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第一話 ヒモナスの書1

 昼過ぎ。ガラマお爺さんは、ルルディの横でうとうとしている。ルルディはカウンターに頬杖をついて、大きなあくびをした。


 魔術書店エンステイクトは、豊富な蔵書を抱え込んでいるとは思えないほど、店舗は小さい。会計をするカウンターは、おじいさんとルルディが並んで座ると、いっぱいだ。ルルディの後ろに小さな扉があり、書庫に続いている。


 中央に扉があり、左右の壁は本で埋め尽くされている。真ん中に細長い木の机があり、雑誌が数冊、並べられていた。エンステイクトには魔術書のほか、一般の本も取り扱っている。こちらは読書家ガラマお爺さんの趣味と言っていい。


 扉が開いた。ルルディは慌てて立ち上がる。


「いらっしゃいませ!」


 元気よく挨拶をして、にっこりと笑う。

 お客さんは、少年だ。半袖の白いシャツに、青いズボン姿の爽やかな出で立ちである。短く切った前髪がぴんと跳ね上がり、少年の面立ちに愛嬌を加えている。年は、ルルディより少しお兄さんだろう。

 少年は、両手で白い布に包まれた荷物を持っていた。


「こんにちは、ガラマお爺さん。師匠の本を持ってきました」


 少年が言い、よっこらしょ、とカウンターに荷物を置いて包みを解く。五冊のぶ厚い魔術書が、現れた。


「ああ、ご苦労さん、リュカ。ふむ、約束の五冊だね。今回は、随分と遅かったんじゃないか?」


 ガラマお爺さんが本を手にとり、ふむふむとうなずく。


「すいません。師匠の悪い癖がまた出ましてね。脱線して、また役にも立たない魔術書を数冊こしらえて、時間を無駄にしてたんです」


 リュカと呼ばれた少年は、深々と溜息をついた。ふと、ルルディと目が合うと、興味深そうにじろじろ見てくる。


「この女の子、どちらさま? ずいぶんと可愛らしいけど……まさか、ガラマお爺さんのお孫さん……ですか?」


 リュカが問うと、ほっほっほ、とガラマお爺さんが笑った。


「まあ、そのようなもんさ。この子は私の秘蔵っ子だよ。最近は忙しくて大変だから、この子に店を手伝ってもらうことにしたんだ。おまえさんと同じ、見習いだよ」

 ルルディはぺこり、とリュカに頭を下げた。


「初めまして、ルルディです。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。俺はリュカ。年は十六だよ。この本の作者である、魔術師の弟子なんだ。見習い者同志、仲良くしようぜ」

 

リュカがにっこりと笑う。ルルディも笑顔を返した。年の近い知り合いが出来て、とても嬉しい気持ちになる。


「ところでリュカ、お師匠さんに伝えておくれ。ヒモナスの魔術書を城が買い取ったと」


 ガラマお爺さんが言うと、リュカはとても驚いた顔をした。目玉が飛び出そうなほど目を大きく開き、ええーー! と大きな声を上げる。


「城が買い取ったんですか、あの問題作を! ガラマお爺さん、よく止めなかったね……」


「どうかしたんですか?」


「ヒモナスはわが書店の問題作なのだよ。エルピダも言っておっただろう? 性格に難があると。そのせいで、買い手がついてもすぐに返品されてしまってなぁ。力のある良い魔術書だが、いかんせん、持ち主の言ことを聞かんのだ」


「はあ、なるほど。でも、よかったじゃないですか! お城で働くとなれば、魔術書も名誉でしょう? 今頃、がんばっているじゃないですかね」


 ルルディは気楽に笑ったが、リュカの沈痛な面持ちは変わらない。


「だといいんだけどなぁ……変人奇人の名を欲しいままにするうちの師匠が書いた中でも、一際変な本だからなぁ、ヒモナスは」


 リュカの重い口ぶりから、師匠は難儀な人物のようだ。奇人変人の名を欲しいままに……一体、どんな魔術師なのだろう。


「何か問題でも起こしてないといいんだがな」


 と言いながら、ガラマお爺さんはなぜか楽しそうである。


「あのねぇ、そんな気楽な構えている場合じゃないですよ。だめですよ、お城にあんな本売ったら……ああ、帰って報告したら、師匠、なんていうかな。また変な本を書く気を起こしたらどうしよう……」


 リュカはぶつぶつ言いながら、浮かない顔で帰った。

「やれやれ、心配性な子だ」


 ガラマお爺さんが呟きながら、魔術書に添付された封筒を開けて読む。ルルディは横から覗き込んで見たが、酷い悪筆で読みとれない。


「ルルディ、この本を手にしてごらん」


 ルルディは言われた通り、リュカが持ってきた魔術書を手にする。ルルディの小さな手の、親指から小指まで厚さがあり、とても重い。


「重いだろう?」


 問われて、ルルディはうなずく。


「この本の著者である魔術師レジス・カンドリアンは、壮大な魔力の持ち主でね。力があり余っているから、とにかく書き込む。だから本が重い。彼の魔術書は癖が強いが、とても人気なんだ。力のある本は頼りになるし、なによりその珍妙さが、コレクター心をくすぐるんだろう」


