言いながら列車を降りると、ホームで待っていた、しなの鉄道社長に向い全員で敬礼した。

「報告!三奈美つばさ。美佐島ひたち。甲種蒸気機関車運転免許を取得し本日、1年7ヶ月遅れでしなの鉄道に戻りました。」

 社長もそれに敬礼して応えた。

「よく戻ってきてくれた。しなの鉄道沿線では君達の帰りと、新たにやって来た機関車と乗務員達の到着を待つ人が大勢いた。みんな、君達の到着を心待ちにしていたよ。」

 社長は言った。この後セレモニーが行われ、それが終わると機関車と客車を小諸駅に新設された車庫に入れた。

 車庫に入れると保火番の機関士以外の人で懇親会に向かうがその途中でツバサは明里と愛美子が待っているのを見付けた。

「ほら、待っているぞ。」

 と、ミサシマが言った。

「行け。」

 ベテラン機関士が言う。

「しかし、私が居なくなっては―。」

「君はこれから一緒に機関車に乗る。だから乗務となれば必ず会えるが、彼女は君を何年待っていた?家族を何年待たせていた?」

「―。」

「バカなデザイナーのせいとは言え、2年近くも遅れたんだ。予定よりも2年も長く家族を待たせたんだ。これ以上、待たせることはないんじゃないのか?」

「―。」

「こっちは気にするな。行け。」

 ベテラン機関士に背中を押され、そのままの勢いで明里の待っている停車場ガーデンに向かった。

 久しぶりに見る明里は、ショートの髪にピンクの眼鏡をかけていて、旅立った時に比べて大人っぽい顔に見えたが眼鏡を外すと、旅立った時と同じく子供っぽい顔になった。

「久しぶりって挨拶も無しかい。」

 明里はニヤリと笑いながら言った。

「いや―その。」

「愛美子に挨拶は?ずっと待ってたんだから。」

 ツバサは顔が赤くなっていた。

「初めまして。お父さんです。」

 子供の目線で、恥ずかしがりながらぎこちなく言う姿には、幼児の愛美子も、

「顔が赤いよお父さん。」

 と言った。

 ツバサは明里と目線を合わせると改めて、

「遅れてごめんなさい。明里。」

 と言った。

「しょうがないな。私の前ではいつも緊張しているんだから。いい加減私に慣れなさいよ。」

 明里は笑った後、

「おかえり。」

 と言った。

「次の勤務はいつ?」

「えっと、明後日の習熟運転第一便。小諸を9時30分に発車。」

「それじゃあ、明日は空いているというわけだから、3人でお出掛けしよう。ツバサが無事に帰ってきたということを、みんなに報告しないと。」

 明里は言う。

 翌日は、明里の言った通り、愛美子を連れて松本に住む萌と美穂、そして長野市に住む明里の両親の所に行ったが、その次の日からツバサはまた勤務だ。

 9時30分。小諸駅からD51‐59が牽引する列車が長野を目指して発車した。

 発車した時、沿線で見送る明里と愛美子の姿を見つけ、ツバサはそれに汽笛で応えて手を振ろうとしたところで軽く空転させてしまい空転を止める作業に入ったため、後にいたベテラン機関助手が代わりに手を振った。

「はっはっは。加減弁と逆転機の位置が少しづれてたな。油断するなよ。」

 と、釜焚きをするベテラン機関助手が笑いながら言った。

 今、しなの鉄道に蒸気機関車が牽引する列車がやって来た。

 この蒸気機関車に乗るために訓練してきた者達は、かつての仲間との再会と別れ、挫折、妨害等の様々な試練を乗り越えて来た者である。

 そして、先頭に立つ蒸気機関車D51‐59号機も、北海道で炭鉱から石炭を運ぶ貨物列車を牽引し、一度火を落として眠りにつき、長野県辰野町で保存されていたが再び蘇り走り出した。

「今にも動きだしそうな程、黒光りしている。」

 保存されていた時、ツバサはこの機関車を見てこう言ったがその機関車は、本当に動き出し、しなの鉄道の新たな目玉として活躍を始めるのである。



参考文献


笹本健次2010.『C62重連の時代』ネコ・パブリッシング.

笹本健次2010.『Rail Magazine No.316』ネコ・パブリッシング.

竹島紀元2009.『鉄道ジャーナル No.513』鉄道ジャーナル社.

西村京太郎1987.『超特急「つばめ号」殺人事件』光文社文庫



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