第五話 レイサンダーの書4
宿の食堂で、自分が目立つことをレイサンダーは自覚していた。
カウンターの中央に座り、宿で働く娘や店主に、自分の身分を大声で話した。派手な服に女言葉を話す騎士を、周囲は奇異な目で見た。変な目で見られることには慣れている。内心では心ない言葉に傷つきながらも、レイサンダーは強い態度を取る。
「カサオはいいね、安定した国だ」
店主はグラスを磨きながらレイサンダーの話に付き合った。
「えぇ、あたしたち王国騎士が守っていますもの。ところで、気になることがあるの。ユリア王女が失踪したって、本当なの?」
レイサンダーが話すと、後ろのテーブルで食事をしている男たちが、振り返った。
「あんた、その話はあまり大声でしない方がいい」
商人らしき口髭を生やした男が、注意した。
「あら、どうして?」
「分かるだろう、よその国の者に知られたくないことぐらい。国の情勢が危うい中、王女が消えたんだ。噂では亡命と言われている」
「あまり内政に首を突っ込むと、兵士に睨まれるぜ、あんた。身分も隠したほうがいい」
男たちは口々に注意し、迷惑そうな顔でレイサンダーを見た。店主の方を見ると、同じ顔をしている。
「あら、ごめんなさい。ご忠告、どうも」
レイサンダーが低い声で言うと、男たちはやれやれ、という顔で食卓に向き直る。
「……ご無事だといいのだけれどね。兵士たちは王女が失踪したことを、隠そうと必死でろくに捜索もしていないみたいだ。一度外に出た真実は、隠しようがないというのに」
店主は小さな声で、寂しそうに言った。
王女はどこにいるのだろう。武器が集まる城を抜け出し、何をしているのだろう。そしてなぜ、一大事とならない。王国にとって王女はいなくても良いのか、国王は何をしている。
レイサンダーは頬杖をつき、夕方だけどもうお酒を飲んでしまおうかしら、と考える。
まだ雪が降っている。寒い今夜は体を温めて眠りたい。苦手な冬なのに、異国へと駆り出された自分を、甘やかしても良いだろう。
「こんばんは、レイサンダーさん!」
明るい少女の声に振り返ると、ルルディがいた。
「夕食をご一緒しませんか? 紹介したい人がいるんです」
「あら、嬉しいわ」
寒々としていた心に、ルルディは春風を吹かせてくれた。
*
レジスは南町に屋敷を持っている。庭に面した広い応接室は、作家たちが集まるサロンでもあった。どの部屋にも本が積み上げられ、どこの壁にもインクの飛び散った跡がある。
レジスが汚していき、リュカが追いかけて掃除する。それでなんとか、客を呼ぶ清潔さは保たれていた。
食堂へ行くと、細長いテーブルに料理が並べられていた。
磨かれたグラスと銀のカテトラリーが並べられ、晩餐会らしい雰囲気がある。レジスは皆の顔が見える、主人の席に優雅に座っていた。
「初めまして、ご招待ありがとうございます。カサオ王国騎士のレイサンダーと申します」
脱いだコートを左腕にかけて、レイサンダーがレジスに挨拶をした。
「ああ、どうも、初めまして。むさ苦しい我が家においてくださり、光栄です。僕は魔術作家のレジスです」
二人が握手をするのを見ながら、ルルディはコートを脱いだ。エプロンをつけたリュカが料理をテーブルに運んでくる。それをマヤが手伝っていた。あたしも手伝うわ、とマヤはルルディに声をかける。
「手は足りてるわ。ルルディはお客様のお出迎えをお願いするわ」
わかったわ、とルルディはうなずく。
「想像より若い方で驚いたわ」
レイサンダーが長テーブルの端に腰掛け、レジスと談笑をはじめる。暖炉は暖かく、光は足りて、料理が盛られた皿が次々とテーブルのスペースを埋めていく。
リュカはご機嫌で、時々、レイサンダーやレジスに冗談を言っては笑わせた。マヤは瞳をきらきらしている。
良い晩餐会になりそうだ。ルルディは浮かれた足で玄関へ行き、来客を微笑みで出迎えた。
ガラマお爺さんとアグノスが、二人で来た。
それから、ユーリ。ユーリはジャケットにネクタイをつけて、正装していた。騎士レイサンダーに対する挨拶もそつがない。その姿にマヤが見惚れる。
全員がそろい、レジスがグラスを掲げた。
リュカはエプロンを折りたたんでようやく腰を落ち着かせる。ルルディは彼のグラスにぶどうの飲み物を注いだ。「子供たち用に」とアグノスが持ってきてくれた、アルコールの入っていない、純ぶどうの飲み物だ。
「皆さん、今夜はお集まりいただき、ありがとうございます。レイサンダーさんに、乾杯!」
レジスの乾杯の音頭で、晩餐会は始まった。
リュカの料理はどれもおいしい。よく煮込んだビーフシチューは、口の中でとろけた。
