シザリオ、ルーシャス、そして幹 その3
それから数年が経った。
離れ離れになったまま、ただ、死んだ、と伝えられた母はまだ生きていて、ひっそりと暮らしていたあの村に今でもいるような気がして、薬効が高い薬草を作り出した時には、母が喜ぶだろう、と思い、次の瞬間には、ああそうだ、母はもういないのだ、と思い出す。
そんな日々を繰り返していた。
研究所の廊下で2、3歳くらいの幼児を見かけたのはそんな時だった。
少し癖のある美しい銀髪が印象的な子供だった。
まだ引き合わされてはいないけれど、会長の孫だという子供と同じ年頃だろうか。
その頃には、僕を研究所に招いてくれた、その子供の父親はもう寝たきりになっていると人伝に聞いた。
………ここに何の用かな。
膝を軽く曲げて視線を合わせ微笑んでみる。
何の反応も返って来なかった。
その瞳は虚空を見つめ、顔には一切の表情も無い。
まあ、いいか。
僕は肩を竦めて自分の部屋に戻った。
耳をつんざくような悲鳴が聞こえたのは、それから数十分程経った頃だろうか。
子供の叫び声だ、そう思った僕は部屋から飛び出し廊下を走った。
窓から部屋の中を覗きながら確かめる。
医療施術室のベッドの上にその姿はあった。
獣のように泣き叫ぶ小さな体はベッドに固定され、研究者が脊髄穿刺を行っている。
…………まさか、麻酔をしていないのか⁉︎
驚いた僕はドアを開けて怒鳴った。
「そんな小さな子になんて事してるんですか!」
研究者達は顔を上げもしない。
1人が事もなげに言った。
「苦しめば苦しむ程、『核』が成長する」
信じられなかった。
ひょっとしたら、母もこんな事をされていたのかもしれない、そう思うと頭に血が昇った。
「やめて下さい!なんて酷い事を!」
研究者の1人が顔を上げて笑った。
「君がそんな事を言うとはね。君が1番この化け物を苦しめる資格を持っているのに」
初めて見た幼児を苦しめる資格、なぜ僕にそんな資格があると言うのだろう。
「………………君のお母さんね、彼女を殺したのはコイツだよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「…………詳しく聞きたい?」
嬉しそうに尋ねて来る。
「そろそろ潮時だからね、特別に教えてあげるよ。そのうち君にも協力して貰う日が来るかもしれないから」
背中に未だ子供の叫び声を聞きながら、僕は促されるように別室へと向かった。
「極秘なんだけどね、この研究所では人間兵器を作っているんだ。……………人の中にある深い深い悪意、憎しみ、妬み、絶望、そんな思いを集約させて破壊衝動のみを持った核を作る」
本当に嫌な笑い方をする男だ、と僕は思った。
「悪意を集約………って、一体どうやって」
男が何でもない事のように言った。
このタワーの地下深く、大勢の人間が今この瞬間も絶望を感じ、いっそ死にたいと思いながら自分の運命を呪っている」
いや、驚くべきパワーだよ。魔導機で吸収して、今までいくつもの核を作って来た。
「ただねえ………」
と僕を見てにやりと笑う。
「受精卵にその核を注入するだろう?勿論、受精卵は全ての基準をクリアした完璧な男女から造られている。でもね、母胎にその受精卵を着床させてもダメだったんだよ」
嫌な話の流れだ、と僕の背中を汗が伝う。
「この先は君にも協力を頂く事になるから話してるんだけどね。とにかく母胎が保たないんだ。受精卵を着床させた途端に激しい拒絶反応が起こってね。のたうち回るような痛みと多量の出血に、早ければその日のうちに母胎が命を落としてしまう」
それでさ、考えたんだよ。
この巨悪の核を胎内に収められるのは、相対する力を持った魔女……………癒し手しかいないって。
もうやめろ!
僕は耳を覆いたくなる。
「それでね、誕生したのがさっきの子供。ルーシャスだ。君の母上は素晴らしかったよ。激しい痛みと毎日の出血に耐えてルーシャスを育ててくれた。勿論、自死などされたらたまったものではないからね、24時間監視。食事を摂ろうとしないから胃に穴まで開けなきゃならなかった。
それから、ルーシャスもねえ、素晴らしかったよ。この環境なら自分は産まれる事が出来ると、本能的に悟ったんだな。生かさず殺さず、絶妙な加減で力を制御していた」
僕は椅子を蹴るように立ち上がった。
「それで1人は生まれたんだけどね、次の一手で行き詰まってっちゃってね」
魔女が見つからないんだよ、だからね、例えば君の娘は魔女として産まれるか、そこに我々は賭けているんだ。
君が健康な男子で良かったよ、マーカス様も君を研究所に留めるとは、全く粋な事をして…………………
最後まで聞けなかった。
僕は椅子を蹴り倒して部屋から走り出た。
遠い記憶だ。
逃げなければ行けない、ここに居てはいけない。
僕はそれから入念に逃亡計画を練った。
上手くいくはずはない、でもそれなら殺されてもいい、そう思っていた。
逃げる時、ルーシャスを連れて行った事は未だに自分でもその時の気持ちが分からない。
どうせ殺されるのなら、母が産み出したというこの化け物も一緒にいなくなってしまえばいい、とも思った。
いつか、自分の母親を殺したのはお前だ、と伝えて絶望の淵に叩き落としてやりたい、と思ったのかもしれない。
でも、その時の事を考えると、またいつもの違和感が僕を襲う。
ああ、まただ。
こうしなきゃいけない、これが正しい物語なのだと、誰かが囁く。
僕は、心の底からルーシャスを憎む事が出来なかった。
速報
リーダー…………1人になっちゃったねえ




