第六話 ベラドンナの書5
レジスはベラドンナを呼び出した。彼女からきつい平手打ちをくらった。
「……いきなり作者を殴るなんて、ひどいな」
「あんたなんか、殴られて当然よ。ねえ、どうしてあたしに、感情なんか与えたの? もっとバカな本にしてよ」
ベラドンナが泣きながら言う。差し出したハンカチはひったくられた。
「今回のことはなんというか、すごく残念だったと思う。ベラドンナ、君の思うように世の中はいかないものだよ」
「そんなの知らない。あたし、ただの本だもの」
「そんな風に言わないで。ベラドンナ、君が思うほど人間は完璧じゃないよ。魔術書に僕が感情を与えるのは、人間が間違った使い方をしないためなんだ。反抗心というのは感情がないと芽生えない。もし君の
持ち主が道に迷ったら、今みたいなきつい一発を、くれてやることさ。しかし痛かったな……」
「そんなに気に入ったなら」
ベラドンナがきっと睨みつけてきた。
「もう一発、あげるわよ」
レジスの左頬を叩き、ベラドンナは本に戻った。機嫌が直るまで、ほっておくしかないようだ。人の首を絞めるほど、凶暴だとは思わなかった、どうすべきか、とレジスは悩む。
「レジス大先生は、相変わらず人の機微というのを読めませんなぁ」
リュカが書斎に入ってきて、溜息をついた。
「どうすればいいんだよ?」
「彼女はすごく傷ついているんだ。まず、何がつらかったの? どうしたの? と話を聞いてやることですよ」
そう言うなら、リュカに相手をさせればよかった。レジスは赤くなった頬をなでる。
「それよりレジス先生、この騒ぎを治めるのに一体、いくら使ったんですか? 買ってくださったジャケット、すごく高そうでしたけど」
「んー、とりあえず懐に入れておいたお金を全部出したからなぁ。覚えちゃいないよ」
「ほー、覚えていないと。もしやあれだけの買い物をしておきながら、領収書をもらっていない?」
リュカの片眉が上がる。彼が腕を組んでその仕草をするときは、怒っている。嘘をついてもすぐにばれるので、うん、とレジスはうなずく。
「年末の決算をしなくちゃいけないこの時期に! あなたが稼いだお金ですから、どう使おうが自由だけど、オレの仕事の邪魔をせんでください!」
やっぱり、怒られた。
「わかったよー。これから、領収書、もらいに行ってくる。あ、それから今夜は出かけるから。戸締り、よろしく」
レジスはマントを羽織り、逃げるように書斎を出た。朝までに持ってこい! リュカの怒鳴り声を背中で聞く。
啖呵を切った店に出向き、頭を下げて領収書をもらって、レジスは表通りから路地裏に入った。懐中時計を見ると、すっかり約束の時刻は過ぎている。
集合住宅地のぎしぎしと鳴る扉を開けて、地下に降りる。左にドアノブがついた鉄製のドアを開けると、右にドアノブがついた木の扉がある。このドアノブはダミーで、左に押して開けるのが正解だ。
「遅かったな」
アグノスが渋面で迎える。みんなどうして僕に、同じような文句しか言わないのだろう。レジスはたまに不思議に思う。
橙色の火が、集った面子の顔を照らしている。
ユーリにヒモナス、アグノス。
「あれ、ガラマ爺さんは?」
「さすがにお疲れだ。休んでもらった」
「なるほど。今日はルルディの傍にいてもらったほうがいいしね」
レジスは席に座り、テーブルにドーナッツが盛られた皿があることに気付いた。茶色の輪を手にし、かじりつく。
「半年がたちましたね。……お父様のお考えが、少しでも変わってくれていればいいのですが……」
ユーリが暗い顔で言った。
「これを見れば、そんな楽観的な考えはできませんよ」
ヒモナスが広い袖口に手を差し入れ、一冊の本をテーブルに投げた。煤で焼けたような真っ黒な本だ。中を開くと、すべてのページまで黒い。
「城の近くに落ちていました。魔術書の死体、ですよ」
ヒモナスが冷たく言う。
レジスはぞっとした。たしかに、わずかながら魔術書らしい気配が残っている。気味が悪くなり、すぐに手放す。
「死体とは、どういうことだ?」
アグノスが険しい顔で問う。
「魔術書に、魔力を吸収されたんだ。本来ならば魔力を使い果たした本のページは、白くなる。黒は異常なんだ」
「まさしく。共食いとは、なんとも野蛮な行為だ。さて、王はどんな魔術書を飼っているのやら」
ヒモナスがおぞましい、と付け加える。
ユーリは黒い本を手にして、目を伏せた。
アグノスはそれ以上触れないようにと注意して、ユーリから本を受け取った。
時間はあまりないようだ。
王は王のままだろうか。早く止めにいかなければ。じんわりとした不安と焦燥。レジスはドーナッツを食べるのをやめた。
ベラドンナの書・終




