第九話 フェリアの書8
踵を鳴らす。足に吸い付いた革靴で木の板で軽く足踏みをする。吸い込んだ息は体によく通った。
空を見上げて、春の女神に感謝する。
後ろでお団子にした髪に結んだリボンが、揺れる。水色と桃色、二本のリボンの端がエルダの首筋に触れる。
ギターの三拍子が始まった。
ダンスが始まる。
フェリア・バイレ、人々と春の女神に捧げる特別な舞踏の本番が、ついに始まった。
エルダの脊髄はおののく。
観客たちを誘うように、手を差し伸べて胸へと抱き込む。風を抱くように。
三拍子のリズムはだんだん早くなる。三角形のフォーメーションから、逆三角形になり、太鼓とバイオリン、笛と音が増えた。
観客の手拍子が始まり、フェリア・バイレは高まっていく。
アンヌが高く飛び、スカートが広がって歓声が上がった。アンヌはとても楽しそうに笑っている。エルダは嬉しい。
舞台の端に踊り子たちは散って、しゃがみこむ。
エルダのソロダンスが始まった。
高揚しきった体は緊張などしない。
踊りたくてたまらない、手足がどこまでも伸びていきそう。刺繍で重いスカートの端を持ち上げて、エルダは木の板の上で激しいステップを踏む。音楽は止まって、エルダの躍動が広場に響く。
汗をかいて夢中で踊る。
ああ、なんてわたしの足は動くのだろう、体中で音楽が渦巻いている、この音を伝えたい、捧げたい。
だけどもう、ソロも終わり。さあ、みんなと一緒に踊ろう。
最後の力強い足踏みで、拍手が起こった。
踊り子たちが立ち上がり、華やかに踊る。
鳴りやまない手拍子、ずっとこうして踊っていたい。
エルダはアンヌと目が合うと、微笑んだ。
*
エルダの鼓動の強さが伝わってくるような、踊りだった。彼女はとても生き生きしていた。
「ルルディ、おいで」
フェリアに手を引かれた。
魔法樹の下まで連れてこられ、何がなんだかわからない間に、体が浮いていた。魔法樹の枝の上から広場が見えて、ルルディは小さく悲鳴を上げた。
「おびえないで。わたしの両手を強く握って」
こつん、とフェリアが額を合わせてきた。
とっても良い香りがした。豊満な花の香りに包まれると、頭がぼんやりとする。
フェリアの手を握る。
魔法樹から足が離れた。
「フェ、フェリア!」
「そう、ここは空よ。あたしたちは、飛んでいるの!」
フェリアが笑う。
なんにもない足元、真っ青な空にいる。ルルディは震えて、フェリアの手を強く握った。
「こ、怖いよ……」
「大丈夫、大丈夫。さあ、一緒に歌って! あなたの力を貸して、ルルディ」
「え、どういうこと?」
「一緒に、花びらを降らせよう。ルルディにはそれができるのよ。あなたは特別な子」
フェリアが額にキスをしてくれた。にこっと笑う彼女にほだされて、ルルディはおろしてくれと言えなくなる。
花の広場で踊ろう
君の優しい手を取りて
嘆きの時代は終わった
フェリアが歌いだす。ルルディも一緒に歌った。丘で歌ったときより、声はよく通って気持ちがよい。
喜び踊ろう
春の女神が微笑む
花びらが舞い、地上へと降っていく。
高らかに歌うほど、花びらは多く舞った。
青色、ピンク色、黄色、オレンジ、色とりどりの大きな花びらが舞い降りていく。
楽しくなって、ルルディは歌った。
春の女神は微笑んでいる。
*
人々の喜びが頂点に達したとき、空から花びらが舞い落ちてきた。昔話と同じだ。毎年こうして、喜びが再現される。
ユリアは手のひらに花びらを受けた。
良い香りがする。
毎年、高い場所からこの祭りを見ていた。
王家の威厳を表すため大きく作られた幌馬車の幌を取り払い、警備の兵士に囲まれて見ていた。
兄は祭りが大好きで、前日はたとえ寝込んでいても、祭りの日は元気だった。ユリアに刺繍のハンカチを初めてくれたのは、兄だった。
優しくて、けれど病弱で儚い一生だった兄のことを、しみじみと想う。
兄さまなら、どうなさる?
兄さまはこの国を愛していた。きっと生きていたら、立派な王となっただろう。
うつくしい祭りを見ていたら、ユリアの目の端には滴がたまった。
この国を守る。この手で必ず、王家に生まれた宿命は果たす。
怪物になった王を、父を、この手で必ず殺す。
ユリアは花びらを握った。
第九話 フェリアの書・完




