第七話 ベーゼの書1
新しい年が来た。一年の始まりはガラマお爺さんとのんびりと過ごし、二日目からは新年の挨拶に来る客を出迎えた。魔術書をエンスティクトに委託している作家が何人も来て、今年もよろしくお願いしますと頭を下げて帰った。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
夕方、レジスとリュカが来て声を合わせて言い、頭を下げた。ルルディとガラマお爺さんも挨拶を返す。
「もう客は君たちで最後だろう。ゆっくりしておいき。そのうち、アグノスも来るだろう」
ガラマお爺さんがレジスとリュカをリビングに招いた。ガラマお爺さんの言った通り、アグノスもやってきて、お茶を飲みながら暖炉を囲み、談笑した。
和やかな新年の幕開けだった。暖炉の火は暖かく、集まった者たちの口元には笑みがあった。ルルディにはこの世界が、平和そのものだと思えた。
「ところでルルディ、オレの仕事の手伝いをしてくれないかい?」
リュカが言った。
「お仕事の手伝い? どんなこと?」
「おい、ルルディに何をさせる気だ」
アグノスが怖い顔で詰め寄る。
「いやいや、そんな睨まなくても。ただの、おみくじの客引きですよ。レジス先生のおみくじの本で、一稼ぎしようと思ってさ」
リュカがにやりと笑った。
「無理矢理書かされたんだ」
「家の修理代を稼ぐため、オレがアイディアを出してやったんでしょうが。今年の運勢は誰もが気になるもの。そこで、吉兆を占う本の出番さ。一回、銀のコイン三枚。ルルディには呼び込みをやって欲しいんだ。オレ一人より、女の子がいるほうが花があるからね」
「おもしろそう。ガラマお爺さん、いいかしら?」
「ああ、なんでも経験さ。手伝ってやりなさい。しかしリュカは商才があるのぅ」
ガラマお爺さんが笑う。
アグノスはむっつりと黙っていた。
「さあ、皆さんご注目! 今年の運勢知りたくないかい? 吉と出るか凶と出るか! あなたの運命を教えてくれる本はここだよー!」
リュカの口上は抑揚の付け方がうまく聞き取りやすく、なおかつ勢いがある。
世界樹の広場でおみくじ屋を開いている。
テーブルの上に黒い布をかけ、赤い表紙の大型本を置いた。
新しい年を迎えると、魔法樹に祈りを捧げるという風習がある。広場には多くの人が集まっており、祈りを捧げて帰ろうとする人を、リュカは口上でつかまえた。
「恋愛運、仕事運、健康運! なんでも分かっちゃう本はこちらですよー!」
ルルディも明るく声をかける。
その成果か、人々が続々と集まり行列ができた。まず、コインをもらう。そして魔術書に手を当てて、知りたいことを願う。手を離すと、白いひげの老人が現れる。
「その女とは結婚できる! 仕事もはかどる、金が入る、だが失せ物は見つからんぞ! 左足に注意じゃ!」
大声で、老人が結果を発表してくれる。
答えによってるんるん気分で帰っていく人あれば、がくんとうなだれて帰る人あり。良い結果が出た人には拍手を、落ち込んだ人には励ましの言葉を送った。
「お願いします!」
「マヤちゃん!」
マヤは握り締めていたコイン三枚を、ルルディに渡した。コインは熱を持っている。
気合の入った顔でマヤが本に手を置き、目を閉じて念じる。ぱっと勢いよく手を離す。
「その恋は叶わぬ! 真面目に仕事に励みなさい。失せ物は近くにあり、旅に行くならば南! 健康そのものじゃ!」
老人が告げて、消える。残酷だ。
マヤは涙目だ。
「マ、マヤちゃん。旅は南だって! それに一年健康に過ごせるのは確実よ!」
ルルディの元気づける言葉も聞こえないようで、マヤは肩を落として帰ってしまった。
その後もお客さんは続き、木箱の中はコインで一杯になった。
「いやー、思ったより儲かるな。これもルルディのお陰だ。さぁ、そろそろ店じまいにして、甘い物でもおごってあげようではないか」
リュカが箱を揺らしてじゃらじゃら鳴らし、高笑いをする。彼は魔術書作家を目指すより、商人を目指した方が合っていそうだ。
「すいませんっ! お願いします!」
女性が駆け寄ってきて、叫んだ。眼鏡をかけた細身の女性は、肩を縮めて震えている。
差し出されたコインは、冷え切っていた。
「はいっ、どうぞ。あなたが今日、最後のお客だ! さぁ、本に手を置いて願いごとをしてください」
女性がリュカに言われた通り、本に手を置いた。深呼吸をして、手を離す。本が開き、老人が厳めしい顔で現れた。
「商売は凶! 勉強不足じゃ。恋愛運は出会いなし、失せ物は出てこない、左足と右腕に気をつけるのじゃ! 旅行は行かぬほうがよし!」
散々な結果に、ルルディは青ざめる。まったくフォローできる要素がない。リュカはしまった、という顔をしている。
「いーや、なーに! これは単なる占いですから、そうお客さん気にせずに! えーっと、あなたが最後のお客人ということで、おまけします。コイン一枚、お返しいたしましょう!」
リュカが女性にコインを握らせた。どうもおかしい。おみくじの魔術書は一つぐらい、吉の結果を述べるはずである。
「……あ、ごめんなさい。お気遣いなく……占ってもらう勇気が出なくて、夕方になってしまって……帰ろうとしてらっしゃる時に声をかけた私が悪いのですから……」
女性はコインを返し、背を向けた。
肩で切りそろえられた黒髪が揺れた。女性の体は前のめりに、ぱたり倒れた。
「大丈夫ですか!」
慌てて、駆け寄る。女性の顔は真っ青だ。リュカと二人でベンチまで運ぶ。声をかけて肩をゆすると、すぐに女性は気がついた。
「大丈夫ですか! どこか具合が悪い所でも?」
ルルディが声をかけると、女性は額に手を当てながら起き上がった。
「すみません、急にふらっときてしまって。ご迷惑をおかけして、面目ないです。おみくじの結果にショックを受けてしまって。お恥ずかしいです」
女性が肩を縮ませて、頭を下げる。
「まあ、無理もないですよ。こちらの不手際もありますし、オレたちで良かったら話を聞きますよ? 何をお願いごとしたんですか?」
リュカが女性の隣に座り、距離をつめた。
「あの、実はその……」
女性の名はミーア。魔術書師である。祖父の代で途絶えていた魔術書店を受け継ぎ、開店の準備をしているが、問題が発生した。
「番人の書」を書けないのである。
エンスティクトにおけるエルピタに位置する「選出の書」を書けたが、魔術書たちの暴走を防ぐ番人の書が、どうしても書けないという。
「その理由は、あんたの気弱さだろう。番人の書は強く厳しい精神でないと、書けない」
リュカの指摘に、ミーアはぎくりとした反応をする。図星のようだ。
「ガラマお爺さんに相談してみては、どうでしょう? 若い魔術書師さんを、きっとお爺さんなら応援してくれるわ」
ルルディはミーアに微笑みかけた。
「あ、あなた……ガラマ賢人のお知り合い?」
「えぇ。あたし、エンステイクトの魔術書師見習いなの」
「すごいわ!」ミーアが眼鏡をはずし、瞳をルルディに接近させた。「ぜひ! ぜひ、ガラマお爺さんに会わせてください! お願いします!」
ルルディの手を握り、ミーアは離さない。
「まーた変な人を捕まえてしまったな」
リュカが苦笑いで、腕を組む。




