第五話 レイサンダーの書2
マヤが先陣を切り、街の名所へと旅人の騎士レイサンダーを連れて行く。ルルディはレイサンダーの横に付き、マヤの説明に補足した。
城の景観を楽しめる塔、世界の誕生と共に発芽したといわれがある魔法樹、魔術具が売っている魔女の店。
一通り王都ハルバリアをめぐり、三人は魔女が経営するレストランに入った。体に良い薬草をふんだんに使った料理を、レイサンダーは気に入ってくれた。
「ところで、ライモ王子とレイサンダー様は、どういったご関係ですか? とても親しいご様子けれど」
ハーブティーのお茶タイム。マヤがライモ王子の話を切り出す。
「彼の友達よ。付き合いの長いね」
レイサンダーは肩をすくませて言った。
魔法でサーカスを盛り上げる道化師のライモ、身分差を乗り越え、ヘレナ姫と結ばれた。
龍を討伐し、その髭を持ち帰ったことが王に認められたのだ。レイサンダーはライモ王子の龍討伐に同行し、髭を刈る瞬間を目にしている。
「伝説の男になるってのも、なかなか大変よね。あのね、マヤ、ルルディ。あんまり夢見てはいけないわ。本物を見ると、絶対にがっかりするから。ヘレナ姫はあいらしくて、とってもステキなプリンセスだけど。ライモが彼女とお似合いかというと、そうでもないわ。世にも素敵なカップル、とはいかないわよ。今は若いからいいけど、年取ったらライモはもっと貧相になるんじゃいかって、あたしとても心配なのよ」
レイサンダーが愚痴をまくしたてる。マヤはしょげた顔で、ハーブティーを一口飲む。
「うーん、ご本人にお会いしたことがないので、わからないですけれど。あたしは残念な気持ちになってもいいから、ライモ王子とヘレナ姫を見てみたいなぁ」
ルルディは素直な感想を口にする。
ふふ、とレイサンダーが笑う。
「そのうち、会えるかもね」
カラン、と鐘が鳴ってレストランのドアが開き、ルルディの視線は入ってきた人物に釘付けになった。
黒いマフラーを首に巻いたアグノスは、顔色が悪かった。彼はルルディを見ると、気まずそうな顔をしながらも、ウェイトレスに案内されて近くの席に向かった。
「あら、アグノスさん、こんにちは。よかったら、こちらの席でご一緒しませんこと?」
明るくマヤが話しかける。レイサンダーはカップを置くとさっと前髪を整え、微笑をアグノスに見せ
た。
「あ……そうか、そうだな」もごもごとアグノスが話す。「ハーブティーだけ飲みにきたので、すぐに帰るつもりだが……」
「ええ、少しでもご一緒してくださいまし。こちら、カサオ国からいらした王国騎士のレイサンダーさん。この国の魔術師が珍しいそうなので、よろしければお話を」
「王国騎士の方か……僭越ながら、同席させて頂こう」
マヤの淀みない誘いにより、アグノスはルルディの隣に座った。ルルディは肩をすぼめて、うつむく。あれから、ルルディはアグノスに対する親しみを取り戻せずにいた。アグノスもルルディのよそよそしさを感じ取り、顔を合わせれば気まずそうに言い訳をして、すぐに去る。
「初めまして、アグノスさん。レイサンダーと申します。お会いできて嬉しいわ。あなたの得意な魔術をお聞かせ願えるかしら?」
「封印魔術を生業にしています」
短くアグノスが質問に答え、注文したハーブティーのカップに口をつけた。彼が頼んだハーブティーは濃い緑色で、とても苦そうだ。
「カサオ国は魔術の進歩は遅れていますのよ、革命のお陰で政治はずいぶんと変わりましたけれど。我が王国騎士団も、日々の訓練を怠りませんの。戦争をしないようにと。我々騎士が自国の治安を守るだけの存在でいられるよう、王子には外交をがんばってもらっています。しかし武器はいまだ作られています」
レイサンダーがため息をついた。
「……カサオの武具技術がいかに発展したか、存じています。革命時代、王政に立ち向かうため、鍛冶師が王国軍の盾を貫く槍を作ったと」
アグノスが顔を上げて、レイサンダーを正面から見据えた。お察しの早いこと、と言ってレイサンダーが含み笑いを浮かべる。
「その槍は他国にも輸出されていると。あくまで国防の手助けという前提で。しかし、実際の目的はお金ですけれどね。平和をうたいながらも、高値で槍を売りさばく。それがカサオ国の実体でもあります」
レイサンダーが目を細めてアグノスを見る。
アグノスはハーブティーを一気に飲み干し、席に立った。
「失礼。あいにく風邪気味でして、あなたにうつしてはいけない。お暇します」
アグノスの黒衣が、きぬずれの音を立ててルルディから離れていく。
「そうそう。最近、その槍を求めて船が頻繁にやってくるのです。生産が追いつかず、困ったことです」
アグノスの去り際に、レイサンダーが言った。アグノスは答えずに店を出て行った。
「つれない方ねえ」
レイサンダーが頬杖をつく。ウェイトレスがハーブティーのおかわりを淹れにきてくれた。
「アグノスさんは無口なのよ。あら、どうしたの、ルルディ。落ち込んだ顔して」
