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厳しい機関士の世界

「機関士になるからには、自分が死んじまう事もある。やるからには、命懸けでやろうって。だが彼女は、俺がSL機関士になったのは良いが、煙を吸い込んだり、釜の熱さでやられたりしてしまってダウンってなるのが怖いらしい。そして、そんな事を聞いているうちに俺も覚悟していたのに怖くなってしまった。」

 ミサカが機関士を諦めた本当の理由を、ツバサは思い出した。

 ぐんま車両センターに入庫する時には、ツバサはよれよれになった。ミサシマも目を回し、機関車から降りたら水飲み場で水を大量に飲んだ。

「これが、本線運転だよ。」

 と、先輩機関士や教官が言った。

「こればかりは、経験を積んで耐えるしかない。だがそれ以外は、目立ったミスは無かった。初めての本線運転にしては、かなり良いよ。その調子で、頑張れ。」

 教官は言ったが、ツバサはあまりの熱さでダウン寸前だった。

「くっそ。ミサカの野郎、モデルを愛するあまりこの苦しみから逃げやがって!」

 と、ミサシマが言った。

 それにツバサは何も言わなかった。

(あいつはこれが解っていた。俺は夢を見過ぎていた。あいつは、こうなる事が解っていた。蒸気機関車の運転がどんなに大変な事か解っていた。だからあいつはあんなにも、セイコさんかSLか悩んでいたんだ。俺達は、夢を追うあまり、蒸気機関車の運転がどんなに大変なことかを知るのが遅かった。いや、知っているつもりでいただけだった。)

「なんとか言えよ!」

 ミサシマが言う。

 だがツバサは何も言えずただ、

「今日は早く帰って休もう。」

 と、力なく言って、フラフラの体を引きずってロッカールームへ向かった。

「おい大丈夫か?」

「無理矢理、明里とサウナに入らされた時以上だ。水風呂あったら飛び込むぞ。」

「お前。サウナで彼女とベタつくのとこれを一緒にするなよ。」

「ふっ。そうだな。俺も、ミサカと同じくSLよりも彼女が大切なのかな。」

 ツバサは力なく言いながら、ロッカールームに消えた。

 ミサシマはしばらくその場にいたが、保火番のベテラン機関士が来ると、それと入れ替わるように、機関庫からロッカールームに向かった。

 ツバサはJR東日本高崎支社の寮に着くと、シャワーを浴びる。水風呂に入りたいと思ったが、シャワーで水を浴びる程度で我慢した。

 シャワーを出た時、ドアホンが鳴ったのでとりあえず服を来てから玄関に向かい、ドアを開けた。

「久しぶり。」

 と言ったのは、持田明里の姉の持田萌だった。

「姉さん。」

「正月にも帰らないからどうしたのかと思って。」

 ツバサは萌を中に入れた。

「お店の仕事にはもう慣れたよ。」

「今日は?」

「今日は定休日。明日は午後から出勤よ。今朝の9時ちょい前だったかな?高崎機関区に行ってみたらちょうどD51が出発したからもしかしてって思いながら機関区の人に聞いたらやっぱりそうだった。ツバサが乗るD51だった。」

「見たん?」

「うん。それで機関区の人が、戻りは夕方だって言うから、それまで時間潰して寮を訪ねたってわけ。」

「そうなんだ。今日は初めての本線上での訓練列車運転だったんだ。」

「どうだった?」

「初めの内はなんてことはないと思ったが、途中から辛くなって来た。特に、トンネルの中を走っているとき。煙と蒸気が運転室に襲いかかって来て、冬なのに運転室は摂氏50℃以上の高温で息もできず、タオルを噛んで必死に耐えて、もう、死ぬかと思った。」

「でも生きてるじゃん。」

 と、萌は言った。

 萌は携帯を開くと、一枚の写真を写した。

「ほら、明里と赤ちゃん。」

 しなの鉄道を旅立った時の明里は、黒髪ロングのツインテールだったが、写真の明里はショートヘアにしてピンクの眼鏡をかけていた。

「イメチェンしたんだ。へえ。相変わらず可愛いな明里は。」

「全く。妹のどこに惚れたのよ?」

「中学時代は友達のつもりだったのに、屋代線に乗りに来た時に再会してから明里はどういうわけか、俺にとって無くてはならない存在になった。特に関東で孤立し、最後の希望であったLevel―Zも消えた時から、明里は俺にとって俺が戻るべき場所って存在に思えた。明里の笑顔のために、俺は明里の前に戻る。それが俺の使命か定か解らないが、とにかく俺は明里に笑顔を届けるために明里の前に帰る。明里が生きている事が、俺の存在意義だって思ったから。」

「なるほど。どうりでツバサと再会してから明里が変わったわけだ。」

 持田明里は関東から長野に引っ越した後、輝きを無くし、関東にいた頃の笑顔で明るく可愛らしい姿とはうって変って、寂しい雰囲気に包まれた。そして、そんな姿はかっこうのいじめの標的になり、明里は更に輝きを無くした。そんな姿を哀れに思った出羽美穂とは仲良くなれたがやはり暗い雰囲気に包まれていることに変わりは無かった。だがある日を境に、明里は元の姿に戻った。その、ある日というのは、ツバサと再会した日だと言うのだ。

「ツバサ無くして明里は無く、明里無くしてツバサは無し。」

「姉ちゃん、明里には言わないで貰いたいんだけど―。」

 ツバサは今日の運転の様子を話した上で、ミサカの事を話し、

「俺もミサカと同じく、明里という大切な人を放り出して、こんなことをしていて良いのかって思う。育児が大変だって言うのに俺はSL動かしていて、夢を追うあまり、蒸気機関車の運転がどんなに大変なことかを知るのが遅かった。いや、知っているつもりでいただけで、結局、明里を放り出して夢を追って挙句にボコボコにされた。俺、こんなんで良いのかな。」

 と、ミサシマには言えなかった事を言った。

「ツバサはよく、「夢を叶えよう!自分のやりたいことをやろう!自分の目標を達成しよう!」って言う奴らに対して、「夢も目標も無い奴はどうしたらいいんだ?」って言ってたよね。」

「ああ。学生時代は、夢もクソも無く、明里の前にずっといたいって思いしかなかった。だから、夢ある奴が夢語るのがムカついた。」

「でも今はあるじゃん。夢と目標が。SL機関士になるって夢と、SLに乗って明里の前に帰るって目標。だったら、ツバサは自分の夢や目標に向かって行けばいいだけよ。それに、ここで折れて明里の所に帰ったって、明里喜ぶと思う?」

「―。」

「もしそんな事で折れて帰るような奴だったら、私はツバサの姉になんかならないし、明里もツバサの事嫌いになるよ。どんな事があっても、ツバサは私や明里にとって最高の姿で帰って来る。だから長野に居るみんなはツバサの事が好きなんだし、特に、明里はツバサが来ると飛び切りの笑顔でツバサに飛びつくんだよ。」

「一部の心無い連中に激怒して、「長野県民は人を貨物扱いする教育を受けてんのか!長野県民はどういう神経してんだこの野郎!」って長野県庁に怒鳴り込んだり、長野県相手に裁判起こしたりした事もあったけどね。」

「とにかく、今のツバサは夢と目標があるんだから、それに向かって前進するのよ。何度も言うけど、明里は大丈夫だって言ってるし、いざとなれば私や親や美穂が駆けつけられるんだから、ツバサは安心して、やりたいことやるんだよ。そして、明里が一番好きな姿で、明里の前に帰って来るんだよ。」

 ツバサは、萌の言葉に背を押された気分になった。

 次の日もまた、訓練列車を運転する。

 この日の新幹線で帰る萌は、出庫前点検をするツバサを車庫で見守った。

「昨日はバテてましたけど、それ以外で目立ったミスはありません。優秀な機関士見習いですよ。」

 と、教官が言った。

「弟は、やれば出来る子です。弟をよろしくお願いします。」

 萌が言った時、ツバサの乗るD51は短い汽笛を鳴らす。

 萌の隣りにいた教官が、D51に乗る。

「オラーイ!」

 ツバサが叫ぶように言うと、D51が転車台に乗った。

 転車台で向きを変え、ぐんま車両センターを出て行くD51に向かって萌は、

「明里は大丈夫だからね!ツバサは安心して自分の夢に向かって突き進んで!ツバサなら、必ず叶えられるから!応援しているからね!」

 と叫んだ。

 D51に乗るツバサにそれが聞こえたのかは解らないが、言葉が終わった時D51は汽笛を鳴らし、電気機関車の影に消えた。

 機関区を後に、高崎駅の改札を抜け在来線ホームに行ってみたが、ツバサの乗るD51の姿はなく、水上の方に遠ざかって行く煙とテールライトが見えた。

 それを見た萌は、新幹線ホームに足を進めた。

 ツバサは、別れ際の萌の言葉を胸に、ミサシマと共に訓練列車を運転する。

(俺は、そこら辺にゴロゴロしているチャラ男どもとは違う。チャラい奴には見た目では敵わないだろうが、チャラ男は中身がポンコツ。俺は見た目で敵わない分、中身を強化してきた。その積み重ねが、明里の心を掴んだと思っているし、中身を強化してきたからこそ今の俺が居ると思っている。必ず、ミサシマと一緒に機関士になって、明里の前に帰る。いや、明里だけじゃなく、姉ちゃん、美穂、そして俺の子供の愛美子の前に、俺が一番輝いている姿で帰る。待っていてくれ。みんな。)

 ツバサは汽笛を鳴らして、山岳地帯に列車を進めて行く。

 途中から雪が降り始めた。

 スノープラウーが積雪を跳ね飛ばし、一面真っ白な世界を黒い車体の蒸気機関車は、一筋の煙を棚引かせ、雪降る谷川岳へ汽笛を轟かせ、突き進んで行った。



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