Episode41-2 新たな攻略対象者の登場
五百円玉大の大きさのチョコは小さい口ではすぐに溶かしきれず、モゴモゴしている中で、「じゃあ皆揃ったし、そろそろお昼食べようか」と佳月さまが言うのできょとんとする。
「もうお腹ぺこぺこー。あっ、百合宮さんの荷物も持ってきてるからね」
相田さんから鞄を手渡されたので受け取るも、皆それぞれの荷物からお弁当箱を取り出すのを見て唖然とした。
「えっ。皆さんまだだったんですか!? だってもう十四時ですよ!?」
「佳月たちも先に食べていてくれて良かったのに」
私とお兄様がそれぞれに言うと、「せっかくの親交行事だし」と肩を竦める佳月さま。
「そんなの気にすんなよ。一人だけ遅れて昼食べるの寂しいだろ。単独行動禁止だぞ、副班長」
「百合宮さんを待つのなんて当たり前のことっす!」
裏エースくんと下坂くんの言葉にうんうんと頷く我が班員達。
何てことだ。
何て友達思いの良い子達なんだろう! 私、この班で本当に良かった!
「いただきます!」と声を揃えて合掌し各々お弁当の箱を開けていく中、お兄様とは逆隣の佳月さまの横に並んで、同様に食事を開始した二人の攻略対象者へとチラリと視線を向ける。
円状になっているテーブルの席順は私を挟むようにして班の皆が座っており、丁度向かいの位置になるようにお兄様達が座っているのだ。
戻ってきても皆に囲まれていたし、お兄様と佳月さまとの会話が始まってこうして食事が始まってしまったし、完全にこちらもあちらも声を掛けるタイミングを見失ってしまっていた。
並んで高位家格の令息らしく大人しく食事をしている二人――春日井 夕紀と、秋苑寺 晃星。
本当、一応面識のある春日井はまだしも、よりによって月編攻略対象者の秋苑寺とか。
溜息が洩れそうになるのを、ご飯と一緒に飲み込む。
白馬の王子様タイプの春日井と、そんな彼と相性の悪そうな軟派チャラ男タイプの秋苑寺。
病院へ連れられる前から姿を見掛けていたので、最早諦めの境地然りであるが、こうして近くにいること自体もう嫌で嫌でしょうがない。仲の良い友達と外で食べるのは開放的な気分になって楽しいけど、それと同じくらい沈鬱な気分も抱えているという複雑さ。
と、ふと視線を上げた春日井の方とバチッと目が合ってしまった!
「久しぶりだね、百合宮さん」
遂に声を掛けられてしまったので、相変わらずの綺麗な微笑みに対しこちらも負けじと微笑み返す。
「お久しぶりです、春日井さま。このような見苦しい姿ですみません」
「……ううん。本当に大丈夫? ごめんね、僕のクラスの子が君に」
見苦しい、の辺りで微笑み一転、眉を若干寄せた春日井。その仕草に少し疑問を抱く。
何でそんな顔をするのだろう?
それに、たかだか同じクラスというだけで春日井に謝られても。
「いえ、私が勝手に転んで出来た怪我がほとんどですので。あと私がされたことに関してはあまり気にしてませんので、大丈夫ですよ?」
「でも頬を、その、叩かれたのは僕のせいでもあるんだよね?」
「えっ?」
何で知ってるの!?
ぎゃっ、お兄様の顔がこっち向いた!
ヤバい。何か今日のお兄様怖いし、いくらお互いの母親同士の仲が良くてもどうなるか分からない以上、これ以上家同士の仲に亀裂が入るかもしれないような問題はご免こうむる!
「全く以って春日井さまは無関係ですので、ご安心ください。私も、一体どうしてあのようなことをなされたのか、心当たりが全く以ってありませんの。恐らく私の知らない内に、何らかの誤解をされてしまったのではないかと思います」
「本当に~?」
にっこりと笑って言い切ったら、それまで静かに黙々と食事を摂っていた秋苑寺が何故か口を挟んできた。ゆっくりと彼に視線を向けて小首を傾げる。
「本当に、とはどういう意味でしょう?」
平静を保った声で聞けば、秋苑寺もまたコテンと首を傾げてこちらを見てくる。
「だってさ、そんなに痛そうなのに気にしてないってうそくさいなぁ。本当に心当たりなかったら腹立つんじゃない? いきなり叩かれたら俺だったら怒るけどねー」
「……本当に気にしていないのです。それよりも、驚きの方が大きくて」
「へー。じゃあ本当に怒ってないんだ?」
「そう言っています」
何なんだろうさっきから。
軽い口調で試してくるような物言いに、少しばかりカチンとくる。
それに一応お互い初対面なのだし、自己紹介もしないままこんなやり取りをするのは腑に落ちない。
話し掛けられる前は怖すぎてまともに視線も向けられなかったけど、不躾にならないように相手を見つめる。
「それに、いつまでも怒ってその人のことを考えるより、一緒にいたい人達と過ごすことを考える方が楽しいですから。一々気にして時間の無駄にしたくありません」
そうそう、有栖川少女のことよりもたっくんや相田さんたちと学校のことを話す方が楽しいし~。
今度麗花と瑠璃子さんとで一緒にどんな遊びをしようとか、考える方が絶対楽しいもんね!
「ふ~ん。そっか、わかった。ごめんしつこく聞いて」
言い分に納得したのか、ニコッと笑ってそう言う秋苑寺。
全くである。しつこかった自覚があったらしい。
「改めて言いますけど、春日井さまも本当にお気になさらないようにしてください。私が気にしていないのに、春日井さまが気にされる必要は全く以ってどこにもありませんから。無関係ですからね?」
「……うん」
念を押すように春日井に告げると、微笑みが何だか硬くなっている。
あれ、どうした?
ここは安心する場面では。
頭に疑問符を浮かべていると、「百合宮さん」と今度は得も言わさぬ王子様然とした、キラキラと輝かしい笑顔を向けられた。
「は、はい?」
思わず咄嗟に相田さんと木下さんを見ると、二人とも頬を染めて固まっている。
うわあぁっ、やっぱり!
まっさらで純真な女の子たちに何てものを見せているんだ春日井は! 小一でこれとか、高校生になったらどんだけ……っ。
「百合宮さん」
「はいっ」
返事はしたものの、本人の方に顔が向いていなかったせいで再度呼ばれた。
こ、声がちょっと上擦ったのは不可抗力だ!
「お母さん達の仲ってとても良いから、結構な頻度で会ったりお茶会をしているんだ」
「……はい」
「同じ学校の出身で、それも同級生だから付き合いは長いんだよね」
「そう、ですか」
「うん。だから僕達もお母さん達のように、仲良くできたらいいなって思ってるんだけど」
「はぁ。……っ、そうですね!?」
他人事のように返事したら笑顔のキラキラ度が増した。怖っ!
「じゃあ、これからもよろしくね?」
ええー……。嫌なんですけど。
パチパチと瞬きをして無言の抵抗をしていれば、「ね?」とさっきより強めの同意催促がきた。
何なの今日!?
白馬の王子様属性の人皆怖いんですけど!?
「お、お手柔らかにお願いします……」
「うん」
春日井が頷いて輝き笑顔から緩い微笑みへとチェンジし、ようやく肩の力が抜けてホッとする。
太陽編の攻略対象者だと思って平気だと考えていたけど……考えが甘かったなぁ。やっぱり太陽・月編関係なく注意した方が良さそう。
これで良かったのかなぁとお兄様の方を見ると、ん?て感じで首を傾げられた。
ん?じゃないよお兄様!
妹のピンチだったんですよ!?
プクッと頬を膨らませて残りのお弁当を食べ進めていけば、毎日食べている変わらない美味しさと空腹であっという間に完食する。
よし、お弁当も食べたし、もう一緒に行動することもないよね! さらば! 攻略対象者達よ!!




