シザリオ、ルーシャス、そして幹
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僕の名はシザリオ・エセルバート・ロトシールド。
祖父の率いるロトシールドグループは、単なる総合企業を超えた巨大さを誇り、経済のみならず、この国の政治、軍事、宗教、文化、科学に至るまで幅広くその根を伸ばし、裏社会にまでも通じている。
この国の全ての基礎、だから人々はロトファウンデーションと口にし、祖父はその頂点に立つ、神のような存在だった。
その祖父の血を引くたった1人の孫、それが僕だ。
幼い頃から大人に囲まれ、可愛げなく育った僕に、ある日、まだ存命だった父が1人の青年を連れてやって来た。
僕は6歳、彼、大和幹と名乗る青年は18歳だったと思う。
幹は、いや、ミキは何でも知っていた。
理由は分からないけれど、一目で僕はミキを好きになった。
今日からずっと僕と一緒にいてくれると知った時には飛び上がるほど嬉しかった。
ミキがいれば他に何も要らないと思うほど、僕はミキに夢中になっていた。
もちろん、口にも表情にも出す事はなかった…………と、
なのに………ミキはある日突然あいつを、あいつだけを連れてどこかへ行ってしまった。
それから僕は必死になってミキの居場所を探した。
会社のマザーコンピューターに入り込めた時は狂喜した。
自分には才能がある、ファウンデーションを出し抜いてやった、祖父を超えたのだと思った。
そしてあっけなく見つかったミキの居場所を簡単には見つからないようにとプログラムを操作した。
あいつの事も助けてやっているのかと思うと業腹だったけれど、それよりもミキの役に立ちたかった。
サクラ、という名を聞いた途端にミキの表情が変わった事に僕だけが気づいた。
あいつには分からなかっただろう。
サクラ・ヤマト、そしてユーシス。
新しく2人の名が情報として手に入った。
調べて行くと、宗教部門と科学部門にその名が散見される。
詳しく調べようと思ってキーボードを叩き、エンターキーを押そうとして、指先が震える。
ひょっとしたら、最初から何もかも筒抜けだったのではないか。
僕が調べた事、僕がした事、全て祖父には報告され、後嗣としての資格があるのか試されていただけなのではないだろうか。
そして、ミキとあいつを野放しにしておくのも、何か理由があるのではないか。
『結構えげつない事をしてくれたよ、君のお祖父さんの会社は』
ミキの言葉が蘇る。
…………知らない。
こんなミキを僕は知らない。
僕がどんなに酷い事をしても、言っても、困ったように目尻を下げて笑っていたミキ。
祖父の会社、いや、祖父は一体ミキのお母さんに何をしたんだろう。
あの娘がミキの家にやって来たせいで、何かが狂い始めた。
「……………ちくしょう」
僕は手近にあった置物を窓に向けて思い切り投げつけた。
屋敷中を覆う防弾ガラスは、それを難なく受け止め、置物は毛足の長い絨毯に吸い込まれるように音もなく落ちていく。
雨が降っていた。
遠くに霞むファウンデーションの心臓部、ロトタワーの灯が滲んでいる。
防弾ガラスは、その優しい雨音も、僕の耳に届かせてはくれない。
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物心ついた時から1人だった。
白い部屋に住んでいた。
衣食住、最低限の世話はあったと思うけれど、人との関わりは殆どなかった。
関わる、と言えば2週間おきに行われる『検査』をする研究者達と関わるだけ。
もちろんそこにも会話はない。
そこには痛みだけがあった。
けれども、その生活に何の不満も持たなかったのは、知らなかったからかもしれない。
………知らない物を欲しがる人間はいない。
だから、いつも無表情だった。
数年前、青い顔をした研究員がオレに「逃げよう」と言った。
そいつだけは、時々少し垂れた目でオレに笑いかけてくれていた。
逃げるなんて、どうせ無理だろう、そう思っていたのに、何故かオレ達は安全な隠れ家に住み
信じられない平和な日々を送っていた。
時々、シザリオという変なやつが来た。
ヤマト博士を慕っているのが見え見えなのに、無関心を装う姿が何だかおかしくて揶揄ったら
「…………何でオマエなんだよ」
と、不貞腐れたように呟いていた。
その頃からだろうか、オレは自分の中のどこかに硬くて冷たい何かがあって、衝動的に何もかも壊したくなる事に気づいた。
そんな時は剣を振うか、それでもダメな時には森の中に逃げ込んだ。
森の深層、音も光も届かない場所に横たわり、このまま森と一体になってしまえればどんなに良いかと、何かを、誰かを傷つけてしまう前に森の一部になってしまえればどんなに良いかと考えた。
そんな時だ。
あの2匹に出会ったのは。
それからも時々オレは冷たい発作に襲われた。
けれど不思議な事に、まるで言葉が通じるかのようにフェリステアとアキが視線を合わせてオレに向かって来る。
オレの横にぴったりと貼り付くように伏せるフェルと、オレの肩口にそっと留まるアキ。
オレはフェルの横に寝転がり、体温を感じながらその柔らかい胸元に顔を埋め、腕を天井に伸ばす。
アキがするすると腕をよじ登って、伸ばした人差し指を目指す。
飛ぶかな?といつも思うけれど、一瞬羽を開いてブルブル震え、またその翼を閉じる。
どこにでも行けるのに、2匹ともどこにも行かない。
気づくと冷たい塊が溶けている。
…………胸があたたかくなる、っていうのはこういう感じなのかな、そんなふうに思う。
状態異常からの回復だ、とあの少女は言っていた。
彼女が放った魔法は、オレの胸の中の冷たい塊と相剋して、心臓が苦しくなった。
これは、自分とは相容れない存在だとその瞬間に悟った。
けれど、ひょっとしたらこの苦しみから救ってくれる存在なのかもしれない、そう期待してしまう自分もいた。
…………アキは、ヤマト博士によく似た髪と目の色をした少女だった。
まだ幼さの残るふっくらとした頬を思い出すと自然に笑みが溢れる。
あの子がずっと指先に留まってたんだな、オレは小さく笑った。




