Episode43-1 春日井と秋苑寺と
くっそお前ええぇぇ!!
こんな所に私だけを置いて行くなああぁぁ!!
私もたっくんのところに行きたいいぃぃ!! しかもその爽やか笑顔うそ臭ああぁぁ!!
恨みがましさ満点の目で私を置いて行った似非爽やか野郎の背中を見つめていたら、「……取りあえず座る?」と秋苑寺に促された。
敵前逃亡するには時すでに遅く、もう仕方なく頷いてその場に体育座りした。
「あの、お話されていたのにお邪魔してすみません……」
「いいよ、そんなの気にしなくても。途中からそっちの話気になっちゃってたからさ~」
「……」
ヘラヘラ笑って人が気にしてることを抉ってくるんじゃないよ!
くっそう、どこから聞こえてたんだ!
「そういえば、百合宮さんは秋苑寺くんとは前から知り合いだっけ?」
「いえ。今日が初対面です」
春日井からの問い掛けにそう答えたら、彼はあれっというような表情になった。
「そうなの? てっきりもう会ったことあるんだと思ってたんだけど」
「どうしてですか?」
「あー、俺何となく分かった。ないない、アイツからも佳月兄からも話し聞いてないし。てゆーか、奏多さんに妹がいるって今日初めて知ったし。ね~?」
「え、ええ」
ね~?って、私に聞かれても知らんがな。
分かったと言う秋苑寺の話の半分も理解できないが、どうやら春日井は理解できているらしく「へぇ」って相槌を打っている。
何なの、その攻略対象者だけが通じ合っているような感じ。
「んー。今更だけど俺、秋苑寺 晃星。よろしく~」
「百合宮 花蓮です。……よろしくお願いします」
本当に今更な自己紹介をして、ヘラヘラ笑っている秋苑寺から春日井へと視線を向ける。
「あの、春日井さま。先程のことなのですが、すみませんでした」
「え? 何が? どうして百合宮さんが謝るの」
「何度も関係ないと突っぱねてしまったことです。私が病院に行っている時、すごく心配して下さっていたと聞きました。それなのに、あの言い方はひどかったかなと思いまして」
自分に置き換えてみたら、それはすごく嫌なことだった。
だってたっくんや瑠璃子さん、普段がツンデレな麗花にも本気で、「お前は自分とは無関係だから」だなんて言われたりしたら……っ。そんなの嫌あぁぁ!! 絶対泣いちゃうもん!!
とてつもなく嫌な想像の中で、背を向けて歩いて行く三人に手を伸ばして追いすがる己の姿を見ていると、フッて笑う気配がした。
「そんな顔しなくてもいいから。うん、謝らなくてもいいよ。でもありがとう、僕のこと気にしてくれて」
「えっと、怒っては……」
「あーうん。確かにちょっとだけムッとしたけどね。でもそれは僕自身に対してだから」
春日井の言い分が不思議で首を傾げたら、緩やかに微笑まれる。
「守るって言ったのに、結局守れなかったから。あの時も、今日も。僕がその場にいたら、今回は絶対に叩かせなかったのに。だから僕の方こそ、あんな言い方してごめんね」
あの時と言うのは、有栖川少女の誕生日パーティの時のことだというのは察した。
でもあれは止めようとしてくれたのに、私が逆にそれを止めさせたから起こったことで、やっぱりあれも私の自業自得なのに。
もしかして私のスカートに紅茶をかけられたこと、今も気にしているんだろうか。だから眉根を寄せていたのかな?
「私、言いました。私自身が気にしていないことを気にすることはないって。それに春日井さまはちゃんと、有栖川さまから守って下さっていたじゃないですか」
私の言葉に、今度は春日井がきょとんとする。
「ずっと手を繋いで、隣にいて下さりました。色々なことを言われましたけど、春日井さまが隣にいなかったら、きっとあれ以上のことを言われていたと思います。だから私も耐えられたんですよ」
まぁ攻撃的だったのは春日井と一緒にいたからだろうが、春日井がいたからあれだけで済んでいた面があるのも事実。それに春日井が場を後にしようと後ろを振り向くまで、彼の立ち位置は途中から有栖川少女と私の間に入るように、少し斜め前に出ていた。
それって、私を守ろうとしての行動だよね?
「……ありがとう」
「ねぇ」
ぽつりと春日井からお礼を言われたが、私が返事をする前に秋苑寺が話に入ってきた。ヘラヘラ笑っていた彼にしては、珍しく眉根を寄せている。
「有栖川、前にも君に何かしたの?」
「えっ?」
何なの突然。……あ、そっか。
白鴎の親戚なら、秋苑寺にとっても有栖川少女は親戚になるのか!
「いえ? 特に何も?」
「うっそだ~。色々なこと言われたって今言ったじゃん」
ニコッと笑って答えたら即反論された。
せっかく人が穏便に済まそうとしているのに、わざわざ掘り返そうとするんじゃないよ!
何で全面的被害者の私がこんなに気を遣わなくちゃいけないわけ!?
「……ごらんの通り、私は聖天学院に通っていません。催会にもあまり出席しませんので、私が百合宮の娘だと知っている方も少ないと思います。有栖川さまには……まぁ、自己紹介する前にちょっとした誤解をされてしまって、何やかんやでそのまま別れてしまったので。あまり良く思われていなかったのは事実ですから」
曖昧な言い方で濁せば、不満そうな顔の秋苑寺にジトっと見つめられる。
……う~ん、まぁね。数少ない自分の家と同家格の百合宮家に対して、家格の低い親戚の子がやらかした内容が気になるのは分かるけど、こっちにもこっちの事情ってものがあるからね。秋苑寺ルートのライバル令嬢っていう名の、恐ろしい事情が!!
これ以上話す気はないと令嬢然と微笑んでいると、「はーぁ」と溜息を吐かれた。
「なーんか、君って見た目と違って男らしいねー」
「……は?」
こいつ、いま、何て言った?
旧華族の末裔たる百合宮の令嬢をつかまえて、おと、男らしいですって……!!?
「秋苑寺くん! 百合宮さんに失礼だよ」
春日井がすかさず秋苑寺の発言を諌めるが、諌められた方は更に反論を重ねた。
「だってパッと見さー、吹けば飛びそうでめっちゃ弱そうなのに、どっしりと構えてるっていうか押しても倒れないお地蔵さんみたいっていうか? んー、やっぱ男らしいって言い方が一番しっくりくるんだよねー」
「しゅ、秋苑寺くん!」
「女の子って普通、すぐ泣いたり頼ってきたりするじゃん? この子全然そんな感じないし。何か知らないけど有栖川のこと庇ってるっぽいし? 逞しい性格だなぁって。どう考えても男らしくない?」
誰か今すぐそこの攻略対象者の口を塞いでくれ。
春日井、そこは間髪入れずに「百合宮さんはれっきとした可愛い女の子じゃないか!」と反論して然るべき場面だ。何をうろたえている。
そして秋苑寺。
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