 ガラマお爺さんが笑った。ルルディも声をあげて笑う。リュカのお師匠さんは、どうやら奇人で天才のようだ。そんな人に教えてもらうのは大変そうだから、自分の師匠はガラマお爺さんのような穏やかな人でよかった、と思う。


「才能があるからこそ、レジスは要注意の魔術師でね。たまに、とても変な本を書いて持ってくるんだ……」


 ガラマお爺さんが笑うのをやめて、溜息をついた。


「私も点検しているが、見落としていて間違って売ってしまっては、お客さんに迷惑がかかってしまう。そういう本は、大抵、妙にずっしりと重い。レジスには要注意だよ」


「わかりました。レジスさんに会ってみたいわ」


 ルルディは言った。


    *


 リュカの忠告したとおり、気楽に構えている場合ではなかった。

 翌日、真夏だというのに厚手の黒いロングコートを着て、ブーツを履いた男が険しい顔で店にやってきた。

 大きなマスクで口を覆い隠し、耐えず鼻をすすっている。竦んでいるルルディを見つけると、男はわなわなと震えておおきなくしゃみをした。


「き、き、君。大変だよ、大変なんだ。私は城仕えの魔術師ウイバルという者だが……」


 男は名乗り、また大きなくしゃみをして鼻すすった。目は充血して、コートの裾を重だるく揺らしている。

 朝一番、掃除を終えてすがすがしい店内をあっという間に男は濁らせた。


「おはようございます、ウイバルさま……あの、お城で何かあったのですか?」


 ルルディは、恐る恐る尋ね。


「どうもこうも、ここで買った本のお陰で私は、鼻水は止まらないし頭は痛いし、鼻が詰まって眠れないし……」


 ウイバルが鼻をすする。彼は喋るたびに、鼻声が酷くなり、言葉が聞き取りづらくなった。


「風邪をひいて治らない。というのもだね、ヒモナスが城を真冬にしてしまったからさ」


「真冬に?」


 書庫の扉が開き、ガラマお爺さんが出てきて、ウイバルに挨拶をした。ウイバルは丁重にガラマお爺さんにお辞儀をして、安堵した顔になった。


「ヒモナスが問題を起こしているようですな。体調をすっかり崩されて、お気の毒に」

 ガラマお爺さんが髭を撫でて言った。

 あまり心の底から労わってはいない風だ。


「そうなのです。ヒモナスは私の言うことなど、ちっとも聞きやしません。そればかりか、逆らってばかりで。ヒモナスが、城を真冬のようにしてしまいました。ほどほどに涼しいぐらいが言うというのに、怖ろしく寒い冷気で……城の者は私のように風邪をひき、かわいそうな王女は寝込んでおります。どうにかしてください」


 ウイバルが途中、鼻をすすりつつ、ガラマお爺さんに訴える。


「それは、困ったことですな。ご安心ください。我が魔術書店エンスティクトは、御買い上げ後の問題にも早急に対応するのが売りですから。ということで、ルルディ」


 ガラマお爺さんに、いきなり呼びかけられたルルディは、裏返った声で返事をしてしまた。


「ルルディ、ヒモナスを説得しに行っておくれ。私は腰が痛くて、城までの坂道は堪えるからね」


「いいですど……あたしに、できるかしら?」


 城に仕える優秀な魔術師ウイバルの命令に従わないヒモナスが、ひよっ子魔術書師の言う事を聞くだろうか?


 ウイバルも同じ不安を持ったようで、疑わしそうにルルディを見ている。


「これも修行だよ、ルルディ。説得は難しいだろうが、なあに、私の命令にもヒモナスは素直に聞かないさ」


 ガラマお爺さんは、のんきに笑っている。


「あの、本当に早急になんとかして頂かないと……困り果てているのですよ。ヒモナスの所業は私のせいにされて、それはもう、針のむしろでして……」


 ウイバルが横目でルルディを見ながら、ガラマお爺さんに訴える。この人、あたしでは不満なのね、とルルディは少しむっとする。そりゃあ見習いに任せるのは心配だろうけど、ちっとは期待してくれてもいいのに、と。


「ウイバルさん、この子をよく見てください。彼女はとても勉強熱心な、魔術書師見習いです。あなたもかつて、この子のような瞳の輝きを持った見習い魔術師だったでしょう。どうか、その頃の勉強したいという強い心意気を思い出され、彼女に任せてやってはくれませんかね?」


「は、はぁ……」


 ウイバルはうつむいて、もじもじている。


「お願いします、ウイバルさん。あたしではお力不足でしょうけれど、お任せくださいませんか?」


 ルルディはウイバルに近付いて、そっと願った。ウイバルはルルディを見ると、根負けしたように溜息をついた。


「わかりました……ガラマお爺さんにはお世話になっておりますし、レジスの魔術書を甘く見た私が悪いのです。ルルディ、私について来てください」


 やったあ、とルルディは心の中で呟き、ガラマお爺さんを振り返って笑顔を見せた。ガラマお爺さんも微笑んで、うなずいている。


「はい! よろしくお願いします!」

 ルルディは元気よく言って、ぺこりと頭を下げた。




 




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― 新着の感想 ―
[一言] ルルディが素直で優しいのがすごく好感度が高いです…!頑張ってほしいなぁ! ヒモナス、すごく厄介で偏屈な魔導書でしょうね…ちゃんと説得できるでしょうか…。
2024/03/03 00:50 退会済み
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