ファイナル・デスティネーション
ぼんやりと野菜を洗っていたヤマト博士の耳に、シザリオの怒鳴り声が届いた。
「じゃあ、その力を使ってみろよ!」
いけない、とヤマト博士は反射的に思う。
母親の言葉が蘇る。
「ユーシスさんのお孫さんが産まれたの。その子は………私達とは比べ物にならないくらいの力を持っているわ。
可哀想に、これから2人は逃げ続けなきゃならないし、ユーシスさんは、お孫さんに癒しの力を使わせないようにと、必死になるでしょう」
「シザリオ、お客様の前で大声を出すものじゃありませんよ」
落ち着け、とヤマト博士は心の中で思う。
まだ子供だ。売り言葉に買い言葉で、ユージェニーが癒しの魔法を暴走させてしまうかもしれない。
「ユージェニー、一旦話を整理しましょう」
ヤマト博士がソファに座った。
「ユーシスさんは、あなたに薬1つ作らせなかったのではないですか?」
ユージェニーは一つ瞬きをした。
「そう。お祖母ちゃんは、私に何一つ手伝わせてくれなかった。でも、お祖母ちゃんの体が悪い事が自然に分かって…………それを治す薬を作った。驚くほど簡単だったわ。博士は知っているの?何故私達は引っ越しばかりしていたのか、何故私は何の役にも立たなかったのか………………なんでお祖母ちゃんは姿を消してしまったのか」
ジェニータソが嗚咽を漏らす。
「薬を作ってしまったんですね。ユーシスさんは………それを飲まずに姿を消した」
「……………何も感じないの。お祖母ちゃんの気配をなんにも。ひょっとしたら…………そう思ってここへ来たの」
恐らくもうユーシスさんはこの世にいないのだろう、と博士は思った。
魔力を発動させてしまった孫娘と一緒にいたら、2人の力が相まって、見つかってしまう可能性が大きくなる。そして、気配を感じない、と言う事が何を意味するのか、この少女も分かっているのだろう。
大体、話がうま過ぎたんだ、博士は自重気味に思う。
ルーシャスを連れ出せた事も、ルーシャスを憎めない事も、シザリオが協力してくれた事も。
…………ルーシャスが黒オオカミとてんとう虫を拾って来て、その表情がどんどんと和らいで行った事も。
役者が揃ってしまった。
早晩、ユージェニーは見つかってロトタワーに幽閉されるだろう。
そして、出産が可能な年齢になったら、第二の母胎として被験者にされる。
『大丈夫だよ』
私の耳に、再びあの声が響いた。
20年近く聞いていない、懐かしいお姉ちゃんの声。
『お姉ちゃん?どこ?どこにいるの?』
同時にジェニータソも、亡き濡れた瞳を上げる。
『貴女のお姉さんね、貴女と一緒にいる』
え⁉︎どう言う事?
『誰の事も分かるわけじゃない、貴女は特別だ、って言ったでしょ?』
ジェニータソは続ける。
『最初に会った時から不思議だった。1匹のてんとう虫の中に2つの魂が入ってる。そして、私と貴女は思念で会話が出来た。だから、貴女のお姉さんの事も分かったの』
私はぶぶと飛んで、ジェニータソの前に着地した。
『お姉ちゃん、同じ体の中にいるなら、何で今まで話してくれなかったの⁉︎』
『半分眠って、半分覚醒しているような感じだったから。でも、ジェニータソが来てくれて、意識がはっきりしたの』
また話せて嬉しい。お姉ちゃんはそう言った。
『私ね、貴女の部屋の勾配天井の1番上で、貴女をずっと見ていた。冬を越したから1年近く。てんとう虫としたら長生きだったわ」
勾配天井!
くっ、死角だから気づかなかった。
お姉ちゃんは本当にてんとう虫になって、私に会いに来てくれていたんだ。
『あの日、貴女がみんなの100万回の思いを乗せて、エンターキーを押した瞬間、この世界に貴女の魂が引っ張られたの』
まさかの幽体離脱だったか!
『それでね、剥き出しの魂のままじゃあまりにも危険だと思って、私の体に貴女の魂を乗せたの』
ユージェニー、とお姉ちゃんがジェニータソに語りかける。
『大丈夫だよ、って。ヤマト博士に伝えて』
『大事な事だから、よく聞いてね』
私の頭の中に再びお姉ちゃんの声が響いた。