マヤに問われて、ルルディはアグノスとの仲がこじれてしまったみたい、と相談した。ケンカをした訳ではない。けれど前のように親しみをこめて話すことができない、と。
「彼はあなたに隠していることがあるようね。彼はきっと不器用で、うまく隠せないからあなたを避けているのよ」
レイサンダーが頬杖をついて、じっとルルディを見つめて言う。
「秘密…ですか?」
「うん。大人が子どもに話せない類のね」
ルルディはテーブルに置いた、自分の爪先を眺めて考える。失われている、生い立ちの秘密。もしかしてアグノスが隠したがっているのは、それではないか。ルルディは思いきってレイサンダーに、魔術書店エンスティクトでガラマお爺さんに出会うまでの記憶が、一切ないことを打ち明けた。どこで生まれ、誰に育てられたのか、自分の存在というものが不確かなこと。
レイサンダーは細かくうなずきながら、ルルディの話を聞いてくれた。
「時がくれば、お爺さんもアグノスさんも話してくれるでしょう。あなたを守るために、秘密にしていることを理解してあげて。きっとその秘密は怖ろしいことではないと、安心なさい。たとえ記憶がなくとも、あなたは確かにここにいる」
レイサンダーの大きな手が、そっとルルディの手の甲を包んだ。指の太いしっかりとして、手のひらは柔らかい暖かい手だ。
「はい、わかりました。聞いてくださって、ありがとう。あたしはガラマお爺さんと、アグノスさんを信じます」
ルルディは微笑んだ。レイサンダーが口角を持ち上げて、白い歯を見せる。
「いい子ね。あなたはここにいる、そして笑顔をあたしにくれる。それだけで十分よ。アグノスさんとも、時が経てば距離が縮まるわ」
あたしはここにいる、とレイサンダーの言葉を復唱する。笑顔を与えられる。それだけで、いいんだ。
「ルルディ、わたしもいるわよ。大丈夫」
マヤが手を握ってくれた。うんうん、とルルディはマヤの手を握り返した。
あたしは、ここにいる。
*
ばら色のマフラーは昼用だ。夜の顔である紫色のショールを、レイサンダーは首に巻きつける。体のラインに合ったスミレ色のセーターの上に、ロングコートをまとって夜の街に繰り出す。
目当ての男は、すぐに見つかった。路地裏の飲み屋、カウンターの隅で薄闇にまぎれている。
「昼間はどうも。アグノスさん」
するりと隣に腰かける。アグノスは驚きはしなかった。シェリー酒を注文して、レイサンダーはコートを脱ぐ。
「あたし、この街が気に入っちゃった。可愛い女の子二人と知り合いになってね、魅了されちゃったわ。何度でも来ようかしら」
アグノスは黙ってグラスを傾ける。
「ルルディって子、ほんといい子ね。とってもかわいい。里の妹を思い出したわ。あなた、ご兄弟はいらっしゃる?」
アグノスは首を横に振った。
「そう。あたしは長男でね。下に弟と妹がいるのよ。あたしってこんなんでしょ? 親はあたしが家を継ぐのは諦めてるわ。でも、弟が出来がよくってねぇ、安心よ。あなたの故郷はどこ? あたしは田舎生まれでねぇ、都会に出てきて色々と困ったものよ」
「本題を話してもらおうか、レイサンダー」
アグノスと視線が合う。レイサンダーは微笑み、シェリー酒に口をつけた。
「カサオの槍が、この国に密輸されたことに、困ってるのよ。槍の輸出は同盟国に限られ、国の許可がいるのに。とんでもない違反よ。密輸犯は刑務所の中ですべてを自白したの。近々、王が戦争を起こす。隣国を攻める、とね。隣国はカサオと同盟国よ。うちの槍が使われたらどうなる? 裏切り者と同盟を切られるわ。それはとても困っちゃうの、わかるわよね?」
「カサオ国は同盟国を増やしていると聞いた。盛大な婚礼式が終わった後からだ」
「ライモ王子の意向よ。その内、全世界の国と仲良く手を繋ごうって言い出すかもしれないわね。もちろん、この国も狙ってる。察しの良いあなたのことだから、これでもう、分かったでしょう」
「最初から分かっていた。おまえが観光客ではないことぐらい。俺は来訪を待ちかねていたよ、騎士殿。ライモ王子は友達候補が死ぬのが嫌か」
「うん。とってもね、心が痛むから」
「面倒ごとも嫌いなのだろう」
「誰だってね。ひとまず、あたしは報告をしに帰る。……反抗勢力は潰されかかった時が、勝負。安心し
て、あんたが死ぬ前に来てあげるから」
「感謝する。剣の使い手は不足していた」
レイサンダーはグラスを手にして、置きっぱなしのアグノスのグラスに、こつん、とぶつけた。
「ルルディに、一部だけでも話してあげなさいよ。あなたに優しくされること、あの子にとって、とても重要なことぐらい、わかるでしょ」
アグノスが酒を注文する。空の下げられたグラスを、名残惜しそうに目で追った。
「よく知り、よく喋るな」
「それが特技よ」
レイサンダーが笑って答えた、
異国で過ごす夜はしっくり来る気がする。無口な男相手に、その夜、レイサンダーは少々飲みすぎた。




