表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/55

最終章 エンスティクトの書9

 美しい獅子の乗り心地はよくない。

 ルルディがしがみついてきた。彼女の細い腕と体温を、ユリアは感じる。

 ルルディがアグノスの書いた魔術書だと知った時は驚いた。

 彼女の笑顔には命があった。

 花が開くように笑い、明るさは匂い立つ。


 一人の少女として生きる、異例の魔術書の秘策とはいかなるものか。 危険な場所に彼女を連れて行くことが正しいのか、ユリアには分からない。


 ルルディの瞳はすべてを受け入れていた。災厄の渦の中心へと身を投じる覚悟ができていた。

 覚悟ある者は連れていく。

 砂の混じった風が、前方から吹いてきた。


「ルルディ、目を閉じて!」


 ユリアは叫ぶ。視界がかすんだ。

 肌が切れるような鋭い風に押され、リョダリは止まった。

 まぶたを閉ざすことが怖い。けれどこの風で目をやられては、魔物の心臓は狙えない。

 ようやく風がやんで、ユリアは見ることができた。


 魔物が立っている。

 魔法樹よりも巨大な体で三本の角を持ち、赤黒いうろこのような皮膚をした、長い尾を持つ魔物がいる。

 赤い石を埋め込まれたような小さな魔物の目が、こちらを向いた。

 牙のある大きな口が、笑ったように見えた。


「ユリア女王!」


 レジスの声が聞こえた。金の髪をした美しいレジスが、走ってくる。彼は悲痛な顔でユリアを見上た。


「恐れていたことが起きてしまった。あれはもう魔物ではない、魔人だ。魔物が禁書ベーゼと融合してしまった」


 ユリアは絶句した。


 あれに剣を向けろと?

 魔人が動き出す。一歩ごとに地響きがした。おもむろに太い腕を上げると、家屋を潰し、隠れていた人間をつかまえて口に放り込んだ。恐怖で体が動かなくなるのは嫌だ。ユリアは歯をくいしばり、剣をさやから抜いた。


「進め、リョダリ! 魔人の首を斬るぞ!」


 ユリアは絶叫した。リョダリは動かず、ユリアは獅子の首を叩いた。


「待って。あたしが行かなくてはならないの」


 ルルディが軽やかに獅子から降りると、魔人に向かって走り出した。


「ルルディ、止まりなさい!」


 レジスの制止に、ルルディは振り返って微笑んだ。


「秘策を実行するわ。ユリア女王、少しお待ちになって」


 ルルディは笑顔で手を振っている。

 彼女の笑顔で、ユリアは気が抜けてしまった。

 なぜなの、どうして笑っていられるの。


     ※


 怖いから笑った。

 口の端と端を上げて、明るい気持ちに無理矢理でもしてみると、勇気がわいてくる。

 これはきっとアグノスがくれた魔法だ。


 ルルディは走った。

 魔法樹の枝から、光の雫がしたたり落ちている。


 アグノスは座って大木にもたれていた。手で押さえている肩に、光が集中している。


「アグノスさん!」


 駆け寄って叫ぶと、アグノスがつらそうに顔を上げた。


「ルルディ……なぜ、ここに……」


「ごめんなさい、あたしがベーゼを引きとめられなかったの。ひどい傷だわ」


 ルルディはアグノスの出血を見て、眉をひそめた。濃紺のマントが黒く染まって、濃い血の匂いがした。


「謝らなくていい。こうなることは避けられなかったのかもしれない……ルルディ、逃げなさい……」


 アグノスはかすれた声で言った。


「いいえ、逃げない。アグノスさん、あたしはすべてを知ったの。あなたがあたしを書いてくれたこと、そしてあたしの力を」


 アグノスの驚いた顔に、ルルディは笑顔を見せた。

 大きなアグノスの手を握る。自分を書いてくれた手の体温を感じながらまぶたを閉じる。 

 まばゆい笑顔と、風になびいてつやめく栗色の髪。

 生命力そのものだった彼女、アグノスの生きる喜びだった明るい魔女、ジューナがいる。

 ルルディの中でジューナは笑っている。


「あのね、ありがとう!」


 ルルディは笑顔で言って、アグノスの手を離す。


「ルルディ!」


 アグノスがルルディの名を呼んだ。

 すべてはそれで十分だ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ルルディ、一体何をして魔物を解決するのでしょう… 笑顔でいろいろ解決するのでしょうか… 何をするつもりなのか、楽しみな反面、消えたりしないか、心配です。 明日で最終回。 ちゃんと見届けたいと…
2024/06/06 08:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