「すごく美味しいわ、あなたが全部作ったの?」
レイサンダーが驚いた顔で、リュカを見た。
「はい、料理は得意なんです。マヤも手伝ってくれました。デザートには彼女の作ったケーキもありますよ」
リュカは誇らしげに言った。
「うん、本当に美味しいよ。ビーフシチューもトマト煮込みも」
ユーリが言った。リュカはおう、とそっけなく答える。場をわきまえているのか、二人は目を合わせても口論しなかった。向かい合って座っているのに、二人の間には和やかな空気がある。
話題の中心は、自然とレイサンダーになった。ユーリが政治的な難しい質問をして、レイサンダーがそれに答える。リュカは話についていけなくなると、カサオ国に美女は多いかという世俗的な話題に切り替え、それはユーリが大きな咳払いで妨げマヤから冷たい目で見られた。
レイサンダーの話術で常に話は盛り上がり、笑いが起きた。
「みなさんには団結力というものが、おありだわ。とても強い結びつきを感じますの」
レイサンダーが頬杖をつき、全員の顔を眺めて言った。
「同じ街に住み、同じ志があるからでしょうな。我々は魔術の力のみによって繋がれているのではありません。ルルディが、我々を結びつけているのですよ」
ガラマお爺さんに名前を呼ばれ、ルルディは驚いた。皆の視線が、集まっている。
「そうですね、彼女が僕たちをここに集めてくれたのです」
ユーリが同意する。
「そうだな。年齢も考えのバラバラのオレたちが、こうして飯を食ってるのも不思議な話だ。ルルディがみんなで晩飯を食いたいって言うから、オレも料理を作る気になった」
リュカがルルディを見てから、ユーリと顔を見合わせて、頷きあった。
「彼女はみんなを和ませてくれます。純粋な魂というものは、そこにあるだけで、平和を感じさせてくれますわ」
マヤが嬉しそうに言う。
「アグノスとも、仲が良くなったみたいだし」
少し酔っ払ったレジスが言う。ひっく、という余分な尾ひれがついた。
「ルルディはレジスの書いた変な本も、笑わせた」
アグノスが深々と言った。彼の言う変な本、とはヒモナスの書のことだろう。
「異国で一人だったあたしを、笑わせてくれたのも、彼女でした。本当に素敵なお嬢さんだわ」
レイサンダーがにっこりと笑う。
皆に誉められて、ルルディは恥ずかしくて体を小さくした。
「いえ、あたし、そんなたいしたことは……何もしてません」
「こういう時は、あたしすごいんだから、ぐらい言ってやってもいいんだぜ」
リュカが肘で小突いて、からかってくる。そんなこと言わないもん、とルルディは頬をふくらませて言い返した。
「あたし、本当に皆さんに会えて良かったわ。お仲間に入れてくださって、嬉しい。騎士は受けた恩は必ずお返しいたします。この国の平和は守りますわ」
レイサンダーが立ち上がり、しとやかに敬礼をした。ユーリも立って、彼の敬礼にならう。
「はい、お願いします。レイサンダー殿」
凛々しくユーリが言った。
「やーだ、ユーリ君、あたしに殿ってつけないでぇ。あたしなんだか、ごついおっさんになった気がするぅ」
レイサンダーがなよなよと動いて、やだやだ、と甲高い声で繰り返した。
「いずれ、おっさんになるじゃんかよ」
リュカが呟く。
「リュカ君、何か言いました?」
「なんにもないッス! あ、デザートがあるんで持ってきまーす」
「じゃ、じゃあ、あたしはお皿下げマース!」
同時にリュカとルルディは立ち上がり、厨房へとそそくさと逃げた。
「なんか怪しいと思わないか、ルルディ」
お茶の用意をしているルルディに、リュカが囁きかけてきた。
「なにが?」
「大勢で食事をするの、オレは好きだよ。屋敷に人が集まって、レジス先生が社交的になったほうがオレは嬉しい。だけど、何か違和感がある。よその国を守ってる騎士が、他国をたやすく守るなんて、言うもんかね」
リュカが物憂げな顔であごをなでる。
「うーん、あたしはよくわかんないけど。レイサンダーさんって、いろんなことを知ってるの。情報を集
める天才みたい」
「情報集め……それも、あの人がこの国に来た一つの理由かもな。実はな、最近、どうもレジス先生の動向が怪しい。ガラマの爺さんとアグノス、それからユーリの野郎もうちに来る回数が増えた」
「……そういえば、ガラマお爺さんの外出回数も増えたわ。よくこのお屋敷に行くって言って……」
何かが、自分たちの知らない所で起きている。お湯が沸くのを待つ間、リュカとルルディはそれぞれ無言で、考えた。
深く考え込みすぎて、人影が近付いていることに、二人は気付かない。




