表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/55

第九章 フェリアの書2

「それで、あんなに怒っていたのね」


 街で一番おしゃれなカフェテリアで、レイサンダーとアンヌ、マヤはテーブルを囲んでいた。いつもは若い娘たちでにぎわっているが、今日は静かだ。

 紅茶にマドレーヌを飲み食いしながら、アンヌは激怒の理由をレイサンダーに聞かせた。


 アンヌは踊り子でもある。

 彼女は刺繍師の才能には恵まれなかった。器用でセンスもあるのに、魔力が足りなかったのだ。本来ならば長女のアンヌが刺繍師を継ぐはずだった。

 アンヌのコンプレックスを払拭したのが、踊りだった。

 春祭りの踊り子に選ばれた十四歳の時に生き生きと舞って、自信を身につけた。それまでいじけた少女だったが、溜め込んでいた激情を発散するかのように、アンヌは活発な性格になった。少々、はねっ返りすぎるが。


 踊り子たちのリーダーも務めていて、週に一度、舞踏教室で先生もしている。

 踊り子たちにとって、春祭りは命そのものだ。

 春祭りのために、懸命に練習してきた。

 必死に稽古して、叱られて泣いて、それでも踊って。すべては春祭り、フェリア女神に捧げるため、そして自分が輝くために。


「彼女が、どれだけ泣いたか」


 アンヌは頬杖をついて、呟く。


「あたしは厳しくあの子に稽古をつけたわ。頬を叩いたこともある。あの子はよく泣いた、そしてよく踊った。……今年は、彼女の祭りだったのよ。エルダ、今年は彼女が主役だった」


 アンヌは感傷的に言った。

 エルダはアンヌが才能を認めた、新しい踊り子のリーダーだ。今年はそのお披露目で、中心になって踊るはずだった。

 アンヌは彼女の補佐の踊りをつとめ、今後は舞踏教室の専念する予定だ。

 マヤもエルダをよく知っている。

 小鹿のような大きな目をして、いつも細い体を怯えているように震わせて、話すときは聞き取りにくいほど小声だった。しかし踊ると目が光り、長い手足を力の限り動かして、生命力を溢れさせた。彼女は魂で踊れる。そんな踊り子は、なかなかいない。屈指の才能である。


「……あたしさぁ、思ったんだけどね」


 レイサンダーがテーブルに肘をつき、両手を組んで言った。


「やっちゃえばいいじゃない。お祭り」


 レイサンダーが微笑む。


「やっちゃう?」


 アンヌが問い返す。


「そう、あたしたち、お祭りやりたい人たち集めてさ、やっちゃおう。だってあたし、すごくお祭り楽しみにして来たの! 見たいの、アンヌの踊りもマヤの刺繍も、エルダも、ぜーんぶ見たいの!」


 レイサンダーがテーブルをどん、と叩いた。ウェイトレスがびっくりした顔で、こちらを見る。

 ごめんなさい、と謝りながらレイサンダーは気取った顔で前髪を整えた。

 あっはははっ、とアンヌが笑う。


「あんた、いいこと言うね。そうさ、やっちゃえばいいんだよ」


 レイサンダーに顔を近づけて、アンヌがにたりと笑う。


「女は戦争が嫌いよ。好きな男と離れるなんて、まっぴらごめん。それに女は強い、兵士の野郎どもなんか、怖くないよ。憲兵の目を盗んでさ、準備してやっちゃおう」


 アンヌがマヤの肩を抱き寄せ、レイサンダーに顔を近づけてささやく。


「うん、やっちゃおう。あたし、ボディーガードになってあげる」


 レイサンダーがウインクした。


「ほんと? 心強い。マヤ、あんた、どうする? 乗る? 乗らない?」


 厳しい目で、アンヌが迫ってくる。

 指が腫れあがるほど刺繍した。その作品が春の太陽を浴びないなんて、耐えられない。


「もちろん、賛成」


 マヤは笑った。


「オッケー、楽しくなりそう」


 レイサンダーがアンヌとマヤの手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。


               ※


 紺色のマントが、春風でふくらむ。

 いつも漆黒の服を着ていたアグノスが、色のついた服を着ている。


「春用ですか?」


 ユーリは隣を歩くアグノスを見上げて言った。


「……新調した」


「ルルディにアグノスさんは紺色が似合いますーって言われて、買ったんだよ」


 すかさず、レジスが補足を入れる。


「へぇ、アグノスさんって単純なところもあるんだな」


 にやにやと笑い、リュカが言う。

 アグノスはむっつりと黙りこむ。ユーリは少し笑った。


「あの、ルルディにも、僕の正体を明かしてもいいですか? 今回の作戦は、ルルディとマヤの力が必要ですから……それに、僕は祭りに参加したい」


 色鮮やかな刺繍のエプロン、躍動するレースのフレアスカート。ユーリの憧れだ。


「あぁ……いいだろう。ただし、ルルディには我々の動きは伏せていてもらいたい」


 アグノスが重々しく答える。


「いっそ、ルルディにすべてを話しては?」


 レジスが提案したが、アグノスは首を横に振った。


「いや、俺は彼女には知って欲しくない」


 アグノスの想いは頑ななようだ。

 彼の気持ちも分からなくはない。しかし。ユーリはいずれ真実がルルディに伝わると予感していた。それはアグノスの口から、彼女は聞きたいのではないだろうか。考えるが、ユーリは口にしない。


「……いずれ、バレるけどな」


 リュカがぼそりと、言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